八芳園の危機を救った人

年間挙式披露宴組数がピーク時の3分の一にまで落ち込み経営危機に陥っていた八芳園に平成15年、ブライダル企業、婚礼システム販売会社を経て入社した井上義則氏(昭和45年生まれ、現八芳園取締役専務総支配人)。その後4年でⅤ字回復を成し遂げた、その軌跡と、困難を乗り越える要諦を語ったインタビュー記事が、「致知2017.3」に掲載されている。タイトルは「困難を乗り越えたとき、人は輝く」。
井上氏は、当時危機状態にあった八芳園から誘いの声がかかったとき、周囲の人百人中百人が「お前が行ったところで何も変わらない」と反対するなか、敢えて困難に飛び込んだ。しかも、生意気にも、オーナーに「肩書は要りません。2年で黒字化できなかったら切ってください」と宣言して入社したという。その頃、偶然日本ビクター社のVHSの開発をめぐる実話を基にした映画「日はまた昇る」を観たことで触発され、自分も自分の命を情熱的に燃やせるような仕事に取り組みたいと、一人で勝手に燃えたと笑う。
井上氏がやったことは、まさに「カスタマー・ファースト」。何もしなくてもそれなりにお客様は来てくれることで安心し、お客様の期待以上のものを提供できていない組織、いわゆる”大企業病“を克服するところから始めた。自分が率先してお客様と接する回数を増やし、やる気のある若手をサービスの責任者に抜擢しながら、多くの社員が同じボートに乗りはじめるように誘導した。お客様の要望を聞きながら、チームでお客様の願いを叶える”Team for Wedding”のスローガンが共有され実行されるようになった。「入院中のお父様にウェディング姿を見せたい」「生みの親にも見せたい」などに応えるために、部署を超えて組織が一つのチームになっていく。4年で挙式披露宴1000組を2000組にした後も、継続的に企業、社員の成長を期するために、ビジョン(日本人には心のふるさとを、海外の方には日本の文化を)やミッション(いつまでもあり続けること)も作り、それに向かってサービスを考え、組織を変革していく。
井上氏は言う。「リーダーとは、一隅を照らす人。火種や困難を見つけたら、そこに飛び込んで、変革して、皆を輝かせていく人」。自らも八芳園に身を投じたことでここまで自分の人生が変わるのかと納得感が強い。2020に向けて、八芳園のOMOTENASHIの精神、15000坪の日本庭園を武器に、観光事業への貢献、日本文化の発信に一層力を尽くしたいとも言う。「さらなる困難があるなら、僕はそこに飛び込んでいきたい」と意気込む井上氏の覚悟のほどに、自分の過去を振り返るとその足元にも及ばないことに気付かされる。「せめて、これからは」と思いつつ、と思いつつ、井上氏のその覚悟と実行力には頭が下がる。

DSC02006

「キャスターという仕事」の厳しさ(国谷裕子)

前稿で、国連の「SDGs」の活動を紹介し、今後国谷裕子氏がナビゲータとして17分野の解決策をこれに直接携わる人たちを紹介しながら探って行く役割を果たすことを書いた。その国谷氏の「キャスターの仕事」(岩波新書、2017.1.20刊)という本が目についた。1993年4月から23年続けたNHK「クローズアップ現代」のキャスターを昨年3月で退くことを余儀なくされた国谷氏の「キャスターと言う仕事とはなにかを模索してきた旅の記録」(本人弁)だ。視聴者の知りたいこと、知るべきことを考え、ゲストの反感を買ってでも、問題の本質に切り込むその強い熱意と信念にあらためて驚いた。
「クローズアップ現代」の番組は当時のニュース番組大幅編成替えのタイミングで、事実を忠実に伝える「ニュース番組」と、映像をふんだんに使った「ドキュメンタリー番組」や現在の「NHKスペシャル」の大型報道番組の中間的存在として企画された。番組のテーマは映像と言葉で「今を映す鏡でありたい」「番組のテーマに聖域は設けない」として、新しいチャレンジングな精神でスタートした。国谷氏は特にテレビ番組の怖さを語る。9.11の映像はいまだに記憶に新しい。あの衝撃的な映像と街々に掲げられる星条旗の映像の中、憎悪と復讐の国家へと急旋回していった。テレビ報道の危うさとして三つの点を挙げる。
1. 事実の豊かさを削ぎ落してしまう。:事象や事実の深さ、複雑さ、多面性など
2. 視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう。
3. 視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう。
この危険に陥らないために、たとえ反発はあっても、きちんと問いを出すこと、問いを出し続けることが大事。単純化、一元化してしまうことのないよう、多様性の視点、異質性の視点を踏まえた問いかけが重要だと言い、国谷氏はこのことに一貫してこだわり続けた。
ゲストが嫌がる質問でも視聴者が聞きたいことは執拗に聞くことに徹した事例をいくつか挙げている。「世界最強のビジネスウーマン」(2000.6.15)でヒューレット・パッカード社のCEOカーリー・フィオリーナ氏へのインタビューの際、番組直前に彼女から「女性であることとCEO就任を関連させての質問」に駄目だしされていた。しかし、日本では女性の社会進出が進まない中で、視聴者が最も聞きたいことであると考え、見えないガラスの天井や女性だからこその苦労について彼女の意向に反してインタビューした。放送終了後の彼女からは怒りを押し殺している気配がピリピリ感じられたそうだ。ドイツのシュレーダー首相など海外の要人でも臆さず質問している(日本がイラク戦争支持している中で、ドイツは反対していたため、米国との関係に対する思いを聞く)。新銀行東京問題での石原都知事への質問で、再建計画に対して石原氏は質問を避けるために一つの質問に対して長々と答える。しかし国谷氏はゲストの立教大学山口教授も驚くほど、ひるむことなく割り込み質問する。その額に光る国谷氏の汗がテレビに映し出されたという。視聴者から見てフェアであることを信条としてきた国谷氏は、例えば「日米関係はどこへ~ケネディ大使に聞く」(2014.3.6)で安倍総理の靖国参拝に加えてNHK籾井会長の発言をズバリ取り上げアメリカの見解を求めたり、「集団的自衛権 菅官房長官に問う」(2014.7.3)で憲法解釈の変更に関する世論の各種意見もあり、視聴者が今一番政府に何を聞いて欲しいか、その思いをぶつけたりした。視聴者から失礼ではないか、ひどすぎるとか番組の最中からクレームなどが押し寄せることもたびたびあったとか。国谷氏が当番組を外されたのは、菅官房長官からの圧力だとの一部報道があったが、その真偽は別にしても、そのような話が出るほど厳しい質問があったということが伺える(一部事例に関しては具体的なやりとりが書かれている)。
「今という時代を映す鏡」をテーマに、時代の波に流されず、問題の奥深く切り込み、自分の使命、キャスター像を貫き通した国谷氏にあらためて、そのすごさを感じた。EU離脱やトランプ大統領の登場など保護主義の台頭が世界の将来に不安をもたらしているが、まさに「ポスト真実」「オールタナティブ真実」「新たな判断」などの言葉で客観的な事実や真実を覆い隠し、感情的な訴えかけに人々が影響され、世論形成に大きなインパクトをもたらしている。今メディアの影響力が弱まり、根拠が定かでなくても感情的に寄り添いやすい情報に向かって社会がながれていくとしたら、事実を踏まえて人々が判断するという民主主義の前提が脅かされることになると、国谷氏は警鐘を鳴らす。かっては“ベトナム戦争を止めたのはメディアの力”と言われる時代もあったが、今のままで行くとまた戦争時代に突入する危険性を感じてしまう。今こそ次世代のことを考えて我々一人一人が声を上げる時ではなかろうか。

