10日の出雲駅伝でも予想通り、青山学院大学が優勝した。箱根駅伝でも2009年に33年ぶりに出場して以降大会の常連校となり、2015.16年には連覇という快挙を成し遂げた。かくも急に強くなったのはなぜなのか?2004年に中国電力の「伝説の営業マン」から青学陸上部の監督に転身された原晋氏の指導方法がその大きな要因だと言われている。「衆知(旧松下幸之助塾)」2016.9-10月号の特集記事「ビジョンを実現する力」の中で、「“半歩先”の目標達成が10年先のビジョンを実現する~箱根駅伝連覇を成し遂げた奇跡の成長メソッド~」のテーマで原晋氏へのインタビュー記事があった。
青学陸上部監督就任のプレゼンで「就任して3~5年で箱根駅伝に出場、5~9年でシード校に昇格、10年で優勝」の長期ビジョンを掲げた。原氏いわく「スポーツでもビジネスでも、できもしない努力目標は、ただの掛け声にすぎない。将来の大きなビジョンはそこへ至る筋道があってこそ、実現することが可能」と。就任時、そこまで自信があったということだ。その自信の根拠とは?
原氏が監督に就任した年から特別強化指定制度で強い選手が入学してくることになることも大きな要因となったが、もう一つの理由に興味を持った。原田氏は高校(世羅)、大学(中京)、中国電力で駅伝など陸上選手として活躍したが、その後中国電力の営業マンに転身、監督就任前の10年間営業経験を積んだ。目標設定の大切さ、その目標を達成するためのアプローチ方法や実行するときのいろいろな工夫、目標の達成度合いを管理する方法、実行後の反省のやり方など、ビジネスの現場で身に着けたことを陸上部の指導に活かせば、改善の理屈も、その筋道も見えてきて、前述の長期ビジョンを自信をもって設定することができたという。
まず目標達成のための各人の意識の変化に訴えるために三ケ条を作った。
1. 感動を人からもらうのではなく、感動を与えることのできる人間になろう。
1. 今日のことは今日やろう。明日はまたやるべきことがある。
1. 人間の能力に大きな差はない。あるとすれば、それは熱意の差だ。
その上で、選手それぞれに自分の目標を考えさせ、それを「目標管理シート」に書かせ、チームで各人の目標に関して議論させ、みんなでその目標達成のための方策を考え、結果の反省をする。目標は一歩先ではなく半歩先で設定し、一つづつ確実にクリアすることで、達成感を味わい、次のステップに挑戦していくエネルギーとすることが大切だと説く。この方法が定着するのに3~4年はかかったそうだ。原氏はチームの進化には4つのステージがあるという。ステージ1は「命令型」、監督の命令でメンバー全員が動くチーム。ステージ2は「指示型」、監督がリーダー(学年長)に指示を出し、リーダーがメンバーに指示を伝える(リーダーを育てる)。ステージ3は「投げかけ型」、監督が方向だけをリーダーに伝え、リーダーとメンバーが一緒に考えながら動く。ステージ4は「サポーター型」、リーダーを中心にメンバー全員が考えて決めた規則や方向性で動き、監督はサポートに徹する。原氏曰く、ステージ3に到達するのに8~9年かかり、今はステージ4にやっと到達できた状態だそうだ。「選手一人ひとりをよく見てしっかりと話し合う」、そして選手との信頼関係を築かなければチームの進化もできない。私生活も含めて選手のちょっとした雰囲気の変化に気付くのも指導者の役割という。
いまだ、スポーツ界は根性や気合を重視し、体育会特有の上下関係を維持する雰囲気が支配していることも多いのだろう。指導者によって大きく変わるのは、今年のリオオリンピックの柔道などでも示された。勝つのが目的ではなく、大学スポーツの新しい価値を生み出し。イノベーションを起こしたいとの原氏のビジョンに注目したい。2020オリ・パラに向けても。
「組織・風土改革2016」カテゴリーアーカイブ
トヨタの失敗学
「トヨタの失敗学~”ミス“を”成果“に変える仕事術」(㈱OJTソリューションズ著、KADOKAWA、2016.8刊)という本が出た。「失敗を貴重な経験として生かせる会社がイノベーションを起こし、成長する会社」というのが常識となっている。ハーバード大学などでも経営大学院を受験する際の論文テーマに「将来の目標」「仕事で達成したこと」などと並んでよく出題されるのが「失敗体験」というのを、当ブログでも「世界のエリートの”失敗力“とは?http://okinaka.jasipa.jp/archives/555」で紹介した。失敗を活かす風土つくりを寓話風に綴った「ニワトリを殺すな(ケビン・D・ワン著、幻冬舎)」もブログで紹介した(http://okinaka.jasipa.jp/archives/155)。ニワトリは群れの中の一羽が血を流していると寄ってたかってその傷をつついて殺してしまうとの事。我々もニワトリと同じことをやってはいないか。失敗した人を責めるだけでは業績は上がらず、失敗した人の経験を活かし、みんなで知恵を絞って失敗の原因を追究することの大切さを書いた。
