「低学歴国」ニッポン!(日経)

ショッキングな題名だが、5月2日の日経朝刊1面トップ記事のタイトルだ。サブタイトルで“博士減、産官学で意識改革を”とある。その後、引き続き6日まで1面のコラム「教育岩盤」で今の現状が紹介されていた。2日のトップ記事のリード文は下記。

教育で人を育て国を立てる。日本の近代化と経済成長を支えた「人材立国」のモデルが揺らいでいる。成長に必要な人材の資質が変わったのに、改革を怠るうちに世界との差は開いた。教育の機能不全を招いた岩盤に迫る。

日本は人口100万人当たりの博士号取得者数で米英独韓4か国を大きく下回る。米国での博士取得者数も大幅に減り、科学論文数の国際順位もどんどん下がっている。根っこには大学院の評価の低さがある。どの大学を出たか、学問より社会経験をどう積んだかを重視する”反知性主義“も大学院軽視の岩盤を強固にしたと言う。結局イノベーションの担い手を育てる仕組みの弱さが産学の地盤低下を招いた。

世界はとうに博士が産業革新をけん引する時代に移っている。遅まきながら、日本の経済界も、大学院教育を通じた人材の高度化に動き始めている。例えばメルカリは、「博士が活躍する職場を作りたい」との思いで、今年から国内の大学院博士課程に社員を送り出す。研究職の社員以外も対象で原則3年間の学費を支給、時短勤務や休職を認め、仕事と研究の両立に道を拓く。今年6月までに5人程度を選ぶ。中央教育審議会の渡辺光一郎会長(第一生命HD会長)は「私の世代までは学部卒でもなんとか耐えられた。これからは違う。大学も企業も変わり、仕事と学びの好循環を実現すべきだ」と語る。

その目は出始めている。早稲田大学を幹事校とする国公私立の13大学が2018年「パワー・エネルギー・プロフェッショナル育成プログラム」を始めている。企業などで脱炭素を含むエネルギー分野の革新に貢献できる博士を育てる試みだ。

第2稿は「空洞化する卒業証書~学びなおし、企業も学校も」とのタイトルだ。企業の期待する学力のなさに、クボタでは技術系新人に「学び直し教育」を実施中という。社内(入社10年以内の技術系社員360人)で実施したテストで、ヤング率などの基礎的な言葉の理解や計算問題の正答率が22%だったのに驚き、学び直しの必要性を痛感したそうだ。“七五三”の現実(高校生の7割、中学生の5割、小学生の3割が授業についていけない)を生む、行き過ぎた履修主義(日本の義務教育は、理解度に関係なく進級できる)の問題を有識者は指摘する。

第3稿は「指導要領、脱“ゆとり”で膨張~乖離する理念と現場」のタイトルだ。学習内容を3割減らして、自ら考える力を養うとした「ゆとり教育」が社会の批判で無残な結果になった。そのため学習内容を削れなくなり、「中学の英語教育は英語で行う」「知識注入型を脱して討論などを促すアクティブ・ラーニングの導入」、「デジタル人材育成を目指したプログラミング教育の導入」など新たな要綱が増え、いずれも適当な教師不足などの問題にぶちあたり、ある教師は「理念に体制が追い付いていない」と指摘する。韓国では日本より20年早く英語教育を実施、英国では2014年から5歳児にプログラミング教育を受けさせている。

第4稿は「難関突破、親の経済力私大~“合格歴競争”格差を再生産」だ。東大合格者は私立中高一貫校の卒業生が多数を占め、学生の54%は年収950万円超の家庭出身者だと言う。子供の貧困率が約3割の沖縄の教育問題、進学問題も論じている。米国でも難関大学のエリート層が、貧困層を見下していることで、軽んじられた人々の怒りが深刻な分断を生んだとハーバード大サンデル教授が指摘している。

第5稿は「偏見が狭める女性の針路~国の未来、多様性が拓く」だ。工学部を目指す女性が少ないことが日本の成長の限界との問題認識だ。OECDの2019年調査では、工学系の入学者に占める女性割合は加盟国平均で26%、日本は16%で最下位だ。動きは見られる。芝浦工大では2022年から成績優秀な女子学生は入学金を免除する。対象は130人。女子志願者が前年比9%増えたと言う。米マサチュ-セッツ工科大は、1990年代から女性教員の地位向上を進め、同年に初の女性学長が誕生した。学部の女性比率は21年秋で48%と驚きの数値を示す。

