「組織・風土改革」カテゴリーアーカイブ

人への投資・後追いの日本企業(朝日新聞)

少し古い記事ですが、今年1月13日の朝日新聞朝刊の連載記事「資本主義NEXT価値ある企業とは」が目に留まった。リード文は

工場や機械、店舗のような目に見えるものより、働き手のスキルなど目に見えないものに投資する方が企業価値を高められる。そんな考え方が広がり、欧米企業は人への投資を競い合う。「人を大事にする」はずだった日本企業は、後れを取り戻せるのか。

「人的資本経営」と呼ばれる潮流の中、人的資本に関する上場企業の開示情報を調べ尽くした経営者がいる。人材関連サービスの「Unipos」の田中弦社長だ。3月期決算の有価証券報告書を約5千社分分析したそうだ。その結果は「一部に優れた開示をした企業がある一方、サボっていた企業が多い。二極化が進んだ」と。女性の管理職比率に、男性の育児休暇取得率、男女間の賃金格差の3情報のほか、人材戦略やその目標などの開示が上場企業に義務付けられたのが2023年。分析の結果、3情報の開示で済ませた企業が大半で、充実した開示が出来たのは、6段階の独自格付の結果での上位評価が約5%に過ぎなかったと言う。

田中社長が高く評価するのが丸井グループだ。丸井は、小売りや金融にとどまらず今では、IT,物流、住宅などのビジネスに幅を広げている。丸井の考え方は、「企業価値と人的資本の関係は氷山のようなもの。見えやすい財務データとは違って“見えない資本”として人的資本がある。水面下に隠れているが、人的資本の分厚さこそが企業価値を生む源泉」とのことだ。青井社長は、「人財のポテンシャルを全開に出来る組織やチームをいかにつくるかが、資本主義の要」と言う。その考え方に沿って、社員のポテンシャルアップにいろんな施策をこうじている。一例をあげる。重要な経営課題について月に一度話し合う「中期経営推進会議」。幹部に限定していたメンバーを、希望する社員にも広げた。毎回1000人近くが手を上げ、論文審査を通過した約300名が参加する。新規事業や、昇進試験、職種をまたぐ移動も希望者を募る。自ら手を挙げた経験がある社員が8割を超えると言う。失敗を許容する活動として「挑戦する文化」作りにも力を注ぐ。新事業立ち上げなどの挑戦を打席数と数え、会社で5000回の目標を掲げて推進している。成果として、祖業の小売りや金融にとどまらず、IT,物流、住宅など幅広いビジネスを立ち上げ、今はPBR目標に届いていないが、将来的に5倍に引き上げたいと言う。

その他にも、新薬を生み出す力が企業価値を大きく左右する「アステラス製薬」や、人口減で経営環境が厳しい地方銀行「北国フィナンシャルホールディングス」の企業へのコンサル事業に活路を見出すための賃金体系の見直しなど、人材の活性化を目指す具体的な諸施策を実施する企業が増えつつある。

大学でも、「人的資本など会計上の数字では表せない”見えない資本“への先行投資が、長期的には高い確率で企業価値を高める」とデータで示した研究結果も出ている。人件費を1割増やすとPBRが7年後には3%増える”正の相関”を東証主要型株で観察した結果だそうだ。

日清食品ホールディングスでも、2021年から取り組みを強化し、「女性の育児短時間勤務を増やすと1年後にPBRが上がる」などの関係を多く見つけたと言う。「どんな具体策が”エンゲージメント”と企業価値を高めるかの分析も独自に始めているそうだ。

前述の田中社長「人口減が進む日本では、人に関する戦略の優劣が企業価値に直結する」、さらに「労働市場が明らかな売手市場になれば、人材戦略を語れる会社とそうでない会社には大きな差がつくだろう」と警鐘を鳴らす。

日本のGDPは、ドイツに抜かれ4位になり、いずれインドにも抜かれると言われている。人口減が急速に進む日本の将来を考えると、欧米にも遅れをとっている「人への投資」を生産性向上の施策として、真剣に考えるべきではないだろうか。

企業の社風改革は待ったなし!損保ジャパンなどに学ぶ!

