「企業理念」カテゴリーアーカイブ

二人三脚経営(松下幸之助&高橋荒太郎)

名経営者も二人でお互いの信頼関係で経営を万全のものにした事例は多い。ソニーの井深大氏と盛田昭夫氏、ホンダの本田宗一郎氏と藤沢武夫氏が有名だが、松下電器産業の創業者松下幸之助氏と、創業者を陰で支え続けた”大番頭“高橋荒太郎氏の関係も興味深いものがある。「致知2018.4」の両氏を師と仰ぐ元副社長の平田正彦氏の記事を紹介する。
高橋氏は、松下電器に吸収された朝日乾電池の常務から松下電器の正社員になり、昭和18年常務、以降、取締役、副社長を経て昭和48年会長となられた方だ。日本敗戦時、他の財閥と同様にGHQから社の資産凍結さらには創業者の資産までもが凍結され従業員が路頭に迷う事態に遭遇した。その時、GHQ本部への陳情の先頭に立って指定解除を勝ち取った(昭和25年)。当時すし詰めの夜行列車で100回東京に向かったそうだ。創業者は「高橋さんのお陰」と二人の絆が一層深まったという。その後、業績の悪い事業の立て直しや当時激しかった労使闘争の折衝役など日の当たらぬ部分で厳しい役回りを引き受けていたそうだ。高橋氏の現場の人たちの気持ちを大事にする信念は労使折衝でも功を奏した。昭和31年創業者が5か年計画として売上高4倍、従業員を7千人増やして1万八千人にすることをぶちあげた。マスコミは「幸之助の大風呂敷」と揶揄し、高橋氏も懸念を表明したという。高橋氏の懸念とは、増員した7千人が松下の経営方針を理解しないままで仕事をしたら会社はガタガタになるとの懸念だったという。そこで高橋氏は創業者と話し合い、7千人に向けて徹底した経営方針の教育実施の了解を取り付けた。そして、「松下の人事は?」「上司は部下に対してどう向き合うか」などの人事方針をまとめ、自ら各事業部を回って説き続け、管理職にも説かせた。その結果、5カ年計画を1年前倒しで達成させた。その人事方針の一部が紹介されている。共感するところがあるため、ここに紹介しておく。
・経営方針の理解と徹底の如何がその事業の進展を左右する。
・良い経営の根幹は人である。忙しいときほど育成に心がけよ。
・上に立つものは、誠意と大きな愛情をもって従業員に接せよ。
・権力で人を使わず、理解と信頼によって人を動かせ。
高橋氏は「経営方針の布教師」「ミスター経営方針」との異名があるそうだが、経営方針の重要性と、それによって従業員の心を一つにすることの意義をだれよりも熟知されていた。この記事を書かれた平田氏も、日本ビクターの立て直しを創業者より命じられ、高橋氏の指導にならって松下電器の人事方針の精神を徹底的に社内に浸透させることで、一世を風靡した「VHS」を誕生させるまでになったとのことだ。

社員が働く意義を理解し、共感できれば、その力は限りなく大きなものとなることの証左とも言える。もっとも経営方針が、世間でも評価されるものであることが条件だ。松下電器では、創業者や高橋氏が個人や一企業の利益を超えて人類、環境の共生を踏まえた経営方針をいち早く考え実践に移した。その経営方針は
「産業人たるの本分に徹し、社会生活の改善と向上を図り、世界文化の進展に寄与せんことを期す」
今では、SDG’sやESG投資が世界的な流れになっているが、この経営方針は半世紀以上前に策定されたものだ。松下幸之助氏の慧眼には驚く。そして、それを率先して実践した高橋氏との二人三脚が、松下電器の経営を盤石なものにしたとも言えるのだろう。経営者は孤独なものだ。信頼できる相棒を見つけ、育て、二人三脚での経営を目指すことで更なる発展を目指すことも考えてみてはどうだろう。

経営理念も”Simple is Best”!

