「日本の課題2016」カテゴリーアーカイブ

経済は、人類を幸せにできるのか?

先般、ウルグァイのムヒカ元大統領の“消費主義社会の敵”(http://okinaka.jasipa.jp/archives/4748 )を紹介した。最近、本やメディアなどでも、「経済成長必ずしも幸せとは限らない」論調のものが目立つようになってきた。“経済は人類を幸せに出来るのか?”(ダニエル・コーエン著、林昌宏訳、作品社、2015.10刊)にも、下記のような表現がある。

今日、少なくとも先進国では、人生は長く豊かだ。民主主義や自由が謳歌されている。しかし、ほとんどの人々は人生を辛いと感じている。フランス(著者はフランスを代表する経済学者)では、ここ30年間に抗うつ薬の服用量は3倍になった。米国では、幸福と感ずる指数は、1950年代よりも30%近く低い

そして象徴的な事例を紹介している。血液センターの所長が、輸血量を増やそうとして、輸血者に報奨金を出すことにした。すると所長の予想に反して献血者の数が減った。なぜか?それまで人々は善意から献血に協力していたが、献血は他者を助けるのではなく、お金を稼ぐ行為になった。すなわち、道徳心を持つ人は献血をやめ、経済的合理性のみに基づいて個人主義的に行動する人がやってきた。

さて、献血センターの所長は対策として、元に戻すか、報奨金を増やすか、どちらを選ぶだろうか?現代社会では後者を選んできたと筆者は言う。GEのジャック・ウェルチは「ストレスを原動力にする経営管理」を実行し、毎年従業員の10%を解雇したそうだ。企業の人材管理術も大きく変化し、ボーナスや昇進で職場内の競争を重視し、輸血センターの所長のように振舞うようになった。

4月25日の日経4面の「グローバルオピニオン」のコラムにチェコの経済学者トーマス・セドラチェク氏の「成長至上主義と決別を」の記事があった。彼は、金融緩和や財政出動で経済を覚醒させる即効薬も、一時的には経済成長させてももはや限界が来ていると言う。日本は過去30年に渡って政府や中央銀行から薬を飲まされ、その結果がGDPの200%を超える政府債務だ。マイナス金利はこうした施策が底をついたことを象徴していると言う。経済は安定が何よりだ。不況対策を強調して、好不況の波を大きくすると国民は不安を増長する。日本の社会は地球の中でもっとも豊かに見え、経済成長しなければならない理由は見当たらない。これからは安定した社会の富を分け合えばよい資本主義と民主主義の価値は「自由」であり、「成長」ではない政治のパフォーマンスを経済成長率で評価することに異を唱え、国予算の使い方や財政の安定化を評価の対象とすべきと提言している。

「1億総活躍社会」「GDP600兆円」と華々しく打ち上げた政府スローガン、ほんとにこれでいいのだろうか?確かに格差が拡大し(中間層が減少)、働かざるを得ない女性も増えていることを考えれば、保育所を増やさねばならないことも分かるが、高齢者も含め、国民全員GDPに寄与すべく働けとの号令のように聞こえ複雑な気分になる。たしかに家事はGDPには全く寄与せず、保育所に預けながら働けば二重にGDPに寄与できる。働き方の改革を行い、子どもには親の愛情を精一杯注げる時間を確保する必要性は、過去の偉人が物語っている(http://okinaka.jasipa.jp/archives/469)。格差をなくし、将来不安を助長する好不況の波を安定させ、お互いに助け合える社会の構築で、将来を担う子供の成長にもっと重きを置ける、そんな社会に向けて、みんなで考えるべき時がきているのではなかろうか。

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“消費主義社会の敵”ムヒカ元大統領来日!

