酷熱のベランダ(盛夏編)

昨日も甲府と四万十町で40.7度の最高温度を記録(6年ぶりの40度超え)。東京でも今朝の最低温度が30.9度と過去最高を記録したとか。大変な酷暑が当面続きそうです。今日も東京は38度とか。「スポーツジム通い」もなかなか勇気がいります。こんな中でも、ベランダの花や野菜は酷熱のベランダで精一杯頑張っています。

我が家のベランダは7月14日のブログ(http://jasipa.jp/blog-entry/8893)の状態と大きく変わりませんが、一層元気に花をつけてきたのが、ランタナ、トレニア(白&紫)、ペンタス、デュランダ(紫)、ルリマツリ(紫)です。

東側のベランダの朝顔も一気に花を咲かせています。緑のカーテンを期待したのですが、上まで伸びはしましたが、密度は今ひとつでした。8月になって毎日20~30の花をつけています。バラも年中花をつけています。

オクラは大きくなり花を咲かせ身をつけています。シソもしし唐もほんとに役立ちます。ペラルゴニウムもいまだ花を咲かせています。

68年目を迎えた広島・長崎平和祈念式典に想う

テレビで放映される平和祈念式典を見ていると、被爆者の声や、被爆2世、3世の話についつい目頭が熱くなる。今年は、両市長が読み上げる世界に向けた「平和宣言」には特に熱い思いを感じた。阿部総理や、衆議院議長などが揃う前で、政府に対する厳しい批判、要求が世界に向け発信された。

まず1点目(広島&長崎)は、インドへの日本の原子力関連技術の輸出を可能にする「原子力協定交渉」を進めることで合意した件。インドは核保有国であるにもかかわらず、核拡散防止条約(NPT)に入っていない。インドは、対パキスタン抗争の中で、平和的な利用を目指した原子力活用をいつのまにか核開発に転用した国だ。今日の長崎市長は「NPTを形骸化し、NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与える」と批判した。

もう1点(長崎)は、政府がこの4月、スイス・ジュネーブでの核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会で、核兵器の非人道性を訴える共同声明に賛同しなかった事を批判し、「世界の期待を裏切った」「核兵器の使用を状況によっては認める姿勢を示した」と指摘。政府に「被爆国としての原点に返ること」を求めた。

長崎では、反核運動を引っ張った(国連でも講演)長崎の被爆者、山口仙二さんが7月に亡くなったことを挙げ、減り続ける被爆者の平均年齢が78歳を超えたと指摘。「ノーモア・ヒバクシャ」という山口さんの演説を引き、若い世代に「被爆者の声に耳を傾けて」と呼びかけた。

「致知2010.8」に13歳で被爆された笹森恵子さんが、爆撃国アメリカに渡り、看護師として働きながら、「被爆経験の語りべ」として米国でも有名になるほどの活躍をされている様子が掲載されていた。笹森氏は2009年、その活躍が認められミネソタのウィノア州立の卒業式で、ヒューマニティ分野の名誉博士号を受けられた。昭和24年にアメリカ人のノーマン・カズンズ氏が被爆者の治療を助けるための「精神養子運動」を提案され、その「原爆乙女」に選出されたのが、アメリカ行きのきっかけになったという。笠森氏は、「私が原爆に遭わず、大やけどをしていなかったら、いくら平和を訴えても人の心には響かないでしょう。核を日本に落としたアメリカ、そして世界中の核保有国に大きな影響力を持つアメリカで核廃絶を訴えていくのが自分の仕事」と言う。「真の平和―それは額にはめたお題目ではなく、誰もが幸せに生きていく社会を実現するという現実なのです。ひとりで平和は実現できませんが、誰かが動かなければ多くの人を動かすことは出来ない」とも。そして、「素晴らしい人生を送り、素晴らしい社会を作っていくのに必要なものは、勇気と行動と愛情だ」とも言う。

  • 勇気と行動だけでは、戦争に結びついてしまうことがある。
  • 行動と愛情だけでは、物事を変革するに怖じ気づいてしまうことがある。
  • 勇気と愛情だけでは、きれいごとを言うだけで終わってしまうことがある。
  • この三つが揃って、初めて物事を成していくことが出来る

