前稿で、国連の「SDGs」の活動を紹介し、今後国谷裕子氏がナビゲータとして17分野の解決策をこれに直接携わる人たちを紹介しながら探って行く役割を果たすことを書いた。その国谷氏の「キャスターの仕事」(岩波新書、2017.1.20刊)という本が目についた。1993年4月から23年続けたNHK「クローズアップ現代」のキャスターを昨年3月で退くことを余儀なくされた国谷氏の「キャスターと言う仕事とはなにかを模索してきた旅の記録」(本人弁)だ。視聴者の知りたいこと、知るべきことを考え、ゲストの反感を買ってでも、問題の本質に切り込むその強い熱意と信念にあらためて驚いた。
「クローズアップ現代」の番組は当時のニュース番組大幅編成替えのタイミングで、事実を忠実に伝える「ニュース番組」と、映像をふんだんに使った「ドキュメンタリー番組」や現在の「NHKスペシャル」の大型報道番組の中間的存在として企画された。番組のテーマは映像と言葉で「今を映す鏡でありたい」「番組のテーマに聖域は設けない」として、新しいチャレンジングな精神でスタートした。国谷氏は特にテレビ番組の怖さを語る。9.11の映像はいまだに記憶に新しい。あの衝撃的な映像と街々に掲げられる星条旗の映像の中、憎悪と復讐の国家へと急旋回していった。テレビ報道の危うさとして三つの点を挙げる。
1. 事実の豊かさを削ぎ落してしまう。:事象や事実の深さ、複雑さ、多面性など
2. 視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう。
3. 視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう。
この危険に陥らないために、たとえ反発はあっても、きちんと問いを出すこと、問いを出し続けることが大事。単純化、一元化してしまうことのないよう、多様性の視点、異質性の視点を踏まえた問いかけが重要だと言い、国谷氏はこのことに一貫してこだわり続けた。
ゲストが嫌がる質問でも視聴者が聞きたいことは執拗に聞くことに徹した事例をいくつか挙げている。「世界最強のビジネスウーマン」(2000.6.15)でヒューレット・パッカード社のCEOカーリー・フィオリーナ氏へのインタビューの際、番組直前に彼女から「女性であることとCEO就任を関連させての質問」に駄目だしされていた。しかし、日本では女性の社会進出が進まない中で、視聴者が最も聞きたいことであると考え、見えないガラスの天井や女性だからこその苦労について彼女の意向に反してインタビューした。放送終了後の彼女からは怒りを押し殺している気配がピリピリ感じられたそうだ。ドイツのシュレーダー首相など海外の要人でも臆さず質問している(日本がイラク戦争支持している中で、ドイツは反対していたため、米国との関係に対する思いを聞く)。新銀行東京問題での石原都知事への質問で、再建計画に対して石原氏は質問を避けるために一つの質問に対して長々と答える。しかし国谷氏はゲストの立教大学山口教授も驚くほど、ひるむことなく割り込み質問する。その額に光る国谷氏の汗がテレビに映し出されたという。視聴者から見てフェアであることを信条としてきた国谷氏は、例えば「日米関係はどこへ~ケネディ大使に聞く」(2014.3.6)で安倍総理の靖国参拝に加えてNHK籾井会長の発言をズバリ取り上げアメリカの見解を求めたり、「集団的自衛権 菅官房長官に問う」(2014.7.3)で憲法解釈の変更に関する世論の各種意見もあり、視聴者が今一番政府に何を聞いて欲しいか、その思いをぶつけたりした。視聴者から失礼ではないか、ひどすぎるとか番組の最中からクレームなどが押し寄せることもたびたびあったとか。国谷氏が当番組を外されたのは、菅官房長官からの圧力だとの一部報道があったが、その真偽は別にしても、そのような話が出るほど厳しい質問があったということが伺える(一部事例に関しては具体的なやりとりが書かれている)。
「今という時代を映す鏡」をテーマに、時代の波に流されず、問題の奥深く切り込み、自分の使命、キャスター像を貫き通した国谷氏にあらためて、そのすごさを感じた。EU離脱やトランプ大統領の登場など保護主義の台頭が世界の将来に不安をもたらしているが、まさに「ポスト真実」「オールタナティブ真実」「新たな判断」などの言葉で客観的な事実や真実を覆い隠し、感情的な訴えかけに人々が影響され、世論形成に大きなインパクトをもたらしている。今メディアの影響力が弱まり、根拠が定かでなくても感情的に寄り添いやすい情報に向かって社会がながれていくとしたら、事実を踏まえて人々が判断するという民主主義の前提が脅かされることになると、国谷氏は警鐘を鳴らす。かっては“ベトナム戦争を止めたのはメディアの力”と言われる時代もあったが、今のままで行くとまた戦争時代に突入する危険性を感じてしまう。今こそ次世代のことを考えて我々一人一人が声を上げる時ではなかろうか。
地球を救う国連の“SDGs”活動知っていますか?