2月26日の日経朝刊8面”Deep Insight“の「社風改革、覚悟の”踊り場“」と題した上杉素直氏(本社コメンテーター)の記事に目が留まった。

時代の変化が激しい中で、社員一人一人が自主的に考えて行動できる社風を如何に作るかとの問題提起だ。上杉氏は。これまでの日本の濃い企業文化の弊害を“だまし絵”(添付図参照)を例えに説明している。アヒルとウサギのだまし絵だ。

     

視線の送り方によって、左を向いてくちばしを突き出すアヒルにも見えるし、右を向いて後頭部に2つの耳をもつウサギにも見える。双方を同時に認識するのは難しく、どちらか一方しか見えない。あるカルチャーに染まった集団は同じように絵を眺め、例えば全員がアヒルの絵だと認識し、だれもウサギに気づかない。ウサギが外部の環境変化だとしたら、その企業のだれも社会の変化に気づかない事態を招くことになる。上杉氏はみずほ銀行の不祥事は、「いうべきことを言わない、言われたことだけしかしない」という金融庁の指摘が正しいと思うが、そこに悪意はない」と言う。善悪で割り切れないからむしろややこしく、不祥事にまみれてカルチャーの刷新を誓うが、結局変革がかなわず失敗を繰り返すケースはみずほに限らず、こびりついたカルチャーの「解凍」が困難な事例も多い。カルチャーを解かすチャレンジをしている企業として損保ジャパンの取り組みを紹介している。

5社との合併を繰り返して今の損保ジャパンとなった経緯はあるが、現状人口減や自然災害の増加で厳しい環境になってきている。もともと上意下達のノルマ主義で、市場シェア日本一が社員の誇りだったが、2018年将来に向けて危機感を抱いた西沢敬二社長の始めた行動がユニークだ。従来の流儀をひっくり返して、未来に向けて目指すカルチャーを追い求め、実現させる活動だ。簡単に言えば従来のトップダウン型からお客を起点としたボトムアップ型への転換だ。2019年に32ページの冊子「Spirit-未来への指針」にまとめ、バイブルとして社員に配布。「企業文化を変える」と章題にうたい「創造性・独創性」「スピード」という目指すカルチャーを明文化した。すごいのは、「これから2年間は市場シェアを考慮しなくていいとした西沢社長の社風改革に対する執念と言うか社長の覚悟を社員たちが感じたことだ。最初はとまどいもあった活動だったが、社員が支店をリードする形は、人材育成や品質に関するプロジェクトチームを作る中で徐々に見えてきたと言う。「職員一人一人が当事者意識を持ってゴールを設定し、チームワークで到達する」新しい企業文化でシェアも回復しつつあるそうだ。

トヨタ自動車も、10年半ば「意志ある踊り場」というフレーズで、将来の成長への足固めの期間を敢えて作ったそうだ。シェアを一時的に放棄した損保ジャパンに通底するものがある。

2月28日日経朝刊28面“Women@Work”の「“多様性” 担当役員日本でも」との記事も気になった。多様な人材を集め、その人材を許容し、多様なスキル、能力、アイディア、経験、価値を生かすために、その旗振り役となる役員を任命する企業が出始めている。この役割を「CDIO」(Chief Diversity&Inclusion Officer)と呼ぶ。日立製作所CDIOのロレーナ・デッラジョヴァンナさんと東京海上ホールディングスCDIO鍋嶋美佳さんが紹介されている。D&Iとは多様な人材をただ採用するだけではなく、違いを尊重し、能力や個性が生かされている状態だ。デッラジョヴァンニさんは日立のD&1を「世界的にみるとまだまだ」と指摘する。一例としてあげるのが「意見を言うことをためらう文化」。自由闊達に意見を言い合える環境がなければ、イノベーションは生まれず、製造業にとって致命的。デッラさんはこうした風土を変えることが喫緊の課題と言う。日本ではCDIOを置くのは少数だが、伊藤忠商事では元厚生省の事務次官の村木厚子さんがその職に就く。全日空では執行役員がその責に就いているそうだ。

