カアル・ブッセの詩「山のあなたに」に学ぶ

山のあなたの空遠く、
「幸(さいわい)」住むと人のいふ
噫(ああ)、われひとと尋(と)めゆきて、
涙さしぐみ、かえりきぬ。
山のあなたになほ遠く
「幸」住むと人のいふ
なつかしいドイツの詩人カアル・ブッセの詩「山のあなた」だ。中学生の時に習ったこの詩は、上田敏の名訳もあり、記憶に鮮明だ。その頃、深く意味も考えず、「小諸なる古城のほとり」などと共に、美しい文語体のリズム感が心に響いたのだろう。
この詩が、当ブログにも何度か紹介した国際コミュニオン学会会長でシスターの鈴木秀子氏の「人生を照らす言葉」(致知2017.1)の記事で紹介されている。鈴木氏が、ある勉強会でこの詩を紹介し、感想を述べあったそうです。多くの人は「幸せはどこか遠くにあり、それを探し求めるのが人生だ」と言い、「幸せを探しに行って、涙ぐみながら帰ってくる」否定的な考え方に疑問を呈したそうだ。退職したある男性の述懐を紹介している。「一流大学を出て、人が羨む有名企業に就職。競争の激しい中で順調に昇進したが、責任と重圧で安心感も満足感も得られず、幸せとは程遠い状況だった。退職した今の喜びは、健康でいられること、このような勉強会に参加できること、本音で語り合える仲間がいることなど些細なことばかり。現役時代どこに行っても手に入らなかった幸せが“いま、ここ”に目を向けるようになってようやく感じられるようになった」と。「No where」から「Now here」への意識の転換とも語る。
鈴木氏は言う。若いころから幸せを外へ外へと求めてきた。求めれば求めるほど苦しんで挫折し、結局、その幸せは決して遠くにあるものではないと気付く。自分の喜びや満足だけに時間を費やすのではなく、家族や縁あった人たちの幸せを祈ったり、地域社会のために尽くしたり、という行為が心の中の深い喜びや幸福感を呼び醒ます。
これまで、当ブログでも「未来を憂いても、過去を悔いても如何ともしがたい。“いま、ここ”に集中することが肝要」と言われる方々を多く紹介してきた。“いま、ここ”で出会っている人たちを愛おしく感じ、遭遇する出来事に価値を感じる。そういう心の習慣を身につけていくと、四季折々の風の変化、鳥の鳴き声、草木のなびく音など些細なことでも心から楽しめるようになる。と鈴木氏は言う。退職後に気付く人も多いと思われるが、現役時代から、このような訓練を積むことによって、今以上に“いま、ここ”に集中できるようになり、仕事の効率向上にも役立つものと思われる。