1月31日の朝日新聞で初めて知ったが、地球環境や経済活動、人々の暮らしなどを持続可能とするために、すべての国連加盟国が2030年までに取り組む行動計画SDGs(Sustainable Development Goals)が2015年の国連総会で全会一致で採択されている。日本政府も安倍総理を本部長とする「SDGs推進本部」を発足(昨年5月)させ、昨年末に実施計画を発表している(首相官邸HP掲載)。朝日新聞ではキャスターの国谷裕子氏をナビゲーターとして、「2030 SDGsで変える」をテーマにこの動きを作り出している世界の人たちを紹介しながら、SDGsを広めていきたいとしている。トランプ米国大統領の「7か国入国禁止」大統領令が全世界に大きな波紋を起こしているが、今まさに欧米における保護主義、孤立主義という逆風の中で、国際協調の機運を守り、発展させていくかが問われている。国谷氏のレポートに期待するとともに、政治の重要性は言うまでもないが、個人の行動(買い物の仕方、廃棄食料など)にも訴えるためにメディアにも頑張って欲しい。
SDGsは17の目標を掲げている。
1. 貧困をなくそう:1日1.25ドル未満で生活する極度の貧困をなくす。
2. 飢餓をゼロに:すべての人が1年中安全で栄養のある食料を得られるようにする。
3. すべての人に健康と福祉を:世界の妊産婦の死亡率を10万人あたり70人未満に減らす。
4. 質の高い教育をみんなに:すべての子供が中等教育を終了できるようにする。
5. ジェンダー平等を実現しよう:政治、経済などのあらゆるレベルで女性のリーダーシップの機会を確保する。
6. 安全な水とトイレを世界中に:すべての人が安全で安価な飲料水を得られるようにする。
7. エネルギーをみんなに、そしてクリーンに:再生可能エネルギーの割合を大幅に拡大させる。
8. 働き甲斐も、経済成長も:すべての男女に人間らしい仕事と同一労働同一賃金を達成する。
9. 産業と技術革新の基盤をつくろう:後発の開発途上国で安価にインターネットを使えるようにする。
10. 人や国の不平等をなくそう:各国の下位40%の人々の所得増加率が国内平均を上回るようにする。
11. 住み続けられるまちづくりを:災害による被災者を大幅に削減し、経済損失を減らす。
12. つくる責任、つかう責任:世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ食品ロスを減らす。
13. 気候変動に具体的な対策を:国の政策や計画に気候変動対策を盛り込む。
14. 海の豊かさを守ろう:漁獲を効果的に規制し、破壊的な漁業慣行をなくす。
15. 陸の豊かさも守ろう:世界全体で新たな森林や再植林を大幅に増やす。
16. 平和と攻勢をすべての人に:暴力の防止とテロの撲滅のため、国際協力を通じて国の機関を強化する。
17. パートナーシップで目標を達成しよう:世界の輸出に占める後発の開発途上国のシェアを倍増させる。
国谷氏の「SDGsへの思い」の記事の冒頭にSDGsのとりまとめに奔走したナイジェリア出身のアミーナ・モハメッドさんの言葉が紹介されている。
「地球は人間なしで存続できる。私たちは地球がなければ存続できない。先に消えるのは私たちなのです。」
温暖化や貧困問題など1国では解決できない地球規模の問題解決のために、今こそ世界が協調しなければならないときに、欧米の保護主義の台頭が逆風になることが懸念される。我々個人も一人一人が、この問題を真剣に捉え、行動すべき時ともいえる。
人を大切にする経営(日本レーザー)
以前、「致知」の記事の紹介で「人を大切にする経営で見事再建!(日本レーザー)」とのタイトルで日本レーザーを紹介した(http://okinaka.jasipa.jp/archives/3075)。PHP出版の雑誌「衆知(旧松下幸之助塾)」2017.1-2月号にも、松下幸之助塾での講義録として、「責任はすべて社長にあり~信念と覚悟で実践する“社員を大切にする会社”~」のタイトルで日本レーザーが紹介されている。「致知」と「衆知」双方で掲載される会社が多いのは人間学と経営学に共通するものがあるということだろう
