総合スーパー「成城石井」はなぜ元気なのか?

「イオン、イトーヨーカドー。食品から衣料品や住居関連用品などを幅広く扱う総合スーパー(GMS)が苦しんでいる。(中略)昨年の消費増税後、スーパーは二極化の様相を見せた。特徴を打ち出せないGMSが振るわない中、ライフコーポーレーションやヤオコーなど、首都圏を中心に展開する主要な食品スーパーは生鮮食品や惣菜に力を入れた結果、値上げの反動減をはね飛ばして業績を伸ばしている。そうした堅調な食品スーパーの中でも異色の存在が、「成城石井」だ。」で始まる東洋経済オンラインの記事(「成城石井は、なぜ「安くない」のに売れるのか」)に目が止まった(11月26日 http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151126-00094092-toyo-bus_all&p=1 )。成城石井の特徴は、決して安いとはいえない高価格帯の商品を扱う高級スーパーなのに、突出した利益率を上げている。なぜ?

結論は、まさに前稿でも書いた「顧客支持率の高さ」(http://okinaka.jasipa.jp/archives/3980)だ。経営者から販売員まで口をそろえるのは「お客様のため」というキーワードだ。「お客さまにご満足いただく、お客さまに喜んでいただく。それだけを目指し、動いている。」特に創業の地、成城(東京都世田谷区)は都内でも屈指の高級住宅街であり、そこに住む人たちの食に対する興味や関心は高いものがあった。本物志向で、妥協はしない。「高くて良いもの」というだけでは不十分で、「いいものを適正価格で」が求められた。そのため品揃えと共に、お客さまの要望に沿える品質を確保するためのこだわりが随所に見られる

例えば、ワイン、外国生活経験者が多い成城で「ヨーロッパのワインの方がうまい」とのお客様の声を受け、船での定温輸送を徹底するために貿易会社を作って直輸入としたり、1日5000本以上売れるというプレミアムチーズケーキは一つ一つ手作りし常温でも保存できるのが人気となっている。こだわりの自家製ソーセージ(本場ドイツでも認められている)など自家製商品は2000点以上。こだわりは惣菜にも。他のスーパーでは外注しているが成城石井は自家製にこだわり、一流ホテルなどの料理人がこだわりの食材を使いすべて手作業で作る。生ハム、紅茶、コーヒー、オリーブオイル、ジャム、味噌、牛乳、豆腐、納豆、昆布、鰹節、ダシ、チーズケーキなどなど、有名なメーカーのものも置いてあるが、成城石井でしかお目にかかれない商品も多い。昨年10月に成城石井を子会社化したローソンの玉塚社長も、都市型生活のニーズを満たすモデルに目を見張る。

「高いから売れない」は勝手な思い込みにすぎないと言う。お客さまの期待は価格だけではなく、「この店に行けば買いたいものが必ずある」との安心感や信頼感も要素としては大きい。徹底した顧客優先の姿勢であり、コストは後からついてくるとの考え方だ(でなければワインやチーズの定温輸送のために貿易会社を作ったりはしないだろう)。そして品揃えやこだわりの品質に対して、価格は高くてもお客様の支持を得ている。昨今の成城石井の快進撃が、それを裏付けている。

業績=顧客支持率!?

なぜ、あの企業の「顧客満足」はすごいのか?」(武田哲男著、PHP研究所刊、2015.8)を読んだ。著者武田氏は、1969年の東京オリンピック以降、海外から注目された「サービス」「日本流おもてなし」の課題に直面し、以来、顧客満足の研究と共にライフワークとされてきた方だ。今でもサービス・CS分野のパイオニアとして、企業規模・業種・業態を問わず多くの企業活動に幅広く参画されているそうだ。

コスト競争→業績悪化→コストカット→品質劣化→顧客クレーム→ブランド失墜→さらなる業績悪化の負のスパイラルに陥る企業が増えている。表面上(企業理念など)は、「顧客第一」と謳っていても、顧客に向かい合うことなく、内向きのコストダウン(東南アジアの労働者依存など)や効率化を行い、苦しんでいる。

武田氏は、本当の意味の“成果主義”においては、売上・利益が低迷ないしは下降線をたどっている原因を「お客さまのご満足が得られない経営、商品・サービス」と捉え、「どのようにお客様の満足に到達するか」について反省し、議論し、新たな施策を講じることと言う。これが役員会をはじめとする各部門・部署の考え方、取り組み方、進め方でなければならない。大切なことは「業績=顧客の支持率」であり、どれだけの顧客に満足して頂けるか、それがどれほどの数字に結びつくかといった取り組みこそ、良い成果主義の姿と主張される。さらに「顧客に支持される優れた戦略は、現場力を高め、顧客の指示を得ること(派遣社員も含めて)」、トップの戦略だけでは上手くいかず、現場力こそが顧客第一、顧客中心、顧客重点、顧客本位主義を具現化する機能であり、役割であり、本質だとも。本当に顧客を大切にしているか、トップを、筆頭に組織を挙げて心からそういった気持ちで取り組んでいるかどうかが重要。その際、「日本流のおもてなし文化」は武器となる。日本に世界で一番老舗が多く存在するのは、全企業の99.7%を占める中小企業に「顧客の為によい仕事をする」「社会に貢献する」と言う考え方を持ち、「おもてなし文化」を徹底している経営者が多いことに起因していると思える。武田氏は、企業支援の際、一般的な「顧客満足度調査」ではなく、「不満足度調査」を行うと言う。満足度調査ではほとんどの企業が80点なのに、それで満足してしまう企業は衰退の道を歩むことが多い。「不満足度調査」の目的は、顧客の意識下に潜んでいる潜在ニーズを知るために顧客の不満、困っていることを知ること

