大谷翔平は宇宙人?

昨年末にかけて、大谷翔平の活躍に関するテレビ、新聞の報道が目白押しだった。大晦日の朝7時20分から9時までのNHK総合“大谷翔平の4年の軌跡”の番組に見入った。やはり並みの人間ではない。大谷の通訳の水原氏に、大谷を評して「普通の人間ではない。宇宙人?」と言わせるほどだ。それにしても2018年から2021年、手術を2回受け、成績も期待が大きすぎたせいもあるが、芳しくない中でなぜ、2021年あんなにすごいことをやってのけたのか?その理由が、当番組で分かったような気がした。

2018年最初の年のオープン戦では、全く成績が上がらない。イチローに声をかけ、アドバイスももらった。「自分の才能を、やってきたことを、ポテンシャルを信じろ!」と。これで目覚め、初戦で初勝利、そしてホーム初戦から3試合連続ホームラン。しかし、6月に右ひじ靭帯故障、1か月後に打者として復帰するも、さらに進化を求めて手術を決断。手術後は、強い意思をもって、コーチの教えに従って腕に負荷のかからない投球にチャレンジするなどトレーニングに専念。

2019年は1か月遅れでチームに合流し、打者に専念し6月の打率が3割4分、さらに日本人初のサイクルヒット達成。順風満帆の年に見えたが、左ひざ故障でまたもや手術を決断。この年は打率0.286、ホームラン18本で決して悪い成績ではなかった。

2020年はコロナ禍で、60試合という異例のシーズンとなった。手術後のぶっつけ本番もあって、過去最悪の打率0.190、ホームラン7本だった。マスコミもこの成績で二刀流に懐疑的な見方が多かった。2021年に向けて、並々ならぬ決意をこめて、フォームを科学的に解析し、重さの違うボールを壁にぶつけながら投球フォームの確認をしたり、バットの振り方を変えたり(水平に近い振り方から弧を描く振り方へ)、いろんな努力を欠かさなかった。これも結果が出なければ辞めざるを得ない職業であり、結果を出すしかない、そのためのラストチャンスと捉え、決意を新たに新シーズンに臨んだ。その結果が、MVPはじめ多くの賞を総なめする成績を上げる結果となった。

エンジェルスのマドン監督が、世間の二刀流に対する懐疑論に対して、大谷の野球に対する考え方、行動を見て、「心から二刀流を楽しみ、野球を楽しむ大谷のような人はいない。大谷には制限を設けない」との判断で2021年大谷自身二刀流を1年担当して全う出来た。同僚のトラウトも、「投手と打者を同じ日にやり、ホームランを打つ大谷を信じられず、所作に魅入ってしまう」と驚く。

投手では、得意のスプリットに加えてカットボールも得意技とし、四球も激減、捕手も日々成長していく大谷に驚く。2021年のオールスターでは、MLB初の二刀流で登場。二刀流に懐疑的だった記者も、一転「野球の常識を超え、ベーブルースを超えた、メジャーでダントツの人気プレーヤー、まさに希望の光」と絶賛した。

苦難を乗り越え、短期間にトッププレーヤーになぜなれたのか?

小さい頃から大谷を指導していたお父さんも驚く成長ぶりだ。中学時代は、投手としてコントロールもなく、打者にぶつけないように周囲が心配し、打者としても打てない。しかし、父は「意識をもって、自分が生長するために、ともかく一生懸命走る、投げる、打つ、そしてプレーの内容より取り組む姿勢」を徹底的に指導してきたそうだ。父曰く、「ここまでやってくれるとは思わなかった、というより今の姿は信じられないが、忠実教えを守ってくれているのが嬉しい」と。