DSC01998

地球を救う国連の“SDGs”活動知っていますか?

1月31日の朝日新聞で初めて知ったが、地球環境や経済活動、人々の暮らしなどを持続可能とするために、すべての国連加盟国が2030年までに取り組む行動計画SDGs(Sustainable Development Goals)が2015年の国連総会で全会一致で採択されている。日本政府も安倍総理を本部長とする「SDGs推進本部」を発足(昨年5月)させ、昨年末に実施計画を発表している(首相官邸HP掲載)。朝日新聞ではキャスターの国谷裕子氏をナビゲーターとして、「2030 SDGsで変える」をテーマにこの動きを作り出している世界の人たちを紹介しながら、SDGsを広めていきたいとしている。トランプ米国大統領の「7か国入国禁止」大統領令が全世界に大きな波紋を起こしているが、今まさに欧米における保護主義、孤立主義という逆風の中で、国際協調の機運を守り、発展させていくかが問われている。国谷氏のレポートに期待するとともに、政治の重要性は言うまでもないが、個人の行動(買い物の仕方、廃棄食料など)にも訴えるためにメディアにも頑張って欲しい。
SDGsは17の目標を掲げている。
1. 貧困をなくそう:1日1.25ドル未満で生活する極度の貧困をなくす。
2. 飢餓をゼロに:すべての人が1年中安全で栄養のある食料を得られるようにする。
3. すべての人に健康と福祉を:世界の妊産婦の死亡率を10万人あたり70人未満に減らす。
4. 質の高い教育をみんなに:すべての子供が中等教育を終了できるようにする。
5. ジェンダー平等を実現しよう:政治、経済などのあらゆるレベルで女性のリーダーシップの機会を確保する。
6. 安全な水とトイレを世界中に:すべての人が安全で安価な飲料水を得られるようにする。
7. エネルギーをみんなに、そしてクリーンに:再生可能エネルギーの割合を大幅に拡大させる。
8. 働き甲斐も、経済成長も:すべての男女に人間らしい仕事と同一労働同一賃金を達成する。
9. 産業と技術革新の基盤をつくろう:後発の開発途上国で安価にインターネットを使えるようにする。
10. 人や国の不平等をなくそう:各国の下位40%の人々の所得増加率が国内平均を上回るようにする。
11. 住み続けられるまちづくりを:災害による被災者を大幅に削減し、経済損失を減らす。
12. つくる責任、つかう責任:世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ食品ロスを減らす。
13. 気候変動に具体的な対策を:国の政策や計画に気候変動対策を盛り込む。
14. 海の豊かさを守ろう:漁獲を効果的に規制し、破壊的な漁業慣行をなくす。
15. 陸の豊かさも守ろう:世界全体で新たな森林や再植林を大幅に増やす。
16. 平和と攻勢をすべての人に:暴力の防止とテロの撲滅のため、国際協力を通じて国の機関を強化する。
17. パートナーシップで目標を達成しよう:世界の輸出に占める後発の開発途上国のシェアを倍増させる。
国谷氏の「SDGsへの思い」の記事の冒頭にSDGsのとりまとめに奔走したナイジェリア出身のアミーナ・モハメッドさんの言葉が紹介されている。
「地球は人間なしで存続できる。私たちは地球がなければ存続できない。先に消えるのは私たちなのです。」
温暖化や貧困問題など1国では解決できない地球規模の問題解決のために、今こそ世界が協調しなければならないときに、欧米の保護主義の台頭が逆風になることが懸念される。我々個人も一人一人が、この問題を真剣に捉え、行動すべき時ともいえる。

DSC01990