「日本の停滞と閉塞感の根底には女性を含む人の能力が十分に発揮されていないことがある。産業界も製品開発には女性の発想が求められる。教育を一新し、知を磨き行き渡らせることで国の将来をひらく。人材立国に再び挑戦するときが来ている。」と「教育岩盤」の連載コラムは締める。

今朝(12日)も、日経朝刊38面に、「高度人材活用進まず」との記事があった。リード文は、

「大学院で専門分野を学んだ博士人材の活用が進んでいない。博士課程修了者ののうち不安定な非正規雇用で働く人は28.9%を占め、学部卒の6倍の水準だ。将来不安から博士を目指す学生も減少傾向にある。米国では博士がイノベーションをけん引する一方、日本は高度人材が活躍するための土台が揺らいでいる。」だ。

高度人材の育成・活用に関して、産学の連携強化が待ったなしの状態だ。

「人的資本」を数字で見せる企業が増えている!

ちょっと古い記事になるが、4月12日の日経朝刊記事Inside Out(13面)に「社員のやる気、数字で見せる」のタイトルに目が止まった。リード文を下記する。

企業会計では資産とみなされない社員のスキル、やる気などを数字で開示する動きが広がっている。デジタル時代の競争力の源泉は工場や店舗ではなく、革新的ビジネスを創造する「人的資本」という考え方からだ。有望銘柄を先回り買いしたい株式投資家は、社員が幸福かどうか内面まで推し量る。かっての勢いを失った日本企業の再生につながるか。

記事で紹介されている“「人的資本」を数字で開示する企業”を紹介する。

まずは“オムロン”だ。この3月、中期経営計画に「人的創造性を高める」という異色の目標を掲げている。同社は、人的創造性を、1年間に生み出した付加価値を総人件費で割って算出する。いわゆる”労働委生産性“と同じ計算式だが、”労働生産性“には人をコストとみて人件費を削るイメージがあるが、そうではなく人に投資して付加価値を伸ばしていく意味を込めて言い換えの意義を説いている。

味の素も「人財」への投資を積み増してきている。職をめぐる知識を深めたり、次世代リーダーを育成したりする費用を「人財投資額」として開示。2020年度から3年間で社員一人当たり88万円を投ずる。

総合商社の双日は、社員の新分野への挑戦を上司の評価によって「チャレンジ指数」に換算し、重要な経営指標の一つと位置付ける。

政府も新しい資本主義実現会議で「費用としての人件費から、資産としての人的投資へ」、形には残らない人への投資を評価する方法論を探っている。米国でもこの動きが加速している。米証券取引委員会(SEC)は一足早く企業に人的資本にかかわる情報を開示する仕組みを整えた。日本も今夏に開示の指針をまとめる方向だ(昨年6月にコーポレートガバナンスの改定が行われ“人的資本の開示”の項目が追加されたが具体的な指針はなかった)。も”人財“アピールに対し、投資家は早くも企業の選別に動いているそうだ。

米ギャラップの20年度調査によると、志気が高く熱意のある社員の割合はGAFAMを生んだ米国が34%と世界で突出している。“失われた30年”で確たる成長の針路を見失った日本は世界最低レベルの5%に沈んでいる。信用評価会社クレジット・プライシング・コーポレーションは日本企業のクチコミサイト「オープンワーク」に寄せられる社員の匿名投稿をAIで分析し、個々の企業の働きがいのスコアを投資家に売っているそうだ。

「こうした人的資本評価によって経営者の意識が変われば、社員のやる気にも火がつくかもしれない」と当記事は締める。

日本の上場企業は、アベノミクス以降、株主にもたらす利益を最大化すべく“ROE(自己資本利益率)”を上げることに集中してきた。2019年にアメリカの大手企業経営者で作る最大の経済団体「ビジネス・ラウンドテーブル(BRT)が脱株主第一主義の声明を発表した。顧客、従業員。サプライヤー、地域社会、株主の5つのステークホルダーに利益をもたらすのが企業の目的との声明だ。社員が熱意をもって革新的な仕事に取り組める環境つくり、人的資本に焦点を当てた施策の推進に真剣に取り組むことが、“日本の失われた30年”を克服する鍵となり日本の未来を拓くことになるのではなかろうか。

企業の社風改革は待ったなし!損保ジャパンなどに学ぶ!

