「人の心に棲んでみる」(本田宗一郎)

本田宗一郎氏のメッセージには、いつも感銘を受けている。「人間の達人 本田宗一郎」(伊丹敬之著、PHP研究所)の本の中に、宗一郎氏の言葉として「人の心に棲んでみる」というのがあり、深い言葉として印象に残った。

宗一郎は、他人の心理を読み分ける能力が優れていた。その心理を読むコツを「人の心に棲んでみる」と表現した。単に他人の心理を外部者として考えるのではなく、相手の心に棲む。すなわち、自分をその立場に置き、一瞬の話ではなくどっぷりとつかる。「人の心に棲むことによって、人もこう思うだろう、そうすればこういうものをつくれば喜んでくれるだろうし、売れるだろうと言うことが出てくる。それを作るために技術が要る。すべて人間が優先している」と。研究所の仕事は人間を研究することだとも言ったそうだ。

宗一郎の有名なモットーに「造って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」というのがある。「技術者がその独自のアイデアによって文化社会に貢献する製品を作り出すことは何物にも替えがたい喜びである。然もその製品が優れたもので社会に歓迎されるとき、技術者の喜びは絶対無上である」と言う。

マーケッティング、イノベーションと言っても、原点は人が、社会が、何を求めているかを如何に読むかである。顧客満足度を追求するにしても、顧客の期待度を知ることが原点であり、そのためには、宗一郎氏の言う「人の心に棲んでみる」との強い思いがなければ、人や社会の求めていることの真の把握は無理かも知れない。

宗一郎氏は、「ワイガヤ」に見るように、社員との対話を通じて、「人の心に棲む」訓練をされたのかも知れない。ともかく社員に対する思いは深く、社長退任時、1年半かかって全国700か所の事業所のほぼすべてを回り、「全員」にお礼を言われたそうだ。

背広を着たサラリーマン風の人が、電車の改札口の前で定期を捜して、後続の人の邪魔になっている姿を見ると寂しくなる。他人に対する日頃からの配慮がなくて、顧客満足度を論ずることは出来ない。難しいことだが、常に「人の心に棲んでみる」ことを意識しながら行動してみたい。

日本語のすばらしさ

昨日(11月30日)の日経朝刊1面のコラム「春秋」に「日本語の書き言葉には緊張感が宿っている」との米国生まれで日本語作家のリービ英雄さんの話が書かれていた。「大陸の文字を変形して島国の感性をあらわす仮名をつくった。文化の越境です」と。春秋子は言う。「そう言われてみれば、ここでもこうしてつづっている仮名文字とはなんと不思議なものか。元々は中国伝来なのに、今ではすっかりオリジナルみたいな顔をして日本語を支えている。その微妙な佇まいを、リービさんは緊張感と表現するのだろう。模倣と創造があやなす日本文化を象徴しているのかも知れない。」

もともと「ひらがな」や「カタカナ(片仮名)」は西暦800~900年ころ、漢字の字体を簡略化したり、崩したりして生まれたものだそうだ。例えば「あ」は「安の簡略化」、「ア」は「阿の左部分を崩したもの」と言う風に。

11月25日に当ブログで紹介した「世界が憧れる日本人という生き方」(http://jasipa.jp/blog-entry/8239)の本の中にも日本語の特殊性が記述されている。「日本語は、ひらがな、カタカナ、漢字、そして外来語から成り立っている。26文字のアルファベットで構成される英語に比べると、数十倍の組み合わせの単語や熟語を覚えるわけ(外国人は英語表現専門のカタカナ文字があることに驚く)で、知らず知らずのうちに‘マルチタスク脳’に育っている」。料理にしても伝統の日本料理だけでなく、フランス料理、イタリア料理、中華料理、はてはハンバーガーやホットドッグまでも‘和製バージョン‘にしてしまう、世界から見ても画期的な’カメレオン文化‘だと言い、それが言語のマルチタスク性で磨かれた日本人が誇れる天賦の才能とマックス桐島氏は言う。春秋子が言う「模倣と創造のあやなす日本文化」と相通ずるものがある。

明治天皇の玄孫(ひしゃご)竹田恒泰氏は「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」(http://jasipa.jp/blog-entry/6826)の本で、「日本語こそ世界遺産にふさわしい」と主張する。原始民族が現代に至っても、言語だけではなく国土と国家を持っているのは、世界でも日本だけである。万物に神霊が宿ると考える神道の源流は縄文時代、その縄文時代の大自然を畏れ、敬い、そして利用してきた日本の和の文化から生まれ出た日本語は、「もったいない」や「いただきます(大自然の恵みへの感謝)」や「ご馳走様」、「津波」など、英語には訳しがたくそのまま英語になっているものが多い。竹田氏は、「日本語は日本人の個性の根幹を担保するものである。近年、蔑ろにされつつある日本語の価値を再発見することは、現代日本人にとっても非常に重要なことである」と主張する。

感動体験に財布開く

今朝の日経2面の「真相深層」のタイトルだ。このご時世でも、テーマパークなどのレジャー消費が堅調だそうだ。東京ディズニーリゾート(TDR)では今年度上期(4月~9月)の入園者数が過去最高を記録した(前年同期比23.4%増)。客単価も増えて、入園料、物販、飲食を合わせた入園者一人当たり支出額は今年度4~9月は上期として最高額を記録。

オリエンタルランドの上西社長は、この現象を「消費者の所得が増えたかというと決してそんなことはない。支出に対する意識は毎違いなくシビアになっている。消費心理が商品中心の考え方から、心に残るコトにお金を使う方向へ変わっているのだと思う。‘喜び’や’感動‘など感情を体験できる空間にはお金を払う、という傾向が強まっている」と語る。

TDRではシニアなど40歳以上の世代が多くなったという。同じ期の入園者に占める比率は19.7%で10年前に比し4%UPしたそうだ。若い時にTDRに来た世代が、親になり祖父母になり、子や孫を連れて訪れている。10月、11月も予想を超える入園者数だそうだ。上西社長は「パークに消費者が価値を感じられる雰囲気を作れば底堅く推移するのではないか」と言いながら、来年の開業30年に向けて、パレードやアトラクションの刷新などさらに客に感動を与える仕掛け作りに余念がない。

同じ日経の1面「春秋」には、何でもお金で買える皮肉を記事にしている。フランスでの話。注文の時「お願いします」と言い添えた客のコーヒー代を20円ほど割り引くカフェが出始めたとか。インターネットの仮想空間に浸りきりで麻痺した他人への心遣いを取り戻す手伝いとの趣旨らしい。日本の常識が世界の常識ではない事例とも言える(?)。テーマパークでは、長蛇の列であっても金を払えばすぐ乗れるサービスがあるそうだが、春秋氏は、無礼傲慢身勝手無精に勇気礼節謙遜努力、まさかまさかのうちに、何にでも値がついてしまうかもしれないと懸念を示す。

TDRの話は、我々ITサービス業にも通ずる話と思う。お客様の心の琴線に触れるサービスを創りだすことこそ、我々の任務であり、企業の責任と考えて行動できるかが、IT業界の将来のカギを握っていると言えるのではないだろうか。

冲中一郎