「生き方」カテゴリーアーカイブ

ハガキ道で運命を拓いた坂田氏

私もどこかで「ハガキ道」の坂田氏ということは聞いていた。が、初めて坂田氏の記事にお目にかかり、「ハガキ道」の意義が分かるような気がした。「PHP Business Review松下幸之助塾2013年5・6月号」の記事より。

人との出会いが、こんなにも人生を変えるのかと驚いた。「ハガキ道」で有名な坂田道信氏は、少年期、青年期は病気がちで、学校でも落ちこぼれ、結婚はしたが最貧生活。31歳(1971)の時、「国民教育の父」と呼ばれた森信三先生の講演を聞いたのがきっかけで、「ハガキ道」に目覚めたそうだ。「義務教育を出たものは、あいさつと、はっきり返事をすることと、ハガキを自由に書くことが出来なければならない」との話に心を打たれ、「ハガキを書くことなら自分にもできるかもしれない。森先生のおっしゃる三つの事が出来るようになって新たな自分に生まれ変わり、人並みの人生を送れるようになりたい」と願うようになったと言う。何と素直な心で受け止められたことと驚くが、その後森先生の高弟の一人徳永康起先生の指導を受けながら「模写ハガキ(カーボン紙を使って書く)」にのめりこんでいった。

何の取り柄もない自分でも、ハガキを書くことによって心が成長し、友人が増え、人を喜ばせることが出来ると気付き、最初は徳永先生とだけのやり取りから始まり、今では全国を講演して回りながら毎日約30枚のハガキを書き続け、年賀状にいたっては2万枚送っておられる。いただいた年賀状に目を通すのに4か月を要す。そんなボリュームのハガキを扱うことから、恐らく唯一と思われるが、自宅専用の郵便番号が割り振られているそうだ。

ハガキが縁で(最初の奥様はガンで早世)、東京丸の内で働く保険のトップセールス(マスコミでも取り上げられるスーパーレディ)と結婚。現在は精進料理の教室を開く傍ら、自然素材を使った味噌やお菓子、洗剤などの通信販売を全国的に展開されているそうだが、お客さまへの奥様のハガキがリピーターの増加につながっているそうだ。ハガキの表書きは筆で、文面には「ありがとうございます」と言う言葉を入れ、一言でも相手の心に響くことを読みやすい字で書くなど、工夫が一杯あるようだ。もっとも大事なのは「上手に書こうとしない」こと。上手に書こうと言う心は自己顕示欲の表れと言う。

千葉県の「眼鏡のトヨフク」(ライバル店の進出で店をタタムことも考えた時期がある)は、坂田氏の指導で、「ハガキ道」を覚え実行したところ、リピーターが増え、今では数名の従業員で億単位の売上を上げるまでに成長したそうだ。お客さまとの人間関係を作り、お客様の食など生活実態を知り、お客様にとって喜ばれる眼鏡を提供することが出来るようになったとか。

インターネットなどの普及で、無機質なコミュニケーションが主流になる中、ハガキの効用をコミュニケ―ションツールとして見直すことも大いに意味あることと思える。ただ、ハガキの中身の工夫で、相手の方に感動を与えることがポイントになるが、それが自然体で出来るのが坂田氏のいう「ハガキ道」なのだろう。

「たのしみは・・・」で始まる独楽吟(橘曙覧)

エニアグラムで有名なシスターで文学博士の鈴木秀子氏が「致知」の連載記事「人生を照らす言葉」で紹介されている(2013.5号)のが幕末の歌人で国学者の橘曙覧(あけみ)だ。平成六年に、天皇皇后両陛下が訪米された際、当時のクリントン大統領が歓迎スピーチの締めくくりに「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」を引用して、「日米両国民の友好の心の中に、一日一日新たな日とともに、確実に新しい花が咲くことを期待する」と述べたことで再び脚光を浴びた歌人だ。また、彼の死後明治になって32年、正岡子規は源実朝以後、歌人の名に値するものは橘曙覧ただ一人と絶賛したと言う。その作品に「独楽吟」という歌がある。

その歌は「楽しみは」で始まる短歌だが、読んでみると、日常のさりげない出来事の中に楽しみや、喜び、感動を見出す歌で、鈴木氏は「人生を幸せに生きる大切なヒントを与えてくれる」と言う。いくつかの歌を紹介する。

