「100円のコーラを1000円で売る方法」とは

先般10月のJASIPA定期交流会で講演していただいた永井孝尚氏(元IBM,現オフィス代表・多摩大学大学院客員教授)氏の著作本(中経出版、2011.11)の題名だ。講演のテーマは「改めて、顧客中心主義について考えよう」。当日参加予定だったが、台風の関係で出られなかったが、日頃から「お客さま第一」を主張している私としては非常に興味あるテーマだった。と言うことで永井氏の著作本を読むことにした。以下、当該本と、JASIPAメルマガ(JASIPA★INSIGHT)に掲載の講演議事録を参考にする。

永井氏は「顧客中心主義」を提言する。その対極が「顧客絶対主義」。

  • 顧客絶対主義とは:「お客さまは神様」すべての要望に応え、価格勝負もかける。
  • 顧客中心主義とは:「お客さまは大切な人」、お客さまは自分の本当の問題を知らない。気付かない要望に応え、付加価値で勝負する。価格は高くてもお客様に「凄い!」と言わせる。

「顧客中心主義」の出発点は「バリュー・ポジション」の視点。「バリューポジション」とは”顧客が望んでいて“”競合他社が提供できない“”自社が提供できる“価値の事を言う。その「バリュー・ポジション」の出発点は、顧客で、顧客本人も気付いていない価値を見つけられるかどうかがポイントとなる。

標題の本では、会計ソフト専業の駒沢商会の商品企画部において、経理ソフトの改善を目論んで転勤してきた凄腕営業で有名な宮前久美が、最近転職してきた与田(永井氏そのもの)の主宰するマーケティング戦略などを学ぶ“与田スクール”で、「顧客中心主義」を学んでいく過程を物語風にまとめている。「うちの事業とは何か?」の問いに「お客さんのお役にたてる会計ソフトを開発して提供する事」と答え、「顧客の言うことは何でも引き受ける」と考える久美に、与田は「0点」の回答と返すところから始まる。そして、「経営者が本当にやりたいことは、会計システムで集まった情報を活用して、会社の財務状況を改善し、経営変革すること」とのコンセプトを打ち出すまでになり、さらに与田の指導を受けて、そのコンセプトを実行可能な戦略にまで持って行く過程を分かりやすく描いている。

この久美の変わっていく過程がまさに、縮む国内市場で消耗戦となって「高品質なのに低収益」という矛盾を生み出した「カスタマー・マイオピア(顧客近視眼)からの脱皮」に他ならないと、そして、その鍵は、「バリュー・ポジション」を徹底的に考えることと永井氏は言う。ちなみに、本のタイトルは、リッツカールトンのルームサービスで頼んだコーラが1035円だったが、今までの人生で最高においしいコーラだった(中身はスーパーで売るコーラと同じだが、最適な温度に冷やされ、ライムと氷がついてシルバーの盆に乗ったコーラがグラスで運ばれてきた)との逸話からつけられている。サービスと言う目に見えない価値を売る「バリューセリング」の典型的な例を表わしている(スーパーは「プロダクトセリング」でコスト競争の世界)。

日本のIT業界は、必ずしも顧客に信頼を得ていないと言われる。顧客の指示、あるいはいうままにシステム開発をする姿勢(顧客隷属型システム開発)から脱皮できていないと言うのが一般的な説となっている。今こそ、永井氏の言う「顧客中心主義」を徹底的に実行する能力を身に付けることが、IT業界の発展のためには必須と言えるのではないかと思う。

セブン&アイが目指す「オムニチャネル」戦略とは

12月2日にセブン&アイHLDGSが、カタログ通販のニッセンを買収することを発表した(日経12月3日朝刊)。その記事に「セブン&アイは“オムニチャネル”と呼ぶ戦略を推進する。いつでも買えるネットなどと国内1万7千もの実店舗を結び、欲しい商品を消費者それぞれの事情に適した形で販売。その一環でニッセンとはリアル、ネットの垣根なく連携していく」とある。

一方で「セブン&アイHLDGS.9兆円企業の秘密~世界最強オムニチャネルへの挑戦」(朝永久見雄著、日本経済新聞出版社刊、2013.9.2発行)と言う本も出版されている。この本には、「消費者がリアル店舗、スマホ、パソコン、テレビなどオムニ(全て)の環境で、継ぎ目なく(シームレス)買い物をする時代が到来しつつある。この“オムニチャネル”の時代において、セブン&アイ・ホールディングスは、オムニチャネルリテイラーとして世界最強になる潜在力を秘めている」とある。