大谷は、他球団の選手の評判も良いが、バットを折った選手に、折れたバット渡すシーンが示すように、人間的にもすばらしいとの評価がアメリカでも人気の大きな要因となっている。しかも、”すべての苦難も生長の機会”と捉え、”反省する時間が好き””困難に挑戦できることが好き””やることがたくさんあることが好き”と言う。どんな苦境にあっても、未来の成長を期して努力する、人の話を聞く素直さなど、まさにポジティブ思考の実践者として今がある。今年のシーズンをどう過ごすかと聞かれ、「2021年の成績を最低とし、来年以降頑張るための基準とする」と言い切る。すごい人間だ。

大谷選手を宇宙人と見るのではなく、人間としてみると、人としての成功のヒントがいろいろ見えてくるのではないだろうか。失敗してもくよくよするのではなく、成長のための失敗と考え、意志強く、目標に向かっての努力につなげる。そしてその努力を楽しむ。要はものの考え方と行動力だ。苦境があるからこそ、成長できることを大谷選手は実証してくれている。

日本はやさしくない国?

11月27日朝日新聞朝刊のコラム「いま聞く」にオランダフローニング大助教授田中世紀氏のインタビュー記事が記載されている。そのタイトル「日本はやさしくない国ですか」に一瞬戸惑いを覚えた。

記者(宮地ゆう)は、「“日本は他人にやさしくない国”と海外で暮らした人たちが、語ることがある。それって本当かと思っていた時に田中氏の著書「やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか(講談社選書メチエ、2021.10刊)」にであったそうだ。田中氏もオランダで、町で見知らぬ人同士がよく会話し、気軽に助け合う場面にしばしば遭遇するという。この話を裏付けるデータが、英国の慈善団体が2009年からほぼ毎年行ってきた「人助け」調査(これまでに約160万人から回答)にあるそうだ。質問は、過去1か月に①見知らぬ人を助けたか②慈善活動に寄付をしたか③ボランティア活動をしたか」だ。2,021年6月発表の結果では、日本は114ケ国中①”人助け“が114位、②”寄付“が107位、③”ボランティア“が91位、総合結果では最下位となっているという。過去1か月となると私自身もあやしくなる。この慈善団体は、「日本は歴史的にも、先進国の中で市民社会が非常に脆弱な国だ」と指摘している。また米の調査会彩2007年に実施した「政府は貧しい人々の面倒を見るべきか」の質問にyesの答えが日本は59%、47か国中最下位だったそうだ(英国は91%、中国は90%、韓国は87%)。菅前総理が”自助“を強調した時に議論が沸き起こったことが記憶に新しいが、田中さん曰く「個人で人助けをすることが少なく、政府も困窮した人を助けるべきではないと考える人が多い国ということになる」と。2020年の内閣府調査では、「困ったときに助け合うのが望ましい」と考える人が約39%にとどまるとの結果も出ている。

東京オリンピック誘致で日本の“おもてなし”文化が世界に発信され、日本特有の他人への思いやりや優しさが宣伝され、日本人の誇るべき特性と思っていたが、”共助“より“自助”が優先される社会となっているのだろうか?

なぜ、こんな状況を生んだのか?田中氏は、「他人に迷惑をかけてはいいけない」との意識が、“公助”である生活保護の利用率の低さに表れているという。同じ内閣府の調査では6割以上の日本人から「社会の役に立ちたい」との回答を得た。しかし、その思いが行動に移っていないのはなぜか?「クラウドファンディング」や「ユニコーン企業」が、他国に比して進まないのはなぜか?田中氏が一つ上げるのは、日本では他国と比して、慈善団体、宗教団体、政治団体、スポーツや余暇の団体など、社会参加している人の割合が低いことを指摘する。仕事関係以外に、社会と関りを持つ活動の場が少ない実態があるのかもしれない。東京のような都会と地域社会では、人間関係の深さは違うと思われるが、今回の記事は「他人を大事にしない国」という不名誉な評判が諸外国にあるとすれば、何とかせねばならない。「心はやさしいが、行動が伴っていない」解決策として田中氏は「他人と社会参加をする場がもっと生まれれば、“社会的に役立ちたい”という気持ちを生かす場も増えるのではないか」と指摘する。趣味の場などを利用して社会との接点を増やすのも効果的と言う。

「死中活あり」に生き切るヒントが!

