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「人の心に棲んでみる」(本田宗一郎)

本田宗一郎氏のメッセージには、いつも感銘を受けている。「人間の達人 本田宗一郎」(伊丹敬之著、PHP研究所)の本の中に、宗一郎氏の言葉として「人の心に棲んでみる」というのがあり、深い言葉として印象に残った。

宗一郎は、他人の心理を読み分ける能力が優れていた。その心理を読むコツを「人の心に棲んでみる」と表現した。単に他人の心理を外部者として考えるのではなく、相手の心に棲む。すなわち、自分をその立場に置き、一瞬の話ではなくどっぷりとつかる。「人の心に棲むことによって、人もこう思うだろう、そうすればこういうものをつくれば喜んでくれるだろうし、売れるだろうと言うことが出てくる。それを作るために技術が要る。すべて人間が優先している」と。研究所の仕事は人間を研究することだとも言ったそうだ。

宗一郎の有名なモットーに「造って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」というのがある。「技術者がその独自のアイデアによって文化社会に貢献する製品を作り出すことは何物にも替えがたい喜びである。然もその製品が優れたもので社会に歓迎されるとき、技術者の喜びは絶対無上である」と言う。

マーケッティング、イノベーションと言っても、原点は人が、社会が、何を求めているかを如何に読むかである。顧客満足度を追求するにしても、顧客の期待度を知ることが原点であり、そのためには、宗一郎氏の言う「人の心に棲んでみる」との強い思いがなければ、人や社会の求めていることの真の把握は無理かも知れない。

宗一郎氏は、「ワイガヤ」に見るように、社員との対話を通じて、「人の心に棲む」訓練をされたのかも知れない。ともかく社員に対する思いは深く、社長退任時、1年半かかって全国700か所の事業所のほぼすべてを回り、「全員」にお礼を言われたそうだ。

背広を着たサラリーマン風の人が、電車の改札口の前で定期を捜して、後続の人の邪魔になっている姿を見ると寂しくなる。他人に対する日頃からの配慮がなくて、顧客満足度を論ずることは出来ない。難しいことだが、常に「人の心に棲んでみる」ことを意識しながら行動してみたい。

元祖ホンダの言う「ワイガヤ」とは

6月にもブログでホンダの哲学「自律、信頼、平等」(http://blog.jolls.jp/jasipa/nsd/date/2012/6/25)を紹介したが、日経電子版で、SRSエアバッグを開発された小林三郎氏の連載は今も続いている。その中で7月18日から8月9日まで4回にわたって、ホンダの企業文化を創りだした「ワイガヤ」の仕掛けを説明されていた。

小林氏は、「ワイガヤはホンダのイノベーションを加速する装置の一つ」という。一般には「ワイワイガヤガヤと活発に議論するブレーンストーミング」と理解されているがホンダでの「ワイガヤ」とはかなり異なっているそうだ。ホンダでの「ワイガヤ」は、まず社外でやる3日3晩の合宿を言う。妥協・調整の場ではなく、新しい価値やコンセプトを創りだす場であり、「熟慮を身に付ける場」と位置付ける。そのため、「ホンダは何のためにあるのか」とか、「自動車会社の社会にどんな貢献が出来るのか」というような本質的議論に立ち返ることが多い。若手技術者も自分なりの考えを発言することを求められるが、最初はなかなか難しくても3日3晩寝るのを惜しんで(実際4時間睡眠らしい)議論し、先輩から「あなたはどう思うか」と問われていると、熟慮せざるを得なくなると言う。年間4回程度の参加を要請されるそうだが、20回参加で「白帯」、40回参加で「黒帯」の称号が与えられ、「黒帯」でワイガヤのリーダーとなれる。

「ワイガヤ」に必要な他の要素としては、「学歴無用のフラットな組織」で、役職や年齢、性別も関係ない。「異端者、変人、異能の人」大歓迎とのこと。こうした企業風土は、ホンダの哲学である「自律、信頼、平等」と不可分のもの。ホンダでは、ワイガヤは単なる議論の場にとどまらず、ホンダの哲学とDNAをしみこませるために欠くことのできない機会にもなっている。3日3晩同じテーマを議論することで、会社の存在意義は?愛とは何?人生の目的は?など本質的な議論に立ち戻ることもたびたび起こる。

「ワイガヤ」に関してインターネットで調べたら、日経ビジネスの記事で『世界一を生んだ秘訣は、なんと「ワイガヤ」(http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110920/222724/)』という世界最高速コンピューター「京」の開発チームの記事があった。まさに小林氏の言う「イノベーションを加速する装置」の一つの証明とも言える。IT業界においてもイノベーションが求められている。「全員経営http://jasipa.jp/blog-entry/7685」と「ワイガヤ」でイノベーション、検討の余地あるのではなかろうか。企業理念を社員に徹底する意味でも。

ホンダの哲学「自立、信頼、平等」

本田技術研究所でSRSエアバッグの開発、量産、市販に成功され、現在中央大学の客員教授をされている小林三郎氏が日経電子版に投稿されている記事に、ホンダの企業理念に基づく風土、文化の定着度の素晴らしさが掲載されている(http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK14027_U2A610C1000000/)。

ホンダのホームページにも見ることが出来るが、ホンダの基本理念として、下記「人間尊重」の考え方が記されている。

●自立
自立とは、既成概念にとらわれず自由に発想し、自らの信念にもとづき主体性をもって行動し、その結果について責任を持つことです。
●平等
平等とは、お互いに個人の違いを認め合い尊重することです。また、意欲のある人には個人属性(国籍、性別、学歴など)に関わりなく、等しく機会が与えられることでもあります。
●信頼
信頼とは、一人ひとりがお互いを認め合い、足らざるところを補い合い、誠意を尽くして自らの役割を果たすことから生まれます。ホンダは、ともに働く一人ひとりが常にお互いを信頼しあえる関係でありたいと考えます。

‘自立’の事例として、他業種との研究員の交換留学を実施した際、ホンダに来た他社の研究員は「指示が曖昧で何をやっていいか分からない」、他社に行ったホンダの研究員は「あれをやれ、これをやれとやたらと指示が細かくて仕事にならない」と。1週間でこの制度は廃止になったとか。上司の指示通りやって失敗した際の言い訳に「上司の指示通りやったため」と言うと、怒鳴られる。「俺が死ねといったら、お前は死ぬのか」と。要は常に自分で考え、自分で判断せよと言うことだ。フラットな組織で、役員といえども、社員が集まるワイガヤ(3日3晩の合宿討議)に参加し、みんなと議論を戦わせる風土があるから、言えることなのだ。

そう言えば、何かの記事を読んだ記憶があるが、青山にあるホンダの本社ビルの各フロアの窓には、幅約1.5mのバルコニーを巡らせてある。これは、創業者本田宗一郎氏の考え方で、「もし、大地震で窓ガラスが割れ、地上にでも落下したら…、そんな危険な事態が起きた時、割れ落ちたガラスの受け皿になり、地上の歩行者の安全を確保する」ために作ったバルコニーなのだ。またフロアごとに3ヵ所の避難階段があるそうだ。どこで火災が発生しても、ふた方向以上の避難路の確保のためだとか。また、車の運転中の見通しを考えて、ビルの角を丸くし、ビル自体を奥へひっこめている。

「人間尊重」の理念を徹底的に追及する姿勢を見ることが出来る。元社員の記事だけに、本田イズムの素晴らしさを実感できる。