自給率向上のためにも和食を見直そう!

「食乱れて国家滅びる~日本の伝統食こそ国の生命線だ~」の当ブログ記事で紹介(http://blog.jolls.jp/jasipa/nsd/entry/9055)した小泉武夫氏が「食と日本人の知恵」(岩波書店。2002.1)と言う本を出版されている。少し前NHKの番組で、一番の安全保障対策は「食料自給率を挙げること」との話があったが、小泉氏が主張されていることでもある。その番組で、戦後の米国の日本占領時代(6年8ヵ月)、米国で小麦が大量に余っていたことから、その消化のために日本にパン食が初めて導入されたそうだ。特に学校給食などに導入されたことで、飛躍的に家庭に普及したということだ。小麦を大量に消費している限り日本の食料自給率は高まらないこともあるが、日本食が健康のためにも世界的に見直されている(http://blog.jolls.jp/jasipa/nsd/entry/8024)ことから京都の小学校などでは給食に日本食を取り入れる試みを始めているそうだ。

昨年12月に和食が「ユネスコ文化遺産」に登録された。和食を無形文化遺産にしたいと最初に考えたのは、京都の料理人たちだったそうだ。子どもたちに食材や料理の知識を伝える「食育」の活動の中で、日本の伝統的な料理を知らない子どもが多くいることに気づき「このままでは和食が滅ぶ」。そんな危機感から、無形文化遺産に登録して保護しようと、政府に働きかけ始めたとの事。世界遺産登録をきっかけに、和食の普及に政府も力を入れようとしている。地域の食文化を伝える「食育」の活動をさらに広げていくことや、食文化を学び、多くの人に伝える人を育てるなどの活動が始まっている。その日本食に関する先人の驚くべき智恵に関して、小泉氏は書いている。

牛蒡(ごぼう)」は日本人だけが食べる。栄養源にはならないが腸内清掃や、腐敗菌の増殖防止に役立つものだ。「こんにゃく」も腸管の清掃役だ。

塩辛」は日本人のどん欲なまでの魚の利用法(無駄をなくす)と美的追求心から生まれた知恵。鰹(かつお)の腸を利用した「酒盗(しゅとう)」、ナマコの腸から「海鼠腸(このわた)」、アユの腸や卵から「うるか」、イカの腸から「白づくり」や「黒づくり」など。

徳川家康は魚が大好物で、江戸城に入城した際、摂津の国の佃村名主らを呼び寄せ今の佃島で漁業を興させた。大きな魚は献上し、小雑魚は自家用にして保存食品を作った。それが「江戸名物・佃煮」となって拡がった。佃煮は材料を限定しないため、その土地の特産物を佃煮にしてしまう。金沢では「ゴリと胡桃」、山形の「鯉」、静岡の「ウナギ」、桑名の「ハマグリ」、富山の「ホタルイカ」、岡山の「穴子」。広島の「昆布、のり、小鯛」など枚挙にいとまなし。日本列島は隅から隅まで佃煮王国。

私も朝はパン食が普通になってしまった。ホテルに泊まった時は朝食は和食にしているが、一汁三菜も見直したいと思う。

「漁師の魚。命かけて売る」女性の革新力!

今朝(7月13日)の日経朝刊1面の連載「革新力~変える意志⑤」の漁船の前に立つ勇壮な女性の写真が目を引いた。山口県萩市の大島で漁業を甦らせた28歳「萩大島船団丸」の坪内知佳代表だ。漁師60人を束ねて、水揚げした魚を梱包し、市場を通さず約150店の料理店に直送する。武器はスマートフォンで、対話アプリのLINEで漁船と連絡を取り、板前に取れた魚を写真付きで送る。「タイと味を送って」と坪内のスマ穂には顧客の依頼が絶えない。倒産寸前の漁師団から再建を頼まれ、漁師の経験はないが、コンサルタント経験を活かし料理店に飛び込み営業を重ねながら、地元漁協や、「面倒くさい」と反発する漁師を説得。鮮度と言う付加価値で、市価の2~3倍で卸すが評判はいい。行動力をバネにブランド魚を直送する新市場を開拓した。

