かっぽう着の「リケジョ(理系女性研究者)」快挙!

昨夜からビッグニュースとして取り上げられている「万能細胞[STAP細胞と命名]」の作製成功。何と研究を主導したのは30歳の新星「小保方晴子」さん。複数種類の遺伝子を組み込んで作るIPS細胞よりも簡単に作れる「万能細胞」。iPS細胞の山中教授も日本人研究者によって発信されたことを誇りに思うとのコメントを出している。現時点ではマウスでの成功で、人間の細胞から作るには多くの課題があると言う。しかし、驚くのは、昨年春、世界的に権威ある英科学誌ネイチャーに投稿した際は、「過去何百年の生物細胞学の歴史を愚弄していると酷評され、掲載を却下された」。だが、「STAP細胞は必ず人の役に立つ技術だ」との信念を貫いて膨大なデータを集め、その成果が30日付けのネイチャーに掲載される。

生物学の事は分からないが、生物学の常識を覆す偉業と言う。生命科学の歴史を塗るかえるものとも言われる。ネイチャー誌の最初の投稿時の却下理由こそが、その独創性を物語る。こんな偉業を、博士号を取ってわずか3年と言う、30歳の若き女性研究者が成し遂げたそのプロセスに感動する。小保方さん自身「誰も信じてくれなかったことが何より大変だった」、「やめてやると思った日も、泣き明かした夜も数知れないですが、今日1日だけ頑張ろうと思ってやっていたら、5年が過ぎていた」と言う。早稲田大学理工学部にAO入試(人物重視)の1期生として2002年に入学、面接で「再生医療の分野に化学からアプローチしたい」とアピール。卒業後2008年にハーバード大学医学部に留学。当時STAP細胞の研究をやっていたチャールズ・バカンティ教授の指導下で共同研究に従事した。そのバカンティ教授が「最も努力する研究者で、いつも研究室にこもって最良の研究方法を考え出し細心の注意を払う人でした。ハルコがいなかったら、この研究は達成できませんでした」と今回の成果を喜ぶ。理研の笹井副センター長曰く「化学系の出身で、生物学の先入観がなく、データを信じて独自の考えを持っていた。真実に近づく力と、やり抜く力を持っていた」と。特殊なマウスを作るために世界有数の技術を持つ山梨大学若山教授とも直談判、ホテルに泊まりこみながら成果を出したと言う。

負けず嫌いで、とことんやり抜くのが信条と言うが、世界的に権威あるネイチャー誌からバカにされるほど世間の理解が得られない中で、自分の信念で動き、周囲を巻き込む力とは何だったのだろうか?実績のない研究者から共同研究の依頼を受けてもなかなか受けてもらえないのが学者の世界と言われる。ハーバード大学や山梨大学、そして理研を巻き込んで、偉業を成し遂げた小保方さんは、ともかくデータを集め、データに真実を語らせながら相手の共感を得るための努力や、自ら目標に向かってひたむきに努力する姿に加えて、人間力が周囲を引き付けたのだろう。

久々の明るいニュースに日本が沸き立っている。これからの研究のさらなる進展を期待したい。

インド緑化に捧げた一生・杉山龍丸の生涯

1月26日はインドにとって記念すべき「第65回共和国記念日」(1950年イギリスから独立)です。安倍総理も主賓として招かれ、また昨年は天皇・皇后両陛下の訪印も実現し、今後ますます日本インドとの友好親善関係が進化することでしょう。そんなインドで「緑の父」と尊敬される日本人がいる。その名は杉山龍丸、しかし、彼の功績を知る日本人はほとんどいない。私財を投じ、不毛の地と言われたインドに植林し、稲作や農作物が出来る土壌に変え、多くのインド人を飢餓から救った、その龍丸氏の人生をご子息の杉山満丸氏(九州産業大学付属九州産業高校教諭)が紹介されている(「致知2014.2」~グリーン・ファーザー杉山龍丸の生涯~記事より)。

激戦地を転戦、片肺貫通と言う重傷を負いながら奇跡的に生還した龍丸は、丁度インドがイギリスから独立した頃、出身地福岡から上京し商売を始めた。その頃、あるインド人青年の渡米費用を支援したのがきっかけで、亡きガンジー翁の愛弟子たちが訪ねてきたり、当時のネルー首相から直々に感謝と引き続きの支援要請を受けたりしていた。1962年に初めてインドを訪ねたとき、インドは砂漠化が進み、食料不足で餓死者も後を絶たない状況だった。それから間もない時期大飢饉が発生し、その飢饉は3年続き5百万人もの餓死者を出した。インドのガンジー翁の弟子たちからの懇願に黙っておられず、先祖から譲り受けた4万坪の杉山農園の土地得を切り売りして資金を作り、470㎞の国際道路沿線にユーカリを植える事業を7年かけて実施し、周辺の土地を砂漠から水分を含んだ土地に変えた。そして、地元の人たちもいぶかる稲作を提案し、見事に成功させた。さらには、ヒマラヤ山脈の南側で雨季に土砂崩れで街が流され、貯水池もだめになる丘(シュワリック・レンジ)の対策を施した。学者たちも「対策なし」とあきらめていた丘を挿し木で緑の丘に変身させ、地元を驚かせた。