「人を育てる」致知2016.12特集より

逆境を克服して成功された方の経験談や、年齢を重ねても世のため、人のために頑張っておられる方のお話など、大いに刺激をもらっている人間学を学ぶ月刊誌「致知」。2016.12月号の特集テーマは「人を育てる」。以下に事例二つを紹介する。
まずは、人材教育家として自ら起業(シュリロゼ)し、女性向け自分磨きスクールや、大企業をはじめ数多くの企業での社員研修を通じて、これまで数万人を指導して来られた井垣利英さん。表題は「人は生きている間に生まれ変われる」。
プラス思考の人は、それなりの人に出合う。そして、その人の考え方に共鳴しつつ実行に移し、素晴らしい人生を歩んでいるのが井垣さんだ。フリーアナウンサー時代に、突然の父の死から父の経営していた名古屋の塾を継ぐために帰省。塾の在り方を追求する中で、船井総研の船井幸男氏、国際ジャーナリストの落合信彦氏と偶然会う事ができ、そのアドバイスを受けて、思い切って東京に出て30歳で起業。井垣氏の人材育成のポイントは「自分を信じてプラス思考で素直に行動」だ。「すべてに感謝をすることがプラス思考の前提」と言い、人は無意識のうちに1日約7万回もマイナス思考を繰り返している中でプラス思考に持っていくには相当な訓練が必要という。そのためには、日常生活の中で「ありがとう」をともかくたくさん言うこと。「ありがとう」は地球上で最もエネルギーの高い言葉だが、「ありがとう」というべき場で「すみません」とか「どうも」と言っている人が多い、と言われる(私も思い当たること多し)。「言い訳は敗北の前兆」「一人一人が世界で唯一の存在、その価値に気付いて自分を大切にしてほしい」、人を育てる熱き心をマッチの火ではなくバーナーの火と自ら言い切る。
もう一つ紹介する。福岡県北九州市内にガソリンスタンド3店舗を構える野口石油の野口義弘社長の話だ。タイトルが「愛は与えっぱなし」。設立以来20年、140名に及ぶ非行少年を雇用して来て、今では3店舗ともお菓子が途切れたことがないほど、お客様から差し入れを沢山いただき、地域の人たちから様々な恩恵を受けて成り立っていると言う。しかし、非行少年を立ち直らせる道は、そう簡単ではなかったと振り返る。「うちに来て何事もなく1回で更生できる子はこれまで一人もいなかった」、再び非行を犯して少年院や鑑別所に送られていく。しかし、野口社長は「どれだけ信じても騙され、裏切られる。それでも信じ続けた」と言う。彼らは一様に幼少期からの親からの愛情不足が非行の根底にある。だから、彼らと話をするときは嘘を言われてもずっと黙って聞く。絶対に茶々を入れずに目線を合わせて彼らの話を最後まで聞く。そして「見返りを期待せず、愛は与えっぱなし」の精神で接することで、再犯を繰り返しながらも「野口社長に申し訳ない」との気持ちが生れ、再犯1回目より2回目、2回目より3回目と反省の心が生れてくる。どんな場合でも「解雇はしない」というのも徹底している。会社のお金を持ち逃げしてもクビにはしない。会社に来なくなると電話ではなく、迎えに行く。奥様も次男も保護司をされているとの事だが、野口社長も「これからも非行少年の更生にこの身を捧げていく」との覚悟をされている。非行少年の更生の話だが、「人を育てる」ための基本が明示されている。

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素読のすすめ(前稿つづき)

前稿(http://okinaka.jasipa.jp/archives/5712)で主に若者(子供含めて)に対する「素読のすすめ」を書きました。が、私のような高齢者に対する重要な情報を書き忘れていました。
最近もアクセルとブレーキを間違えて事故を起こす高齢者のニュースが毎日のように報じられ、認知症とともに大きな社会的問題となっています。この認知症にも「素読」は極めて大きな効果があることが、同じ記事に書かれているのです。
川島氏は「学習療法」と称して高齢者に対して美しい日本語を声を出して読ませるトレーニングを実施されている。その結果、認知症の進行が止まるだけではなく改善していくとの実証が得られているそうだ。普通は認知症の薬を処方されるが、それは進行速度を遅らせるだけ。「素読」をすることによって記憶容量が大きくなり、脳が可塑的変化を遂げるという劇的な変化を生む。高齢になるにつれ、一般的にゆっくりしゃべるようになるが、例えば1から120まで順番に数えさせると大学生であれば30秒を切るくらいだが、60代の人は50秒以上かかる。脳が衰えることで言葉のスピードも遅くなるのだ。脳の回転速度が遅くなれば判断も遅れ、次の行動も遅れることになる。オレオレ詐欺で相手のペースについていけず騙されるのもこのことが原因ともいえる。このことも、中身のある古典や名文をある程度の速さで素読し続けることで改善でき、お年寄りの脳にとっても効果が大きいと川島氏は言う。
70歳にもなると痴呆症は怖く、常に気になる病気だ。自覚症状がなく、他人に迷惑をかけることが、ガンなどの他の病気と違う。健康、とりわけ認知症に効果があると言われるもので出来ることは早速実行に移していきたい。

冲中一郎