毎日が感動!

昨夜、ずいぶん前にお世話になった方とほんとに久しぶりにお会いした。建機大手のシステム子会社の元社長、専務のお二人だ。私のブログをご愛読いただいているとの事で、ブログに関するお話が弾んだが、政治や趣味の話に加えて、オリンピックにも話が及んだ。

30日の57Kg級女子柔道で見事金メダルをとった松本選手の話題になり、皆さんすごい感動を覚えられたとのことで、是非ブログにもとの要望を受けた。試合直前の彼女の表情と何か自分に言い聞かせる口の動きなど、鬼気迫るものがあった。試合も休むことなく攻め続け(場外に出た選手を引き戻すほど)、他の試合に比して見る人の目をくぎ付けにし、見ている人すべてに感動を与えてくれたものと思う。それにしても、試合前の他を威圧する表情は、自らを試合に没頭させ、追い込むためと考えれば、その精神統一のための鍛錬の凄さを感じる。金メダルを取った後の涙を流す一介の彼女の姿に、ほっとさせられ、見ている人の涙を誘ったのではなかろうか。

その一方で、初めてのメダル獲得となったアーチェリー女子3人組の、常に笑顔を絶やさない姿も感動的だった。今日、スポーツジムのトレーナーが3人組について、笑顔は体の筋肉をほぐし、その効果がメダルにつながったと言っていたが、ほんとかな?

選手の皆さんは、期待を一身に受けて、その重圧はすごいものと思う。その重圧を跳ね返せないと、体が固まったり、変な力みで本来の実力が出せなくなってしまう。体操の内村選手など、誰もが予想だにしない失敗が続いた。なでしこジャパンの昨夜の南アフリカ戦で佐々木監督が「引き分け」指示を出したことに「フェアプレイ精神に反する行為」との批判が出ている。しかし、なでしこジャパンに対する金メダルへの期待の大きさに、「好事魔が差した」のではなかろうか。

オリンピックの活躍が、株価にも影響するとの話も出ている。一時、政治・経済はさておいて、残す10日あまり、オリンピックから思いっきりの感動をもらいたい。

国歌‘君が代’の起源は?

いままさにオリンピック競技がまっさかりで、寝不足の方も多いだろう。期待された柔道・水泳で残念ながら金メダルがとれず、ロンドンの地で国歌‘君が代’がまだ聞けていない(サッカー試合前の国歌演奏はあるが・・・)。この国歌を日本人の皆さんはどのように聞いているだろう。日の丸と同じく軍国主義の象徴にように言われて、教育の場でもあちこちで未だに揉めている実態もあるが、実は‘君が代’は1200年以上も前から庶民に歌い継がれてきたものと言うのは、作家長部日出雄氏だ(致知2010.8号 「君が代に込められた日本人の思い」より)。戦前は「皇国少年」と化していた長部氏は、戦後の教育によって日本の歴史を否定する教育の影響で何事に対しても反権威、反伝統、反体制の立場をとり、高校3年の伊勢神宮への卒業旅行も忌避するほど筋金入りの反体制派だったそうだ。それが還暦を過ぎて、伊勢神宮を訪ねて、その簡素な建築と聳え立つ木々との調和に日本文化の神髄を見て、自らの歴史観、国家観、天皇観のコペルニクス的転回を遂げたそうだ。

‘君が代’の起源は古今和歌集の賀歌(祝賀の際に歌う歌)の部のはじめに「題知らず、よみ人知らず」として掲げられた次の歌であるという。

我君はちよにやちよにさざれいしの巌と成て苔のむすまで

「よみ人知らず」というのは、古今和歌集が編纂されるずっと前から人々の間に歌い継がれてきたわけで、ざっと1200年ぐらい前の歌と考えられると長部氏は言う。これが江戸時代に入って流行り歌「隆達節」の

君が代は千代に八千代にさざれ石のいわおとなりて苔のむすまで

という歌詞になり、「君」は婚礼では新郎を指すなど、祝賀の宴の主賓に向けられた寿歌(ほぎうた)として広く庶民に謳われてきた。薩摩の琵琶歌「蓬莱曲」の中にも取り入れられている。そして明治2年、イギリスの軍楽隊長の「諸外国には国歌というものがある。日本にも必要」との進言を受けて薩摩藩砲兵隊長の大山巌が、庶民に歌い継がれてきた歌として「君が代」の歌詞を選定したとのこと。

「君」を天皇を指すものとしても、明治天皇の数ある民の平穏を祈る御製に見る無私の祈り、また直近の今上天皇の東日本大震災の時の被災者を勇気づける幾多の行動、お言葉に見る真に国民を思うお心に対し、天皇の限りない長寿を祈願することで、そのまま我々国民の無事と繁栄が果てしなく続くことへの祈りを意味するものとも考えられる。庶民の天皇の御心に対する返礼と考えてもいい。

長部氏も、天皇や国家に対する考え方が変わって以来、「君が代」の奥深い響きに接するたび、身が引き締まるような粛然とした感動を覚えるようになったと言う。日本人の自信と誇りを持って、‘君が代’をオリンピックの場で数多く聴くことが出来るよう、選手の皆さんに頑張ってほしい。

第4回JASIPA経営者サロン実施(26日)

今回からJASIPA会員の皆様方にオープンに参加を募りましたが、残念ながら継続参加の方主体となりました。理事3名の初参加を含めて10名の参加を得ました。今回のテーマは、JASIPAそのものも目的とする「アライアンス」で、最初に宮武理事から「アライアンスの成功談・失敗談」を、後半に「アライアンスを成立させるためのコツ」についての意見交換をしました。

宮武理事は、「呼吸法(お腹の空気をすべて吐き出すと、自然と空気はお腹に入って来る)」や、「お客様(左手)や仲間(右手)のことを常に一緒に考えていると左手の要求に右手が答えてくれる(宮武流左手と右手の法則)」のような言葉で、アライアンスのコツを説明してくれました。人に施す、仲間を大切にすることが、結局は自分に帰り、ひいてはお客様のためになると言うことだと。そしてJASIPA会員とのアライアンスの実例を生々しく語ってくれました。お客様の懐に入って、本音を聞き出しながら、自分の会社のみではなく、他社のソリューションや技術力も含めて、お客様への対処方法を考える。そのことがお客様の様々な問題解決に資するなら、みんながHAPPYになれる。これがアライアンスの真髄ではないかと、宮武理事の話をきっかけに参加者の間で議論が弾みました。

この流れの中で第2部に突入しましたが、理事が参加者の半数を占めたこともあり、JASIPA会員のアライアンスをどのように推進していくかの議論にも発展していきました。「もっと他社の事を知らなければ」、「自社の強みを洗い出しもっとアピールせねば」、「今日のような議論をJASIPA会員を集めて出来るような場を設けては」、「スーパープログラマー申告、登録制度で、JASIPAホームページを通じてアピール出来ないか」などお酒も入り、積極的な意見が出されました。

次回は8月23日(木)開催です。理事からのお話担当は「和知理事長」です。テーマが決まり次第、林理事(BSC)から会員の皆様に連絡が行くと思います。是非とも一度、当サロンに出席くださり、本音トークしませんか。お待ちしています。

冲中一郎