“㈱OJTソリューションズ”とはトヨタ自動車とリクルートグループによって設立されたコンサルティング会社だ。そのトヨタに“失敗”という言葉はなく、不良やミスは改善のチャンスととらえる文化が醸成されているという。真因を突きとめるために「なぜ?」を5回繰り返すトヨタの文化は有名だ。トヨタでは、失敗の責任を個人に押し付けることはしない。失敗を契機に、失敗しない仕組みをいかに作るかに皆で腐心する。
このような文化を定着させ、効果を発揮するためには、長年の継続的な取り組みの蓄積がものを言い、簡単なことではない。どんな小さな失敗でも隠さず表に出す「バッド・ニュース・ファースト」の実践、標準・基準化の推進、座学だけではなく「座学+実践」で「分かったつもり」による失敗の回避、他人の失敗を自分の失敗と考える風土作り、自分で考えさせるため上司は「答え」を教えない指導の徹底、ヒヤリハットも含めた失敗の記録を慣習化し、定期的な振り返りを実施する、などに加えて、部下への仕事の指示の際に「仕事の意義」を伝え意識を高める活動の徹底などを長年にわたって実施し、定着させている。
トヨタの「失敗は、より良い仕事を実現し、強い組織をつくるための貴重な学びの機会になる。失敗こそが成功につながる“宝の山”」と考えた風土作りを是非とも参考にしていただきたいと思う。失敗を恐れる風土・文化には、“チャレンジ”という言葉はない。
事業環境最悪の島根県で成長続ける建設会社(島根電工)
日経朝刊の広告を見て、タイトルに惹かれて早速買って読んだ。本のタイトルは「“不思議な会社”に不思議なんてない」(荒木恭司島根電工社長、あさ出版、2016.7刊)。
島根県は県民所得が46位、隣の鳥取県は最下位の47位、両県合わせた人口は減り続けて130万人、しかも島根電工は建設業という典型的な不況業種。そんな最悪な状況の中で売り上げを伸ばし、平成26年はバブル期(平成2年)の1.8倍の155億円の売り上げを達成。該社は、「日本でいちばん大切にしたい会社3」(坂本光司著、あさ出版)に、「社員、地域、お客様にやさしい会社は不況下でも高成長」と紹介されている。世間で「不思議な会社」と言われるそうだが、こんな会社がなぜこんなにも成長し続けることができるのか?
荒木氏が30代後半若くして出雲営業所長を命ぜられた頃のこと。本社が出雲市にないということで、地元の公共事業がもらえず、日々格闘していた。その頃に出合った一冊の本があった。スカンジナビア航空の社長ヤン・カールセンが書いた「真実の瞬間」だ。39歳で社長になった彼は倒産寸前の会社をたった1年で回復させてしまう。彼がとった戦略は、顧客に対する「感動的なサービス」の提供だった。スカンジナビア航空は運輸業からサービス業に大きく転換したことで他社との差別化に成功し、業績をV字回復させた。それをヒントに、「島根電工を建設業からサービス業へ」の発想の転換が、生き残る道だと思うようになったそうだ。このまま公共工事や、ゼネコンの大型工事に依存していては将来はないとの危機感も相まって、一般家庭を対象にした「住まいのお助け隊」の事業を周囲の抵抗もあったが始めた。当ブログでも紹介した町田市の「でんかのヤマグチ」(http://okinaka.jasipa.jp/archives/180)と同じ発想だ。2001年に事業を立ち上げ、2006年から、島根県民には有名なテレビコマーシャル(作業着の若者たちが“助けたい”と歌いながら、一列になって行進していく)の効果もあって、今では全体の売り上げの約半分が、この事業の売り上げとなっている。
一般家庭を対象に、コンセント1個をつけるような小口の事業を推進するには、お客様からの信頼が欠かせない。お客様さえ気付かないニーズの掘り起こし、お客様の期待を超える感動を与えることなどで、リピート率を上げることが必須になる。そのためには社員のマナー教育や、文化の醸成に力を注いだ。新人の時には20日間の合宿研修、2年次、3年次には4か月に1回2泊3日の合宿研修では、「人生観」、「職業感」、「感動を与えること」などに重点を置いている。講師もすべて社内の人間。4年次以降も研修は続き、「部下を研修に行かせないと恥ずかしい・・・」、そのような文化を作っている。先輩が若手を見守り指導する「ビッグ・ブラザー制度」もある。家族ぐるみでの会社のファン作りにも注力されている。入社3年目までの社員の家族を集めて会社の実情や方針を説明する会を催したり、新人の家族に会社で頑張っている姿をアルバムにして送ったり、大々的に家族を含めた大運動会を開催したり、様々な形で施策を打っている。結果として、離職率がほぼゼロ、出産育児後100%復帰などを達成している。
何よりも社員を信用して、育てている。リストラもしない。見学者も多いそうだが、島根電工の取り組みで多くの中小企業を元気にしたいとの思いで、フランチャイズ制を敷いている。これは島根電工がより儲けたいための仕組みではなく、フランチャイズの企業の社員を研修のために受け入れたりしながら、島根電工の文化や風土を全国に届けるためのものだ。松下幸之助の言う「全員経営」にも通じる経営だが、お客様の信頼を勝ち取るのは社員であり、その社員を大事にする経営が、企業成長の要であるとの荒木社長の哲学に強い共感を覚える。