たのしみは 3人の児ども すくすくと おおきくなれる 姿見る時
たのしみは 空暖かに うち晴れし 春秋の日に 出てありく時
たのしみは 心をおかぬ 友どち(友達)と 笑ひかたりて 腹をよるとき
たのしみは まれに魚煮て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時
たのしみは いやなる人の 来たりしが 長くもをらで かえりけるとき

「曙覧は「清貧の歌人」と呼ばれている。その生き方は貧富と言う概念すら超え、貧しさそのものを味わっていたようにも思える。彼は凡人が見過ごしてしまいそうな何気ない日常に贅沢を見つけ出す達人でした。それはモノの豊かさでは推し量れない心の豊かさを楽しむことであった」と鈴木氏は言う。さらに『忙しい日常に振り回されていると、なかなか意識することができませんが、いま「当たり前」のように目の前に繰り広げられている現実は本当は大変な奇跡です。その命を生かしてご飯を食べ、歯を磨けることも、家族団欒を持てることも、通勤・通学できることも。』日々感謝の気持ちを持って過ごすことの大切さが、曙覧の歌を詠むと蘇って来る。

私も短歌は初めてであるが、挑戦してみた。恥ずかしながら披露する。

たのしみは 毎日ジムで 目いっぱい 汗かいたあと 汗ながすとき
たのしみは アンテナ高く ブログネタ 探してアップ コメントある時
たのしみは 人と人との 絆にあふる NPOの あつまりの時(JASIPA)
たのしみは そぞろ歩く みちばたで ひそかに咲く花 見つけしとき

日常の感動や、ささいな楽しみを思い出すために、「たのしみは・・・」と、まずは始めると面白いかも・・・。駄作でも、鈴木氏の言う「心豊かな生活を送る一つのアイディア」であることを実感できた。

ハチドリのひとしずく

新日鉄の大先輩で、いつもご指導いただいている方から、お知り合いの方の講演録を送って頂いた。元外務省の医務官でスーダンでご活躍の方(K氏)の話だ。その講演録の最後に「ハチドリのひとしずく」が紹介されていた。早速インターネットで調べると、南米のアンデス地方に昔から伝えられてきた話だとの事で、それを辻信一氏が翻訳して絵本として出版された。その全文を下記する(出典:「ハチドリのひとしずく」辻信一監修,光文社刊,2005)。

森が燃えていました
森の生きものたちは われ先にと 逃げて いきました
でもクリキンディという名の
ハチドリだけは いったりきたり
口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
火の上に落としていきます
動物たちがそれを見て
「そんなことをして いったい何になるんだ」
といって笑います
クリキンディはこう答えました
「私は、私にできることをしているだけ」

この話に共感した坂本龍一さん、中島朋子さん、C.W.ニコルさんといった著名人からの「私にできること」のメッセージや、地球環境のために誰でもできるアイディアも盛り込まれた構成の本だそうだ。辻さんからこの話を聞いたケニアのワンガリ・マータイさんも“ハチドリ”となって、各地でその話を伝え、ひとしずくを広められたとか(マータイさんは2011年亡くなられた。日本語の「もったいない」を世界語にされたかたで、当ブログでも紹介http://jasipa.jp/blog-entry/6826))。私たち一人一人はちいさなハチドリの力に過ぎないかもしれませんが、この無力感やあきらめを吹き払い、しっかりと目を開き問題と向き合い、「わたしにできること」について考え、行動し、それらを積み重ねてゆくことができるとしたら燃えている森の「火」を消す力にだってなれるかもしれません。

2006年頃この話がブームになって、若者の心を動かし、その閉塞感を打ち破り、ボランティアや、環境問題へと行動を駆り立てたとインターネットにある。講演されたK氏は、スーダンで医療活動に携わられているが、たまたま帰国していた時に東日本大震災が起こり、すぐさま救急車で東北現地に入り、医療活動を展開されたそうだ。K氏は言う。『「ハチドリのしずく」の話は、自分の出来ることをやることの大切さを教えている。しずくの大きさに違いはあるかもしれないが、やろうとする気持ち、志、ハートに差はない。私は東北とスーダンで自分なりに出来る一滴を垂らそうとしている。皆さんもそれぞれのステージで一滴を垂らしていただき、互いに手を携えていけば日本の今の大変な状況も乗り越えられると信じている』。

高年齢化問題が叫ばれている中、元気なうちに「自分のできることをやる」を実行に移し、社会のお役にたつことが出来れば、それぞれが一滴でも、大きな力になること必定。さて何からやっていこうか?真剣に考えたい。