「最強のシンプル思考(最高の結果を出すためのたった一つのルール)」(ケン・シーガル著、大熊希美訳、日経BP社、2917.3.28発行)という本を書店で見た。世界で成功している企業の多くは、“とてもシンプルなミッション“から発展しているといい、スティーブ・ジョブズをはじめ、成功企業のリーダーたちが実践する「シンプル思考」の極意をこの本で説くとのことだ。
アップルのi-phoneの理念はよく知られているように「1000曲をポケットに」、アマゾンのミッションは「ワンクリック・アウェー(たった1回のクリックで)」だ。著者は、「ミッションを成し遂げるために人々を導き、会社の決断や行動を後押しするのは「企業文化」で、強い企業文化は、意思決定における判断をシンプル化し、会社の理念に共鳴する社員が集まり、職場が一致団結する」という。
時を同じくして、松下幸之助塾の雑誌「衆知2017/7-8号」で、堀場製作所の堀場厚社長と聖護院八つ橋総本店鈴鹿加奈子専務取締役との対談記事があった。テーマは「“おもしろおかしく”の理念が世界で戦える“強み”を生み出す」だ。これは堀場製作所創業者(社長の父)が定めた社是だが、最初のころはお客様から「芸能関係の企業じゃあるまいし」などと言われ、クレームの際も「おもしろおかしくやっているから」と皮肉られもしていたそうだ。今では、海外の取引会社からもこのフィロソフィーに惚れ込んで「堀場グループの中でオペレーションしたい」と言ってくれるほど海外でも理念が浸透しているそうだ。堀場社長はこれまで敵対的買収を仕掛けたことはないと言い切る。バッジをつける習慣のないイギリスの会社では幹部たちから「堀場のバッジをつけてほしい」と言われ社長自らつけてやったそうだ。海外では「Joy & Fun」と言う。日ごろから社長を筆頭に「おもしろおかしく」を社全体で実践している。2016年に稼働した大津市の新工場は、琵琶湖を一望できる素晴らしい眺めと、大型客船のデッキにいるような素敵なデザインだという。堀場社長曰く「この建物は、社員や協力会社の人たちのコミュニケーションを大事にしたいとの思いで設計。琵琶湖に面した部分を吹き抜け空間にし、緩やかな階段で上り下りできるようにして歩きながら会話しやすくした」と。コミュニケーションサポート補助制度(例えば宴会を開いたら2000円/人補助)も充実させ、「日本一宴会の多い会社」とも言われるとか。社員の声を業務に反映させるための海外拠点も含めた提案制度も毎年盛り上がるようだが、この制度の名前は遊び心で「ブラックジャック・プロジェクト」と命名されている。
いくつかの企業に伺い、講演させていただいているが、その際、「御社の企業理念をそらんじて言えますか?」と問いかけますが、反応が薄いように感じている。日常的に、社員自身が仕事の判断基準として使えるような企業ミッション・ステートメントとして、シンプルな表現考えてみるのも意味あるのではないだろうか?
これからの変化の時代、お客様の心をつかむことを重要と考えるなら、本田宗一郎氏の言葉「お客様の心に棲む」や、「造って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」、私の講演で使っている「お客様の価値を感じて働く」などはいかがだろうか。

企業理念に基づく全員経営(オムロン)

朝日新聞で2016年9月からほぼ毎週月曜日、時代の変化に合わせて変わろうとしている企業を紹介している「カイシャの進化」の特集記事がこの3月末で終了した。これまで、トヨタ自動車、日立製作所、NTT、GE,ソフトバンクグループ、星野リゾート、日本電産、ニトリ、虎屋、すかいらーくなど多岐にわたって、会社の歴史や今の姿、これから目指す未来の姿を企業ストーリーとしてまとめ、悪戦苦闘しながら変わろうとする会社の実像を描いている。今回、先月3月20日に紹介されているオムロンの記事を紹介する。

タイトルは「“よりよい社会”理念が命」。2000年代前半、ITバブル崩壊後苦境に陥ったオムロンは、それまでは創業家社長が当たり前だったが、当時社長の創業者三男立石義男氏が、グローバル化しつつあったことも考慮し、いつまでも「立石家」ではなく、これからは“企業理念”に基づく運営をと、初めて非創業家の作田久男氏に社長を譲った。そして、2006年の創業記念日、義男氏は、「企業は社会の公器である」を企業理念に据え、こう宣言した。「企業の求心力を、創業家から企業理念に変えていく」と。そして、さらに2015年、企業理念を今の形に変えた。その考え方は「“何のために仕事をするのか”、それを考え、実現すれば強い会社になれる」。今の企業理念を掲げておく。

Our Mission(社憲)

われわれの働きで、われわれの生活を向上し、よりよい社会を作りましょう。

Our Values

  • ソーシャルニーズの創造:私たちは、世に先駆けて、新たな価値を創造し続けます。
  • 絶えざるチャレンジ:私たちは、失敗を恐れず情熱をもって挑戦し続けます。
  • 人間性の尊重:私たちは、誠実であることを誇りとし、人間の可能性を信じ続けます。

インドネシアの工場では障がい者を積極的に採用している。「政府の要請もあるが、オムロンの企業理念の実践のために重要な取り組みだ」とインドネシア工場の社長は言う。オムロンでは子会社も含めて企業理念が徹底され、全世界で行動に移すべく仕掛けもある。2012年に山田社長が始めた「TOGA(The Omron Global Awards)=オムロン世界賞」で、世界の社員が企業理念に基づくテーマでの仕事を宣言し、そのプロセスや成果を1年がかりで競う。地域ごとに役員も含めての選考を経て、5月10日の創立記念日に表彰される。テーマには、社会課題を解決するものもあり、新ビジネスとしても期待されている。今年は世界中の延べ4万6千人から5千のテーマが寄せられた。毎年増え続け、今年は社員数の3万8千人を超えた応募だそうだ。

山田義仁社長は、「大企業でも社会に必要とされなくなればつぶれる時代。オムロンも理念を忘れれば淘汰される。逆に、みんなが理念を意識した仕事をすれば、どんな波も乗り越えられる」という。社会の課題をいち早くとらえ、解決策を売り出せばビジネスにつながる。そんな取り組みが次々に生まれるような挑戦を社員に促している。

当ブログでも、CSV経営(http://okinaka.jasipa.jp/archives/4857#comment-650)や、SDGsに配慮した投資などの動き(http://okinaka.jasipa.jp/archives/6070)を紹介したが、これまでのCSR活動とは違い、社会課題の解決がビジネスに直結する経営が社会や投資家から求められるようになってきている。オムロンのように「社会が求めている明確な理念を打ち立て、全社員がその理念に基づく行動をとる」ことが今の激しい時代の変化に追随できる道かもしれない。