上記本には、ANA,TOTO,帝国ホテルなどに加えて、新聞販売店やクリーニング店など小規模店も含めて23の事例が紹介されている。随時紹介していきたいと思っている。11月にあるIT企業の役員にご馳走になった。10数年あまり成長出来なかったのに、今年急激に成長し、株価、配当も大幅にUPした。これまで赤字案件乱発で業績が思わしくない時期が続いていた事業部が、今は最大の業績を上げるようになったという。その主因は、良いお客さまからの信頼を得ることを重点的に推進し、リピート客として仕事が急増していることだそうだ。リピート客だから、人間関係も築け、赤字案件は皆無になったと言う。武田氏の言う「業績=顧客支持率」を各企業はもっと真剣に考えるべきと強く思う。

新3本の矢「1億総活躍社会」!?

安倍政権が新たな看板政策として掲げる「一億総活躍社会」に対しては賛否両論があるようだ。その実現に向けた国民会議の民間議員に起用された元アイドル歌手菊池桃子さんが10月29日の初会合で、安倍晋三首相らを前に「『一億総活躍』の定義はなかなか理解されていない」と指摘した。そして「社会の中で排除される人をつくらず、すべての人に活躍の機会があるという意味で『ソーシャルインクルージョン』(社会的包容力)という言葉を使ったらどうか」と提案。首相からも「分かりやすい説明だ」と褒められたとのニュース記事があった。菊池氏は、アイドル歌手としてのイメージが強いが、第一線を退いた後で大学院に通い始め、2012年からは「雇用政策を踏まえた人々のキャリア形成」を研究する大学教授となった。キャリア形成をとりまく社会構造に問題意識を抱いたきっかけは、33歳で出産した長女が病気の後遺症でハンディキャップを持ち、義務教育である小学校でさえ探すことが難しかったこと。長男は何の問題もなく就学できただけに疑問がわき、今の道を歩みはじめたそうだ。

先週10日の朝日新聞朝刊「わたしの紙面批評」で2008年末「年越し派遣村村長」をやった湯浅誠氏が「1億総活躍社会」におけるメディア(朝日新聞)の取り上げ方に対する問題提起を行っている。名目GDP600兆円などの新3本の矢の実現可能性はともかく、安倍総理や加藤担当相は「若者も高齢者も、男性も女性も、困難な問題を抱えている人も、また難病や障害を持った人も、みんなにとってチャンスのある社会を作っていく。そういう日本に変えていかなければならない」と推進室発足式で挨拶したことが紹介されている。即ち二人が強調しているのは社会や環境を作ると言う条件整備の重要性であり、個人をターゲットに「さらに頑張ってもらう」とは言っておらず、障害者や難病患者も含めて職場だけではなく地域や家庭での「活躍」も想定したものと湯浅氏は言う。まさに源流を欧州とする「ソーシャルインクルージョン」(社会的包摂)の理念であり、社会的に排除されかねない人たちを包み込めるように社会全体が変化していくという、社会の自己変革にあるとする。「1億総活躍社会」と言う言葉自体は目新しいが、自民党・民主党を問わず、ここ10年近く歴代政権が一貫して主張してきた「全員参加型社会」であり、朝日新聞も「社会的包摂」は大切にしてきた理念であることを考えると、総理や大臣のこうした発言をもっと大きく取り上げて、実際に打たれる政策がそれに沿うものになるよう政権に促すことではないかと湯浅氏は提言している。

「名目GDP600兆円」や「出生率1.8」とかの目標を見て「生めよ、増やせよ」との経済成長に重点を置いた考え方に息苦しさを感じる人も多いと思うが、上記のような社会を作っていくことと考えれば、うなずける面も出てくると思われる。グローバル化人材育成、2020年のパラリンピックの活性化(障害者への偏見問題)、難民問題、女性活躍など、同質性を重視する日本特有の課題も多いと思われる中で、障害者や貧困層、外国籍の市民、病人、老人、幼児など、社会の一員として、そのままでは戦力になりにくい人々を援助し、サポートして、すべて成員を社会の一員として「包摂」(インクルード)して行こうとする考え方を如何に普及させていくか、今度こそとの思いで安倍政権の本気度を見守りたい。

冲中一郎