2月26日の日経朝刊8面”Deep Insight“の「社風改革、覚悟の”踊り場“」と題した上杉素直氏(本社コメンテーター)の記事に目が留まった。

時代の変化が激しい中で、社員一人一人が自主的に考えて行動できる社風を如何に作るかとの問題提起だ。上杉氏は。これまでの日本の濃い企業文化の弊害を“だまし絵”(添付図参照)を例えに説明している。アヒルとウサギのだまし絵だ。

     

視線の送り方によって、左を向いてくちばしを突き出すアヒルにも見えるし、右を向いて後頭部に2つの耳をもつウサギにも見える。双方を同時に認識するのは難しく、どちらか一方しか見えない。あるカルチャーに染まった集団は同じように絵を眺め、例えば全員がアヒルの絵だと認識し、だれもウサギに気づかない。ウサギが外部の環境変化だとしたら、その企業のだれも社会の変化に気づかない事態を招くことになる。上杉氏はみずほ銀行の不祥事は、「いうべきことを言わない、言われたことだけしかしない」という金融庁の指摘が正しいと思うが、そこに悪意はない」と言う。善悪で割り切れないからむしろややこしく、不祥事にまみれてカルチャーの刷新を誓うが、結局変革がかなわず失敗を繰り返すケースはみずほに限らず、こびりついたカルチャーの「解凍」が困難な事例も多い。カルチャーを解かすチャレンジをしている企業として損保ジャパンの取り組みを紹介している。

5社との合併を繰り返して今の損保ジャパンとなった経緯はあるが、現状人口減や自然災害の増加で厳しい環境になってきている。もともと上意下達のノルマ主義で、市場シェア日本一が社員の誇りだったが、2018年将来に向けて危機感を抱いた西沢敬二社長の始めた行動がユニークだ。従来の流儀をひっくり返して、未来に向けて目指すカルチャーを追い求め、実現させる活動だ。簡単に言えば従来のトップダウン型からお客を起点としたボトムアップ型への転換だ。2019年に32ページの冊子「Spirit-未来への指針」にまとめ、バイブルとして社員に配布。「企業文化を変える」と章題にうたい「創造性・独創性」「スピード」という目指すカルチャーを明文化した。すごいのは、「これから2年間は市場シェアを考慮しなくていいとした西沢社長の社風改革に対する執念と言うか社長の覚悟を社員たちが感じたことだ。最初はとまどいもあった活動だったが、社員が支店をリードする形は、人材育成や品質に関するプロジェクトチームを作る中で徐々に見えてきたと言う。「職員一人一人が当事者意識を持ってゴールを設定し、チームワークで到達する」新しい企業文化でシェアも回復しつつあるそうだ。

トヨタ自動車も、10年半ば「意志ある踊り場」というフレーズで、将来の成長への足固めの期間を敢えて作ったそうだ。シェアを一時的に放棄した損保ジャパンに通底するものがある。

2月28日日経朝刊28面“Women@Work”の「“多様性” 担当役員日本でも」との記事も気になった。多様な人材を集め、その人材を許容し、多様なスキル、能力、アイディア、経験、価値を生かすために、その旗振り役となる役員を任命する企業が出始めている。この役割を「CDIO」(Chief Diversity&Inclusion Officer)と呼ぶ。日立製作所CDIOのロレーナ・デッラジョヴァンナさんと東京海上ホールディングスCDIO鍋嶋美佳さんが紹介されている。D&Iとは多様な人材をただ採用するだけではなく、違いを尊重し、能力や個性が生かされている状態だ。デッラジョヴァンニさんは日立のD&1を「世界的にみるとまだまだ」と指摘する。一例としてあげるのが「意見を言うことをためらう文化」。自由闊達に意見を言い合える環境がなければ、イノベーションは生まれず、製造業にとって致命的。デッラさんはこうした風土を変えることが喫緊の課題と言う。日本ではCDIOを置くのは少数だが、伊藤忠商事では元厚生省の事務次官の村木厚子さんがその職に就く。全日空では執行役員がその責に就いているそうだ。

未来に向けての企業の挑戦が始まっている! | 冲中ブログ (jasipa.jp)でも、社員が意欲をもって働ける環境つくり、優秀な人材が集められる環境つくりに挑戦する企業を紹介した。3月1日の朝日新聞12面のコラム“経済気象局”でも「問われる企業の存在意義」では、ソニーグループのパーパス経営が紹介されている。

いい人材を集め、その人材を育て、活かす経営のための社風改革に向けて、今後の厳しい競争を勝ち抜くための各企業の挑戦が始まっている。パーパス「クリエイティビティとテクノロジーで世界に感動で満たす」に沿った社員の自主的行動が企業文化として定着してきたというソニーグループに続く企業が今後続々と出てくることを期待している。

冲中一郎