「致知2014・7」にも、坪内さんへのインタビュー記事「ここに日本が守るべきものがある~私が萩で見つけた人生の花~」がある。結婚を機に山口県へ、そして離婚後萩市で翻訳業やコンサルタント業に従事。中途半端には出来ない性格から、いろんな業種・企業の相談にのめりこんでいる時、相談にのっていた萩大島船団丸に参画する船団長から相談をうけたそうだ。漁業の苦境を乗りきるには「一次産業の六次産業化、すなわち直販出荷化しかない」として、漁業関係者や、行政機関との折衝を進めた。しかし、荒くれ者が多い漁師の説得もなかなか進まず、反発者も多い中、「皆が幸せになるにはこの道しかない」と顧客の開拓や、全国への宣伝などに自ら行動しているうちに皆がついてきてくれるようになったと言う。基本は「本気でぶつかる」「とことん話し合う」こと。平成24年に「萩大島船団丸」の代表に平成24年に就き、1年で黒字化させたそうだ。今では、全国の漁労関係者や養殖事業の方々などが視察に来る。坪内氏は「日本の水産業を変え、業界の意識を変えていきたい」と意気込む。

政府も成長戦略の大きな目玉として「女性の戦力化」を挙げている。しかし、日本には都議会のやじ問題でも顕在化しているが、企業においても女性を特別扱いしている風土はあると思う。諸外国に比してまだ少ないとは思うが、日本でも女性の活躍が目立ち始めている。女性の能力を引き出すには、政府、企業一体となった本気の取り組みが求められている。

今一度日本人の自信を取り戻そう

毎年内閣府でとりまとめ、国会に報告することが義務付けられている「子ども・若者白書」が6月に公表されている(内閣府)。この中に、日本を含めた7カ国の満13~29歳の若者を対象とした意識調査(我が国と諸外国の若者の意識に関する調査(平成25年度))の結果が報告されている(韓国、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン)。この調査によると、「自国人であることの誇り」は日本が70%で4位で、「自国のために役立つことをしたい」は55%でトップだった、が、「自分自身に満足しているか」は日本46%で最下位、他国平均は7割を超える。「自分の将来に明るい希望を持っている」(52%)、「上手くいくかわからない事にも意欲的に取り組む」(52%)、「社会における問題に関与したい」(44%)、「私参加により、変えてほしい社会事象が少し変えられるかもしれない」(30%)、何れも最下位だ。日本人であることの誇りが自分自身への満足を大きく下回るという日本だけの傾向をどう考えるか?

朝日新聞の社説(6.17)では、社会の気分として「どうせ・・・」の基調が漂っているのが影響していると推測している。高望みしなければ失望せずに済む。低成長時代に身についた「幸せな生き方」とも言えるとしている。その風潮が子供たちにも影響を与えていると考えると、大人が率先して社会の中での役割を担い、行動に移し、その風潮を変えなければ変わらない。

一方では、このブログでも書いた「自己肯定感」を如何に植え付けるかも重要な教育のポイントとなるのではなかろうか(http://okinaka.jasipa.jp/archives/69)。ブログの記事の一部を紹介する。

「自己肯定感」と言う言葉は心理学の用語で「自分の事が好きですか?」ということだそうです。この「自分を認める」ことが人が成長するために必要な要素で、これがあれば人は自然に成長するとの事です。このことがNHK地方局で放送されてから一挙に世間の関心が集まり、この活動が全国に広がり始めたそうです。インターネットで「パーソナルポートフォリオ」で検索すると岩堀さん(福井県鯖江市の小学校教諭)のページも出てきます。

明星大学の高橋史朗教授が著書「日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと」の出版記念講演会(致知主催の今年4月の読者の集い)でのお話を紹介する。日本青年研究所の調査結果で「自分はダメな人間だと思うか」という質問に対して、日本の高校生は66%がYes(アメリカ22%、中国13%、韓国45%)だったそうだ。終戦後のアメリカの占領政策は「日本が二度とアメリカに刃向わないようにする」ことで、「修身・歴史・地理」を教育課程から外し、徹底的に武士道はじめ日本が育んできた文化を締め出した(罪意識扶植計画ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムWGIP=戦争についての罪意識を日本人に植え付ける宣伝計画) http://blog.jolls.jp/jasipa/nsd/entry/6333。その影響が大きいと高橋氏は言う。私はサンフランシスコ平和条約で日本が主権を回復した翌年小学校に入学したが、音楽の教科書に「君が代」はなかったと記憶している(文科省が削除)。子供たちの自信を回復させるためには、まず大人がしっかりと日本の歴史や文化を学んで、子供の範となることが大事と高橋氏は締めくくる。

子どもたちの自信を取り戻すために、まさに「戦後レジーム(体制)からの脱却」に向けて、政府と国民一体となって取り組むべき課題が多いように思う。

冲中一郎