4月5日から12日の予定でウルグァイのムヒカ元大統領夫妻が来日された。東京外国語大学での講演や、テレビ出演での池上彰氏との対談など高齢(81歳)にもかかわらず精力的に活動された。訪日のテーマは“日本人は本当に幸せですか?”で、特に若い人たちに聞いてみたいとの事で大学での講演となったようだ。ムヒカ大統領の名言の一部は、当ブログの「世界で一番貧しい大統領」(http://okinaka.jasipa.jp/archives/3840)で紹介した。ムヒカ氏の言葉に多くの人が感動するのはなぜだろう。自ら「足るを知り」、はた目からは元大統領がなぜこんな貧しい生活をしているのかと思う生活を、自身は「一番幸せな生活」と言い切り実践している所だろう。政治は多数決、従って多数派の生活を実践するのが一番というのがムヒカ氏の言葉だ。

「脱・成長戦略で“1億総幸福社会”を!(http://okinaka.jasipa.jp/archives/4326)」でも言ったが、経済成長必ずしも幸福ではなく、全地球人が先進国並みの一人当たりGDPを実現することを地球そのものが許容出来ない(資源、水、食料が圧倒的に足りない)。ムヒカ氏は自らを「消費主義社会の敵」と称し、「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」と言う。さらには「お金があまりに好きな人たちには、政治の世界から出て行ってもらう必要があるのです。彼らは政治の世界では危険です。お金が大好きな人は、ビジネスや商売のために身を捧げ、富を増やそうとするものです。しかし政治とは、すべての人の幸福を求める闘いなのです」とも言っている。しかし、現実は、政治とカネの問題はなくならない。

朝日新聞で「憲法を考える」と言う連載コラムが続いているが、4月5日朝刊に「“経済による国の成長”に収斂」との記事があった。自民党の憲法改正草案の前文に「我々は、自由と規律を重んじ、美しい風土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる」とある。コラム氏は、この前文を「環境破壊には気をつけながら、教育などのすべての行動は、経済成長によるますますの発展につなげなければならない」と受け止めている。この議論は、大いに分かれるところでもあり、以前も「大国志向一辺倒で良いのか」などの議論はあった。が、昨今の新自由主義運営(競争社会)やそれが生んだ格差社会の深化が世界的に大きな問題になっており、日本でも学問までが経済成長に奉仕するものであるかのように扱われがちな現状には、大学人からも意義申し立てが相次いでいると言う。アメリカの哲学者マーサ・G・ヌスバウム氏は、これを世界的な傾向として、民主主義に不可欠な諸能力が競争の中で見失われつつあると著書「経済成長がすべてか?」で警告している。「繁栄はしているものの民主的でなくなった国に住みたいと思う人はいないでしょう」とも問いかけているそうだ。

アメリカの調査会社の調査結果が公表されているが、先進7か国の幸福度はすべて20位以下、コロンビアとフィジーが1,2位を占めている。純粋幸福度(「幸福を感じている人の比率」―「不幸を感じている人の比率」)で順位付けしているが、格差が激しい国ほど順位を下げているとの分析結果には納得性がある。ちなみにコロンビアは85点、85ヶ国の平均は56、日本は28位で52点だ、アメリカは42位、43点だ。折しも14日の各新聞で「子どもの貧困格差、日本は先進41カ国中34位」とユニセフの調査結果を報じている。1985年から2012年にかけ、格差は拡大し、真ん中の所得が約177万円から211万円に上がったのに対し、最貧困層の所得は90万円から84万円に下がったと言う。9日の記事では10代、20代の社会人の59%が自動車購買予定なし(自工会調査)とあった。将来に不安を持つ多くの人たちに消費を促す政策ではなく、足らざる所を補い合ってともに生きる社会の実現こそ、国の求めるところではないだろうか?ムヒカ氏の言葉に、もっと真剣に耳を傾けてはどうだろうか。(写真出展:www.countercurrents.org

ムヒカ大統領

人類と地球の大問題~真の安全保障を考える~(丹羽宇一郎)

標題は今年1月にPHP新書として発刊された本の題名だ。伊藤忠商事社長、内閣府経済財政諮問会議議員、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任、2010年には民間初の中国大使に就任。その間、世界各地を訪問して、気候変動や食糧、水、エネルギー問題の差し迫る実態を見聞した結果に基づいて、50年先の世界の未来、日本の将来に警告を発している。