未来に向けての企業の挑戦が始まっている! | 冲中ブログ (jasipa.jp)でも、社員が意欲をもって働ける環境つくり、優秀な人材が集められる環境つくりに挑戦する企業を紹介した。3月1日の朝日新聞12面のコラム“経済気象局”でも「問われる企業の存在意義」では、ソニーグループのパーパス経営が紹介されている。

いい人材を集め、その人材を育て、活かす経営のための社風改革に向けて、今後の厳しい競争を勝ち抜くための各企業の挑戦が始まっている。パーパス「クリエイティビティとテクノロジーで世界に感動で満たす」に沿った社員の自主的行動が企業文化として定着してきたというソニーグループに続く企業が今後続々と出てくることを期待している。

企業文化がプロフェッショナルを生む!

リコールに相当する欠陥を知りながら販売を続けたり、品質基準に満たない製品をデータ改ざんして出荷したりするなど、職業倫理を欠く行為がたびたびある。近くでは三菱電機の30年以上に渡る品質不正事件が発覚した。

「致知2021.8号」に連載中の「仕事と人生に生かすドラッカーの教え(ドラッカー学会理事 佐藤等氏寄稿)」に、冒頭の”職業倫理を欠く行為“を起こさぬための組織文化、企業文化に関するドラッカーの考えを記している。

記事のリード文は”プロフェッショナルにとっての最大の責任は2500年前のギリシヤの名医“ヒポクラテスの誓い”の中にはっきり明示されている”知りながら害をなすな“である”。「組織を構成するプロフェッショナルは冒頭のようなことを冒すはずがない」、と。

現代の組織は、何らかの意味で卓越性をもって社会に貢献している存在。つまり、卓越性はプロフェッショナルの基盤。それゆえ提供する製品やサービスに嘘や偽りがあってはならない。専門家でない者はそれを見抜く能力をもってない筈。上記のような職業倫理に反する行為はコンプライアンス違反と言われるが、単に法令を順守すればいいのかというとそうではない。法令はどのような行為が正しくないかを示すに過ぎないが、倫理はどのような行為が正しいかを示す。

ドラッカーは「マネージメントの立場にあるものはすべて、リーダー的地位にあるグループの一員として、プロフェッショナルの倫理を要求される。すなわち責任の倫理を要求される(ドラッカー著“マネージメント”より)」と言う。プロフェッショナルの倫理は組織行動を通して実現するもので、問われるのは“組織の在り方”と言う。

組織文化として有名なのが、ジョンソン・アンド・ジョンソンの「我が信条our Credo」(1943年制定)だ。何者かに毒を混入された製品事故(1982年、1986年)の際、当初生産工程に問題があると思い、事実を包み隠さず発信し続け、3100万個の製品回収を即座に実施、1億ドルの損失を被った。この行動の原点が「我が信条」だ。「我々の第一の責任は、我々の製品およびサービスを使用してくれる患者、医師、看護師、そして母親、父親をはじめとする、すべての顧客に対するものであると確信する」とあり、さらに顧客、社会、株主と言う順序で優先的に負うべき責任が明示されている。我が信条の起草者で最高経営責任者は、「“我が信条”がわが社の経営理念だ。これに賛同できない人は他社で働いてくれて構わない」と言い放ったそうだ。

経営理念の形骸化は、まさに「知りながら害をなす」の典型として直ちに改めるべき。経営理念や信条の遵守は、プロフェッショナルの倫理の中心に据えるべきもの。

ドラッカーに言わせれば、冒頭に述べた職業倫理を欠く行為は、組織として論外と言い放つのだろう。当記事では、稲盛和夫氏の自問「動機善なりや、私心なかりしか」や、平澤興1日一言にある「誠実の心は、己に対し、他人に対し、また仕事に対し、物に対して常に己の最善を尽くし、良心を欺いたり、手を省いたりしないのであります」との言葉を紹介し、組織作りは我づくりから、修己治人の原則を胸に人格の涵養に努めたいと締めている。

現役を辞してもはや10年の私だが、人生100年時代、何事に対しても誠実さを失わず、悔いのない綺麗な人生をこころがけたい。