「顧客サービス2015」カテゴリーアーカイブ

“お客さま満足”を行動理念として持ち続けた経営者福地さん(元アサヒビール)

アサヒビール、NHK、新国立劇場、東京芸術劇場のトップを歴任された福地茂雄氏がこの度本を出版された。「お客さま満足を求めて」(毎日新聞社刊、2015.3)だ。新聞で本の出版を知り、私のテーマとも言える「お客さま満足」の言葉に惹かれて購入した。

アサヒグループの経営理念

「アサヒビールは、最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献します」

この経営理念の柱は「お客さま満足」。アサヒの会長・社長の他にNHK会長など全く違う業種も経験されたが、常に経営判断の拠り所は「お客さま満足」で、業界は違っても、この信念に従って行動すれば自ずと道は開かれると福地氏は言う。

アサヒビールが、プロダクトアウトからマーケットインに軌道修正を始めたのは、アサヒビールのシェアがどん底で、「夕日ビール」と揶揄されていた1984年頃。当時の村井社長が米国視察でジョンソン・エンド・ジョンソンを訪問した際、「Our Credo(我が信条)」に触れ、優れた企業には優れた企業理念があることに感銘を受け、「お客さま満足」の考えが初めて経営理念となって謳われた。これが契機となって、5000人の消費者の試飲調査が始まり、お客様の声が「アサヒ生ビール(コクキレビール)」の開発を生み、各部門・全社員の努力の結晶「アサヒスーパードライ」(樋口社長時代の1987年発売)を生んだ。味はメーカーが決める(工場ごとに味が違っていたそうだ)考え方を、「味はお客さまがきめる」と言う、今では当たり前の考え方に変わっただけだが、アサヒビールがそれで蘇った

福地氏が社長時代の2001年には発泡酒への参入を決断した。アサヒスーパードライのシェアを奪いかねないビールまがいのものを出すのに、社内もマスコミも否定的だった。が改良を重ねるにつれ味も良くなり、お客さまに自信を持って出せる商品は出すべし、むしろ出さないことは「お客さま満足」の追求にもとると参入決断されたそうだ。これが「アサヒ本生」で、大ヒット商品になった。

NHK会長時代、最も記憶に残っているのは、2010年の大相撲野球賭博事件で、相撲中継を継続するか中止するかの判断を迫られた時。この時の判断基準も「お客さま満足」。放送中止を求める声が16000件、継続は8000件だった。大相撲のLIVE中継は中止し、相撲を見たいと言う視聴者の声も考慮し、夕方6時台にダイジェスト版を放映した。

東京芸術劇場経営では、2011年3月末に開催予定のコンサートの切符2000枚が完売されていた時、東日本大震災が発生。日本国中がすべてのイベント自粛の大きなうねりの中、チケットの販売後でコンサートを自粛しても得られるのは自己満足だけで、お客さま満足ではないとの結論で予定通り実施した。そしてチケット料金は全額東北の被災地に寄付をすることを、コンサートは始まる前にお客さまに説明し、顧客からは大きな拍手を頂いた。

福地氏は、アサヒにおいても、NHKにおいても「3現主義(現場で、現物を、現実に)」を徹底し、部門間の連携や、適材適所の人事政策など、いろんな改革をしつつ、「お客さま満足」を基軸に決断をしていかれた。アサヒ時代には、環境問題にも力を入れ、全工場「廃棄物ゼロ」を達成し、広島県には「アサヒの森」を作られた。

独善、独断ではなく、確信を持って決断するための方策を講じながら、「お客さま満足」を軸に歩まれている福地氏に共感できることが多い。

「真の口コミ営業」=アンバサダー・マーケティング

「日本でいちばん大切にしたい会社」(坂本光司法政大学大学院教授)としてメーカーズ・シャツ鎌倉を以前紹介した(http://blog.jolls.jp/jasipa/nsd/entry/8437)。そのメーカーズ・シャツ鎌倉の貞永良雄社長が「PHP松下幸之助塾2015-6号」に登場している。その記事の中で、創業時[1993年]の苦労談を語りつつ、自分がものづくりに関わり、人付きあいの好きな奥様が販売を担当するスタイルを作ったことが成功の源だったと言われている。そして、社長曰く、妻に「きょうは5万円売ってよ」と頼むより、「いらっしゃるお客さんに親切にして、全員リピーターにしてほしい」とお願いする方が長い目で見れば効果的だ、と。最初は友人や知人ばかりだったのが、一度来店された方がお友達を連れてこられることが多く、徐々に売り上げが伸びていったそうだ。

アンバサダー・マーケティング=熱きファンを戦力に変える新戦略~」(ロブ・フュジェック著、土方奈美訳、日経BP社。2013・10)では、「アンバサダー」とは、ある会社を熱烈に応援し、見返りを求めずに、商品の魅力を広めてくれる人の事と定義している。値引きや特典を受け取ることを動機とする「ファン」や「フォロワー」と違って、「素晴らしい体験を伝えたい、他の人達を助けたい」との純粋な動機で推奨してくれる人だ。アメリカでは、靴のネット販売ザッポス、アマゾン・ドット・コム、レッドブル、ボディショップ、グーグル、スターバックスなどは広告に頼らず有力ブランドに育ったが、まさにこうした企業においては、アンバサダーこそがマーケティング戦略だったと言う。メーカーズ・シャツ鎌倉もアンバサダーによって成長を遂げたとも言える。