私は恥ずかしながら、この言葉に初めて触れた。米国ネット界では一般的用語となっているらしい。長年にわたり国内小売セクタを代表するアナリストとして高い評価を受ける朝永氏は、国内で1万7000店以上の店舗を持ち、セブン‐イレブン・ジャパン、西武、セブン銀行、イトーヨーカ堂、赤ちゃん本舗など114社を抱える巨大流通グループが、その店舗網、顧客接点の量(頻度)と密度(距離)、商品の多様性、それを支える人材、物流を考えると、セブンネットショッピングを新たなプラットフォームとして各事業会社が一つに繋がることで、世界に類を見ない小売グループへ発展し、最終形では、日本の消費シェアを根こそぎ獲得する可能性を指摘する。

「オムニチャネル」の時代を、物語風に著している。大手商社に勤めるある独身女性(ちあき)が休日朝起きて、スマホにインストールしたセブンアプリを開き「自分の冷蔵庫」をクリック。ちあきの冷蔵庫にある材料で作れるメニューが出てきた。つくりたい料理をクリックし、人数を入れると不足材料が出てきて、注文。「3時間後にお願い」とクリックするときっちり3時間後に材料が届く。以前、その料理の時に同時にぶりの刺身を注文したことがあったが、注文の時に「ぶりはいかが?」と聞いてきた。届く45分前に調理された新鮮なものが届いた。スマホで注文するまでの時間は55秒。

朝永氏は「特に都市部では徒歩のお客さまが多く、“小売業の競争力は売り場面積に比例し、距離の4条に反比例する”」と言う。私も時々、自転車で5分位のイトーヨーカ堂に行くことがある。歩きはきついが、自転車でも坂があるときつくなる。インターネットでも注文することがあるが、これだけ近いとついつい実店舗に行ってしまう。しかし、年を取ると重いものや新鮮なものはインターネットでと使い分けができれば便利だ。イトーヨーカ堂のような実店舗が、ネットスーパーの商品加工拠点であったり、周辺のセブンイレブンへの商品供給拠点であれば、ますますイトーヨーカ堂の存在意義が広がっていく。

「オムニチャネル」戦略、リアルとネットの融合に注目したい。コンビニエンス事業、スーパーストア事業、百貨店事業、フードサービス事業、金融関連事業をシームレスにつなぐインフラづくり、IT業界の真価の発揮どころか。

”信頼性“と”信頼感“の違い?!

以前、当ブログで「会社では業績などによる評価(査定)基準に則って処遇や人事を決めるが、主観的である「評判」も大いに加味されている、あるいは加味されるべしというのが、多くの企業の人材育成・評価に関する支援をやってこられた著者の主張である。評価は短期間で作れるが、評判は長期間にわたって築かれるもので、一旦評判を落とすと再び高めるには、相応の時間を要するもの。お客様から得る評判(信頼)と同じ性質を持つ。「評価」には反論しがちだが、評判には反論できない(反論する対象が決まらない)。」(https://jasipa.jp/okinaka/archives/231)と「会社人生は評判で決まる(相原孝夫著)」の本を紹介しながら、「評判を得る」ことの重要性を書いた。

12月3日の日経朝刊29面に「“信頼感”で仕事円滑(脱・独りよがり 3つの“ない”)」のタイトルの記事で、「信頼性」と「信頼感」の違いが書かれている。関西大学の安田雪教授の解説によると「“信頼性”とは、「この製品は信頼性が高い」というように、スペックや能力を評価する時に使う。人に例えるとその時点で身に付けている能力が高いかどうかが判断基準になる」と言う。その人が自分の期待に応えてくれるかどうかは能力とは別物。一方、「“信頼感”とは「必ずやり遂げる」という意図や意志を評価する時に使う」と。能力が多少足りなくてもそれを補う努力をし、何らかの結果を出してくれる、そうした相手が信頼できる人と言うわけだ。いくら能力が高くても、頼んだことをやり遂げてくれるはずだと言う信頼感を持てる相手でなければ頼まないだろう。周囲からの信頼を高めるには、まず、自らが誰かの力になろうと言う意思を明確に持ち、そのために何が出来るかを考えて行動することだ。それが相手にきちんと伝われば、信頼関係を築く第一歩となる。

記事では、「脱・独りよがり 3つのない」の事例として、“妥協しない(日産プリンス東京販売雪谷視点の伊藤数馬さん)”、“遠慮しない(東京ドームの岩瀬菜穂子さん)”、アピールしない(マザーネットの小野里仁子さん)“が紹介されている。特に伊藤さんの話で興味があるのは、「お客様の話に耳を傾け、想像力を全力で働かせながら、お客様の気付いていないニーズを把握する。そして、お客さまが新車を買うのにベストなタイミングを見つける。それまでは一切、車を買ってほしいとの話をせず、時には「今は待った方がいい」と助言することもある」との話だ。「自分の都合で相手を説得して目先の1台を売っても、”その次“はない」というのが信条と言う。すべての営業に通じる「営業ノウハウ」ではなかろうか。

「評価」より「評判」、「信頼性」より「信頼感」。会社生活においてはもちろんのことだが、日常的な人間関係つくりにおいて信頼関係を強固なものにするための参考にしたい。

冲中一郎