1994年に日本電子から子会社の「日本レーザー」に社長として出向し、就任2年目で債務超過の会社を黒字化。その後23年間、一切のリストラなしに黒字を達成し、維持し続けている。平成23年に「日本で一番大切にしたい会社大賞」の企業庁長官賞など、名誉ある表彰を軒並み受けている。その人とは、近藤宜之氏だ。前回のブログと重複するところもあるが、特に親会社からの独立も含めて、経営者と社員が当事者意識をもって一丸となるための各種施策を紹介する。
“子会社の社長は親会社から”という“子会社の社員のモチベーションの壁”を打ち破ると同時に、経営の独立独歩、独立自尊を達成するために一般的なIPOや自社株を他社に買い取ってもらうM&A,経営陣による買収MBOではなく、日本で初めてのMEBO(Management and Employee Buyout 経営陣と従業員による買収)の手法をとって親会社から独立した。しかも、ファンドは入れずに自己資本と銀行からの借り入れだけで日本レーザーを買収した。すでにある銀行からの借入金の補償問題などもあったが(前稿参照)、社員(正社員のみではなく嘱託社員も)から希望枠の4倍もの申し込みがあり、急遽資本金を増やして再登記したそうだ。
なぜ社員がこんなにも会社を信用して投資をしたか?近藤社長は、日ごろからの施策で社員のモチベーションが高まっていたからだという。社員の間で「会社から大切にされている」実感があったから。その施策とは?
まずは、社員のライフスタイルに応じた多様な雇用制度。1日4時間勤務のパート、6~7時間勤務の嘱託契約社員、8時間勤務の正社員。状況に応じて派遣社員から正社員にと移行可能となっている。また、病気の人には地位と待遇を維持し、闘病期間中もそれまでと同じ給料を払い続ける。60歳以上でも成長意欲のある人は嘱託社員としていつまでも働ける。女性が生き生きと働ける職場つくり、女性の育成にも注力している。該社では。妊娠・主産を理由に退職した人は1件もないという。女性の管理職比率は3割と高い。
これらの雇用制度を効果的に運用するためにも、社員一人一人の思いを知らなければならない。それには社長が社員と向き合うこと。社長室を作らず、社長がフロアを歩き回り、社員とさりげなく話を交わす。「今週の気付き」という施策がある。仕事で気付いたことや家庭での出来事など何でもいいので感じたことを毎週メールで送る。ルールは、“人の批判をしない”、“気付きで問題点が含まれている場合は解決策も併記する“こと。10年続けているが社員からのメールと社長、役員が返信したメール合わせて約6万通となり、社長のパソコンの社員別フォルダーに保存されているそうだ。
教育や人事評価制度にも力を入れている。社長自らが社員を教育することが重要と考え、毎週「社長塾」を開いて創業の志を伝えたり、毎月の全社会議で講義をしたりしておられる。人事評価制度は”透明性“と”納得性“を重視し、例えば評価制度では、上司と本人が決められた項目に関して評価をし、その差を納得できるまで時間をかけて説明する(年2~3回実施)。賃金制度では、粗利の3%を成果賞与として、案件別にチームで話し合い配分を決める。その際、案件の主体となる社員が上司の貢献度合いを決める権利を持ち、結果は公表する。この運用をスムースに行うために社員の一体感を醸成するための施策も重要で、社内ラウンジ(冷蔵庫に缶ビール)があり、就業後社員が集う場として活用している。社員の誕生日には社長直筆のカードとギフトを送る。
“言いたいことが言える社風”もモチベーションのために重要と言う。言いたいことが言えるかどうかは社長次第。社長が変わらねばと、ムッとすることもあるが、3秒おいて落ち着くように努力しているそうだ。“日々の経営は、社長にとってまさに修業の場”とも。
まさに信念と覚悟で築きあげた風土、そして23年間黒字を維持するという結果が、その成果を示している。社員を大切にしないと公言する社長はいないと思うが、建前として大切にすると言いつつ、苦境に陥ると社員よりも業績重視となって、社員を切り捨てる経営者もいる。「社員が気持ちよく働ける会社」、「精神爽奮(爽やかに奮い立つ)」(http://okinaka.jasipa.jp/archives/20)を具現化することで、社員の能力UPを図ることが経営の基本とも言えるのではないだろうか。今話題の「働き方改革」にも役立つ話と考える。