私も講演を時々頼まれることがある(テーマは「お客さま第一、既存客を大事に」)が、その際に、顧客を分類して、各分類ごとに対策を講じることの重要性を訴えている。顧客は、「潜在客」から、一度買ってくれると「顧客」、繰り返し買ってくれる「得意客」、さらに「支持客」、他の人に推奨してくれる「代弁者」、客を連れて来てくれる「パートナー」と進化する。恐らく「代弁者」「パートナー」レベルがアンバサダーと言える。

友人や同僚に、ある商品を勧めるのは責任が伴うため、よほど慎重になるものだ。アンバサダーを発掘する際の究極の質問は「当社を友人に強く薦めようと思いますか?」で、答えを0~10(強く薦める)の数字で答える、9もしくは10と答える客はアンバサダーと見ていいと著者は言う。

お客さまに真に喜んで頂ける商品を提供することが基本であることには変わりはない。顧客を固定客化するには、商品の価値と、売る人の人間性、会社の社会性などがモノを言い、「あの会社の商品なら友人、知人に安心して推奨できる」と思ってもらう事だ。「コンシャスカンパニー」(http://okinaka.jasipa.jp/archives/1718)そのものでもある。

“サービス”とは?相手が喜ぶすべてのこと!

前項で予告した「PHP松下幸之助塾2015.5-6」に掲載の谷口全平氏の記事のタイトルだ。谷口氏は1964年松下電器に入社半年後に「創業者の傍で3,4年勉強してこい」と言われてPHP研究所への出向を命じられ50年近くPHP研究に携わることになった方だ。PHP研究拠点は京都の「真々庵」のため、お客様対応や、所員との議論や研究活動、そして自らの思索のために幸之助氏は週3-4回の頻度で来られていたため、近くで接することも多く、松下幸之助の薫陶を十二分に受けられたと言われる。その谷口氏の記事から、松下幸之助のサービスに対する金言を紹介する。

125ヶ国以上の経営者が集う世界大会で講演した際の外国経営者からの質問、

  • Q:「ビジネスマンの最も重要な責務は?
  • A:みんなに愛されることやな

「あの人からなら商品を買いたいな」とそう思ってもらうことが、ビジネスマンの責務だと。そして愛されるためには”奉仕の精神“が一番大事であり、製品、価格での奉仕に加えて、最も大事な奉仕は”サービス“だと。そして、”サービス“を「相手に喜んでいただけるすべてのこと」と定義する。谷口氏は幸之助氏のやってきた”サービス“は仏教の経典「雑宝蔵経」の「無財の七施」の考え方に近いと言う。すなわち

  • ・眼施(慈しみのまなざしを向ける)  ・和顔施(笑顔で接する)
  • ・愛語施(優しい言葉を使う)    ・身施(身体的な手助けをする)
  • ・心施(思いやりの心を持つ)     ・床座施(席を譲る)
  • ・房舎施(宿を貸す)

という七つで、「お金が無くても出来るサービス」と考えられる。実際、「真々庵」で接客する際、庭の掃除から始まり、「見えないところまでやらんとあかん」「苔は濡れすぎても、乾きすぎてもあかんで。程よい具合に湿らせなさい」のような指示が出る。座布団を並べるときは、裏表と前後を揃える。会議の資料では、資料の並べ方や席の配列など、参加されるかたの立場に立った配慮をされる。そして、お客さまが帰られるときは、新人であろうと必ず玄関までお見送りをされる。

そして幸之助氏の信念である

世の中は有り難いもので、サービスをすれば必ずそのサービス以上の報酬が返ってくるはずである

との言葉を紹介されている。返ってこないサービスは、真のサービスになっていないとも聞こえる。礼儀、道徳、思いやりは必ず実利に繋がる。交通道徳が高まれば事故が減るように、上司、同僚、お客様の関係が良くなれば生産性があがるとの主張だ。

さらに加えて、“商人”の条件の一つに「相手より頭が下がる人」というのがある。幸之助氏は人を使う立場にあっても謙虚さを心掛けていたと言う。先般、当ブログで「“問いかける”ことこそコミュニケーションの基本」(http://okinaka.jasipa.jp/archives/2955)との記事をUPしたが、幸之助氏は「従いつつ導く」との人使いの基本にあるように、部下との対話の中で下記のような問いかけを行う。

  • 「きみ、どう思う?わしはな、こう思う」
  • 「こうしようと思うんやけど、きみはどう思う?」
  • 「きみの方が専門だから、分かりやすく説明してくれんやろか」

相手の自主性に従いつつ、自分の思う方へ導いていく。部下の自立を促す手法として、この「問いかける」手法は、幸之助氏の大きな特徴だったそうだ。“サービス”に対する考え方、部下をその気にさせる手法など参考にすべきことは多い。