なぜ私財を投入(龍丸は最後は借家暮らし)してまで、インドの緑化に人生を捧げたか。インドの大飢饉のとき、龍丸は国連に救済を頼んだが「インド政府がそれを認め救済を求めない限り手助けは出来ない」と言われた。インドはカースト制度の国で貧民の死はインド政府も黙認していたのだ。「私は罪もなく死んでいく人をそのままにしておけない」との心境を記したノートが残っているが、この時私財を投じても救う決断をしたのではないかと満丸氏は言う。日本の政府も同様、支援に手を貸すことはなかったため、龍丸のこのような活動は世の中に知られることがなかった。平成10年地元テレビ局から「龍丸の番組を作りたい」との連絡が入り、その番組の中で龍丸の足跡をたどる旅で満丸氏がインドを訪問した時、インドの人々から「ガンジーがインドの独立の父なら、龍丸はインドの緑の父だ」といって心からの歓迎を受けたそうだ。今ではこの番組がきっかけとなって、地元福岡で道徳の副読本に掲載されるまでになった。

満丸氏は、父龍丸の意志を受け継ぎ「杉山家の生きざまを後世に語り継ぐこと」と、龍丸が世界の乾燥地帯で農業の大問題と言われる塩分集積を解決する手法として推奨していた「シートパイプ暗渠工法を普及させること」に力を注いでおられるとの事です。

台湾の八田與一氏(http://jasipa.jp/blog-entry/8285)もそうだが、龍丸氏の活躍も「日本人の誇り」として語り継いでいきたいものだ。

第45回定期交流会兼賀詞交歓会(22日)

一昨日、いつもの会場センチュリー三田ビルにて、標記JASIPAの定例行事が開催された(http://jasipa.jp/blog-entry/9300)。3ヵ月に1回開催しているが、私が参加した3年間で最も盛況で、入場規制をせざるを得ないほどの参加者が(100名近く)あった。この場でいつも行っているJASIPA新会員の紹介も、今回は6社もあり、私の記憶では新記録だと思う。昨年来、JASIPAの各委員会活動も各理事の皆さんの努力の甲斐もあって活性化しており、会員の皆さんも自信を持って勧誘できるようになった証左だと確信できる。今回の参加者の約半数がゲスト(非会員)であることがそれを物語っている。

最近の定期交流会の講演は、著名な方に講師になって頂いたり、テーマも経営者にとって興味あるものが多く、参加者が増えている要因にもなっているのではと思われる(前回:http://jasipa.jp/blog-entry/9222)。今回も「伝える技術」としてプレゼンテーションのポイントをオレンジコミュニケーション・サポート代表永井一美様(元アクシスソフト社長―2006~2011)にお話しいただいた。世界的に著名な方々が8分間のプレゼンで聴衆を魅了するTEDが有名(http://jasipa.jp/blog-entry/7708)だが、最近では日本でもオリンピック招致のプレゼンの素晴らしさを世界にアピールしたところだ。プレゼンテーションの重要性に関しては、すべての経営者の皆さん認識はされていると思うが、どうやったらいいのか、具体的な対策が思いつかず、手がついていないのが実情ではなかろうか。その意味で、今回の永井氏のお話は、非常に意義あるものになったのではないかと思う。プレゼンテーションとは、自らのコンセプト、アイディア、思いを聞き手に伝え、聞き手に変化をもたらし、聞き手の心を動かし、行動を促すものと永井氏は定義する。歩く広告塔であるべき全社員が、この技術を身に付けることによって、顧客の心を動かし、同僚、友人の心を動かす。永井氏は、JUAS(日本情報システムユーザー協会)会員企業の社会人1年生に対するプレゼン研修もやっておられるとの事。その「伝える技術」の普及への思いは強い。その極意は「共感(not説得)」。

プレゼンターが知っておくべき21のポイントを「企画・制作編(10個)」、「予行編(7個)」、「本番編(4個)」に分類して教えて頂いた。私も時々呼ばれて講演をさせて頂いているが、恥ずかしながら、今回教えて頂いたポイントに関して納得性もあり、見直す点が多々あった。企画・制作編では、「聴き手が主役」をキーに、事実やデータをストーリーに乗せる、3点ルール(Yes we can.吉野家「うまい、安い、早い」・アベノミクスの「3本の矢」など)を使う、コントラストを描く、メリハリをつける(聴き手の集中力は10~15分)、簡にして要(良い表現、言葉探し)、スライドはシンプルに(スライドは1テーマ)などのポイントが挙げられた。以前当ブログでも紹介した「Whyから始めよ」(http://jasipa.jp/blog-entry/7415)もポイントに一つに挙げられた。予行編では、聴き手に周波数を合わせる(問いかけることも必要)、間投詞を使わない、目・間(時には沈黙も)・体を使う、リハーサルをやることなど。本番編では、第一印象を大切に、時間を守る、終わりが始まり、など。

MIJSでも理事として、ワークショップで各社製品紹介を担当され、「炎のプレゼン」として有名だとか。プレゼンテーション技術向上でお悩みの経営者の方は、ぜひ一度永井氏に相談されることをお奨めする。座学だけではなく実践指導もされている。「聴き手が主役」の意識付けだけでも大いに意義があると思う。

永井様、ほんとに貴重なお話し、ありがとうございました。