若い時代からの絆が続く!

先週、大学時代の研究室の1年先輩3人のご夫婦と8人で会う機会がありました。1年間隔で定期的に集っていますが、今回は宝塚からわざわざ初参加でお出で下さった先輩も含めて、いつもは6人の所、今回は8人となりました。今回の趣向は「東京でのもみじ狩り」ということで、代官山の「旧朝倉家」を幹事の方が選んで下さり、初めて行ってきました。東京はもみじが少ない印象が強いのですが、ここの庭はもみじが一杯。残念ながら時期が早く、上のほうが多少紅葉しかかっていましたが、恐らく見ごろは11月下旬か12月初旬頃ではないかと思います(12月初旬に是非行きたいと思っています)。しかし、小春日和の一日、旧朝倉家の縁側で日向ぼっこをしながら庭を眺めて過ごすのはほんとに気持ちいいものです。しばらく歓談したあと、隣接するフランス料理店「PACHON(皇太子妃雅子様も来られるとか)」でおいしい料理とワインを頂きながら3時間強の歓談。またの再会を約して、心を残しつつお別れしました。

週末は、新日鉄広畑システム部門OBの方々が集まる会が姫路のホテルでありました。毎年開かれ、今年で9回目ですが、私は2回目で、ひさしぶりの参加となりました。現役の方が事務局をやってくれ、総勢80名近く(女性OB10名も含めて)が集まりましたが、懐かしい顔、顔、顔・・・。料理を食べる時間も惜しんで、ワイワイ、ガヤガヤ。宴が終った後も、年甲斐もなく二次会に繰り出す面々。久しぶりにいい気分の二日酔いでした。

今週末は、これも恒例の高校(姫路)同期会(東京で開催ですが、関西からも毎回数名参加)があります。

三菱総研理事長の小宮山氏が「日本再創造」に書かれていますが、「幸せな加齢の5条件」として、①食事、②運動、③人との交流、④新しい概念の受容性、⑤前向きな思考、を挙げられています。これから向かう高齢化社会に対して、社会的環境を整備する視点を云われていますが、人との交流を大切にしていきたいものです。

姫路に行ったついでに、姫路城の平成の改修状況を撮影してきました。平成26年に改修が終わるとの事ですが、今はこんな光景です。

国内IT投資は減る一方?

15日わが社の隣のハイアットリージェンシー東京で、情報労連主催、JISA.JUAS、CSAJ共催の情報サービスフォーラムがあった。テーマは「情報サービス産業はどこへ向かうのか」。経済産業省(後援)の田辺課長補佐の講演の後、パネルディスカッションがあった。パネリストはJISA副会長(ITホールディング社長)の岡本氏、JUAS顧問の細川氏ほか労働政策専門家、NTT労組の方々で、趣旨は「JISAの言うパラダイムシフトの中で、今後の労働施策の在り方」が主題のようであった。

JUASはユーザー企業を抱え、ユーザー側のデータを豊富に持っておられ、その一部を細川氏が披露されたが、データに基づく日本IT業界の危機があらわされていたので、簡単に紹介する。

現在の価値レベル(EBITDA)に焼き直した収益率でみても日本の全産業の収益率は欧米、新興国(アジア圏含む)に比してもかなり低い。それが原因かどうかわからないが、企業の売上高に占めるIT投資額比率を見ても諸外国に比しかなり低い(日本1.0%、北米4.2%、欧州3.0%、アジアパシフィック2.8%、ラテンアメリカ2.5%)。そして、日本ではその比率は、20002年から6年間で50%も低下した(JUAS IT動向調査より)。これはハードウェア費用の低下や、仮想化、クラウドの活用などの影響もあるが、さらに今後3年間で30%は減るとの観測もある。

一方日本企業の海外生産比率、売上高比率は毎年UPし、双方ともに30%を超えている。海外進出の実態を見ると、素材産業では6割の企業が、機械器具製造では4社に3社が、また大企業では7割の企業が海外進出済みとのデータも紹介された。

我が国のIT経営度レベルでは、米国のみならず韓国にも劣っているとのデータも紹介された。ユーザー企業のITベンダーへの期待レベル調査では、システム構築や安定稼働に対しては期待に応えられているとするも、ビジネスプロセスやビジネスモデルの変革に関しては課題が多いとされている。

現在の不況から脱することが出来ても、IT投資額は元には戻らないとも言われています。JISAの言うパラダイムシフト、「受託開発型からサービス提供型へ」、「労働集約型から知識集約型へ」、「多重下請構造から水平分業型へ」、「顧客従属型からパートナー型へ」「ドメスティック産業からグローバル産業化へ」は必然の方向とも言える。

IT業界に働く人、みんなで真剣に考えねばならない喫緊の課題と言えよう。

有色人種差別を覆したのが日本人!(「致知」より)

多くの歴史書にも「日露戦争の日本の勝利が世界の有色人種国家に勇気を与えた」史実が書かれていますが、ここでは「致知(2011.12)」に掲載された上智大学名誉教授の渡部昇一氏の記事を紹介します。

11月3日を戦前は「明治節」と言い、明治天皇の偉業を偲び、明治と言う時代の歴史的意義を心に刻む日だったそうです。歴史的意義とは、「文」では西欧文化の文明の摂取と消化、そして「武」では日露戦争の勝利の2点に集約される。そして、幕末のアメリカとの不平等条約から脱するために、西欧の文化制度を勉強しながら有色人種国家で初めて成文憲法の制定をした(明治22年公布)。さらには、明治になって、欧米文明を知るにつれ日本古来の文化・気質が失われつつあった状況を危惧した人たちによって、教育勅語が天皇陛下下賜の形をとって明治33年発表されました(この時「教育勅語」に関する倫理教育が制度化されましたが、第二次世界大戦後のアメリカの日本弱体化占領政策で教育から排除されます)。そうするうちに、明治37年―38年日露戦争で、白色人種国家ロシア(ナポレオンを追い返した白人国家の雄)を有色人種国家日本が、陸でも海でも一度も負けずに打ち負かしました。

コロンブスがアメリカ大陸を発見し(1492年)、以降、自然科学の発達と近代工業の勃興が相まって、全地球的に白人国家が世界の主人公となっていった。弱者は奴隷にされ、ややまとまりのある地域は植民地にされ、日本のようにいささか政治的基盤のある地域は差別契約を押しつけられた。こんな状態が400年続いたのである。この間、自然科学も近代工業も白人種のみがなしうることで有色人種にはかなわぬこととの固定観念、動かぬ信念を、日本以外の有色人種国家は受け入れてしまっていた。それを打ち砕いたのが日露戦争での日本の勝利だった。さらには、アメリカに戦争を挑んだ大東亜戦争も、有色人種国家に勇気を与えたのである。

20世紀初頭は、有色人種国家が次々と立ち上がり独立を果たし、どんな弱小国家でも主権国家として尊重され、国連ではその一票がどのような大国とも同等の力を持つと言う観念、慣習が確立した。この「20世紀の歴史を変えたのが日本」であった史実を日本人は知り、誇りを持って世界に対峙して行かねばならない。

奇しくも今、TPPで「アメリカの言うままになるのか?」、「アメリカと対等に渡り合えるのか?」との議論が沸騰している。残念ながら、まだアメリカ人には日本に対して「人種差別を阻害する有色人種の国」という憎しみに似た意識が巣くっていることは否定できないと渡部氏は言う。史実を胸に、毅然とした態度での交渉を願いたい。

冲中一郎