長崎の被爆経験者の平均年齢が78歳を超えていると言う。長崎市長の言うように「世界で唯一の被爆国としての原点に返り」揺らぐことなく核廃絶を世界に発信していく国挙げての取り組みがなければ、福島同様、いつか忘れ去られることになるだろう。子供たちにも、今のうちに被爆者の声が届く政策・教育が求められる。

「志教育」に力点を置いた才教学園(松本市)

戦後の教育の荒廃、誇るべき日本人の気質の衰退などを嘆き、教育による日本復興を目的に学校を立ち上げたり、学習塾を全国展開されている方がいる。以前にも、日本人の誇りを徹底的に教育して問題児を立ち直らせている天草の勇志国際高等学校(http://jasipa.jp/blog-entry/7931)や、日本人の矜持を育む蒲郡の海陽学園(http://jasipa.jp/blog-entry/7196)を紹介したが、他にもあった。「致知2013.9号」に、才教学園(平成17年設立)の山田昌俊理事長と、名古屋市を発祥に全国116か所の学習塾を展開する名学館グループ代表の佐藤剛司氏との対談記事が掲載されている(タイトル「教育こそ日本尾未来をひらく」)。

山田氏は「世のため、人のために尽くす高い志を持った人を育てる」事を理念に開校の20年前から自分の理想とする学校を作りたいと思い続け、その間、高校の教員、学習塾開設、イギリスの日本人学校開校などを行い、周囲の反対(地方に義務教育の小中学校を作っても経営は成り立たない)もあったが、平成17年に松本市に才教学園を立ち上げた。今では、小中で498名の児童がおり、子供たちの元気な声が溢れ、皆が「学校が大好き」と言ってくれると喜ぶ。

佐藤氏は、小さい頃家庭環境に恵まれず、悪がきのリーダー的存在だったが、小学校の教師や中学の部活の先生の鉄拳制裁を受けながら、「お前は変われる。辛くてもそれを変えるのは君自身」と自分を認めて勇気づけてくれた言葉が今の自分を作ってくれたと言う。一時サラリーマンをやっていた時、松下幸之助氏の語録などをむさぶり読み、世のため人のためだとか生きていく上での大義名分の必要性を感じた時、天啓のように閃いたのが「教育」だったと言う。そして、小さな塾を開きながら、地元の経営のピンチに陥った個人塾を救済しながら規模を増やしていったそうだ。本も出版されているが、特別な道徳教育をいているわけではなく、塾として教えられる道徳は授業よりも日常の態度、指導者の率先垂範にあると考え、自らがあいさつし、整理整頓を心掛け、他者や社会、国家に貢献できるプロ教育者の育成に尽力されていると言う。

山田氏は、勉強と人間性、この両方を如何に育てるかに腐心されている。人格教育については「才」「夢」「役割」この三つが絡み合い融合することで「志」が育まれる。その三つを自身で気付かせ、引き出すことが才教教育の特徴だと言う。その気付きを促すために「感動を体験する」「自分発見」「夢を描く」「役割への気付き」「自立心と責任感」の五つのプロセスを設けている。学校行事に夢中で取組んだり、問題が解けたときの感動の毎日の積み重ね、教師が子どもの才を発見したり、毎朝10分間の「先達に学ぶ発表会」で夢を描く参考にしたり、具体的な行動につなげている。このプロセスの原点は「感動」だと言う。知識は伝承できても感動は伝承できない。感動できる人間に悪い人はいないし、感動こそが人人間たる証だと。

このような話は、家庭での教育や、企業での人材育成にも参考になる。山田氏は「日本の子供たちが人の顔色ばかり窺って屈託なく笑わなくなっているのがとても気になる」とイギリスでの経験に基づいて問題指摘されている。夢や理想を語る大人が少なくなったのではとも指摘されている。普段からの教育環境にも留意しながら、人間的な強さを持ち、才のある人材育成にみんなが取り組む必要がありそうだ。