冒頭で、「本書で、私は”50年後の世界“について考えたいと思う」、そして「食料にしろ、エネルギーにしろ、海外からの輸入なしには生きていけない日本は危機への耐性が最も低い国の一つと言える」と。さらに「近年日本の経済界は目前の事ばかりに目を向けて、50年、100年単位の射程で社会を考えることが失われてきたように感じる。地球温暖化にしても食糧危機にしても、やがては間違いなく自らに降りかかることである。未来を見据えて、社会がどうあるべきかを精査、検討したうえでメッセージを発信するのは、経済人の重要な役割ではないだろうか。経済人ばかりではない。政治家もメディアも有識者も、50年後の日本の姿について、国民にわかるように語ろうとしない。(中略)その結果、日本が将来に向かう姿は”海図なき航海“を続ける船そのものと言える。」とも。

地球温暖化は着実に進んでいる。台風や豪雨による自然災害は世界的に増えている。日本での熱中症患者も1994年から急増している。温室効果ガスの中でも7割を占めるCO2はなかなか分解せず、寿命は300~500年と言われている。メタンも16%を占め、CO2の約25倍の温室効果があると言われている。しかし寿命は12年強のため、やはり今後も含めて温暖化を促す影響は圧倒的にCO2が大きい。大気熱を吸収する森林、海、土壌ももはや限界にあるそうで、これらが、限界にきて熱を放出するようになれば大変なことになる。COP21で合意した温室効果ガス削減目標を各国で達成したとしても、上昇を2℃以下とする目標には届かないと言う。ニューズウェーク紙は昨年、今世紀末までに2℃を超えて上昇すれば現在の文明は立ちいかず、今の子どもたちが生きている間に東京、上海、ニューy-ク、ロンドンなどの沿岸都市は人が住めなくなると警告している、

水に関しては、温暖化による干ばつの影響もあり、現在のペースで水の消費が続けば2030年位は必要な淡水が40%不足し、今世紀半ばまでには、最悪の場合60ヶ国70億人、最善の場合でも8か国の20億人が水不足に直面することになると言う。水資源を最も多く利用しているのは農業用水(7割)で、世界の人口増加に伴い2007年から2050年までに世界の農業生産を世界全体で60%増やさなければならない。牛や、穀物などを育てるのに水が多量に必要になる。例えば牛肉1㎏に穀物11㎏と水20.6トン、小麦1㎏に水2トンなどのように。食糧を輸入に頼る日本で、全ての食料を自前で作ろうとすれば琵琶湖の2.7倍の水が必要になると言う。中国や米国の地下水も枯渇が懸念されている。

ほとんど輸入に頼っている日本のエネルギー問題も将来を考えれば大きな懸念材料だ。もともと石油、天然ガス、石炭、ウランなど可採年数は後50年~100年とも言われている。今から水や地熱を主体に再生エネルギー開発技術に本腰を入れなければならない理由だ。

ともかく現在72億の世界人口が2062年には100億人を超えると言う。それもアフリカやアジアの後進国で大幅に増えると言う。食糧や水、エネルギーなどの面で先進国と、後進国の格差がますます広がり、テロや戦争がますます頻発することが懸念されている。

「今どの国も戦争や紛争に労力を費やしている余裕はない。中でも自給自足では生きられない日本は、自由貿易を前提に“平和と友好の国”として、世界のあらゆる国と協調関係を結ぶ。それは未来を生き抜くための大前提である。」と丹羽氏は言う。14億人を抱える中国においても同じ問題を抱えている。日本は中国をはじめ米国と欧州と共同で「地球の生命線を守る国際フォーラム」の結成を提唱してはどうかと提言もしている。50年後、100年後の世代のためにも“目前させ良ければ”との考えを改め、将来の危機に関する議論をもっと沸騰させるべきではなかろうか。

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