「致知2021.12号」のテーマが、東洋学の泰斗・安岡正篤師の”六中観”の中の一つの言葉「死中活あり」だ。「もう駄目だという状況の中にも必ず活路はある」との意だ。昨今のコロナ禍の時流に鑑み選ばれたそうだ。ちなみに“六中観”とは、他に、忙中閑あり、苦中楽あり、壺中天あり、意中人あり、腹中書あり とある、人物を修練するための方途を説いた言葉だ。

選ばれた記事は、実際の自分自身の事例や、過去の人物に学ぶ事例など、非常に参考になり、興味深く読ませてもらった。2~3記事を紹介する。

最初に紹介するのは、皆さん著作本を通じてご存知の方も多いと思われる田坂広志氏(現多摩大学大学院名誉教授、田坂塾塾長)の「いまを生きよ、今を生き切れ」だ。著書90冊余、内閣官房参与も経験された方だ。若いときから私も何冊か読ませて頂いた。

32歳の時、重い病を患い、医者から「もう長くは生きられない」との宣告を受け、恐怖と絶望の日々の中、両親の勧めで、ある禅寺に行った。何か不思議な治療法があるのではと期待していったが、ただひたすら畑仕事の献労の日々に心が折れる、しかし、自分より思い病と思われる人たちの言動や行動を見て、そして、何かはげましの言葉を期待していた禅師との対話で、苦しい胸の内を吐き出した自分に対して「命は長くないのか。だがな、一つだけ言っておく。人間死ぬまで命はあるんだよ!」、さらに「過去は無い。未来も無い。あるのは、永遠に続く、今だけだ、今を生きよ!今を生き切れ!」との言葉に、時間はかかったが、大きな気づきを得た。「ああ、この病で、明日死のうが、明後日死のうが、もう構わない!それが天の定めなら仕方ない。しかし、過去を悔いること、未来を憂えることで、今日というかけがいのない1日を失うことは、絶対にしない!今日という日を精一杯生き切ろう!」と。その後東京に戻り、仕事に復帰、今日を精一杯生き切ると思いを定め、全身全霊仕事に打ち込んだそうだ。体の奥から想像を超える生命力が沸き上がり、10年たつと病の症状も消え、自分の中に眠っていた様々な才能が開花していったという。その後のご活躍は推して知るべしのところだ。田坂氏が、人生の危機や逆境を好機に転じることが出来るのは、古今東西言われている「ポジティブな想念」を持つことという。

1908年キリスト教指導者の内村鑑三が日本の素晴らしさを世界に伝えるために、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の5人の「代表的日本人(致知出版社刊)」の人生や功績を英語で現した書がある。これについてグロービス経営大学院学長堀義人氏とJFEHD名誉顧問数土文夫氏の対談記事にも注目した。いずれも常軌を逸した苦境に陥りながら、私利私欲すべてそぎ落とし、藩民、国民のための志を貫いた日本人として誇るべき特質を発揮した人たちとして紹介されている。西郷隆盛の言葉「命もいらず、名もいらず、官位も金も要らない人ほど、扱いにくいことはない。しかし、そういう人でなければ、困難を共にして国家に大いなる貢献をすることはできない」。17歳で困窮極まる米沢藩主になった上杉鷹山、その日に神社に奉納した誓文の誓い「“文武の修練は定め通り怠りなく励むこと”、“民の父母となることを第一の務めとすること”、“次の言葉を日夜忘れぬこと。贅沢なければ危険なし、施して浪費せず”、“言行の不一致、賞罰の不公平、不実と無礼を犯さぬように慎むこと”。

昨今の政治家にも是非読んでほしい書だ。“どんな苦境に陥っても、1日1日高い志をもって生き切ることに活路は開ける”。堀氏は30歳代でこの本に遭遇し、感銘を受け、グロービス経営大学院では学生たちの必須の書物としているそうだ。私も読んでみようと思っている。

冲中一郎