「日本の課題」カテゴリーアーカイブ

逃げられない世代(現20~30歳代)

元通産官僚で現在30歳後半の宇佐美典也氏が「逃げられない世代」(新潮新書、2018.6刊)を出版している。サブタイトルは「日本型”先送り”システムの限界」で帯封には“2036年完全崩壊(年金、保険、財政赤字から安全保障まで)”とのショッキングな文言が気になり、購入した。
イデオロギーに偏ることなく、中立的に今の日本を見て、将来の日本を考えたいが、書店に並ぶのはどちらかに偏向する本ばかりなのが、この本を出版した理由だとか。そして、先送りした財政問題など、にっちもさっちもいかない状態になるのが2036年、その時に最も被害を受けるのが現在の20~30代で、宇佐美氏も当事者ということで、切実な問題ととらえ、出版の動機となった由。
社会保障と安全保障の2大課題に関して、現状の先送り政治構造を分析し、今のままでは2036年に問題が顕在化、先送り不可となり、その時現役世帯である現在20~30代の人が老後に向けて被害を直接受けることになるとの問題提起だ。その上で、問題を政治に求めるのではなく自らのものと捉え、「我々はどのようなスタンスでキャリア形成を考え社会に参画するのか」考えていかなければならないと提言している。

政治の世界は、「選挙でいかに勝つか、勝てるか」が第一義のため、中長期的な課題に関してなかなか手が打てない。代表例として「消費税」や「税と社会保障の一体改革」に見られるように先送り構造が当たり前となり、今後ともこの先送りシステムが解消する見込みもない。「シルバー・デモクラシー」との言葉があるように、選挙の勝ち負けを大きく左右する高齢者への気配りで社会保障にも手が付けられない状態は続く。宇佐美氏は「低金利環境が財政赤字を許容し、社会保障関係費の膨張が財政赤字を拡大させ、拡大しきった財政赤字を金融緩和が呑み込む、という三位一体の関係で社会保障制度の問題解決を先送りしていく構図だと言う。社会保障制度は国民が相互に支えあうシステムであり、人口構成の変化が制度改革に直結する。現在は、高齢化した団塊世代(1947~1951生まれ1028万人)を、団塊ジュニア世代(1971~1975生まれ984万人)が支えてくれているが、団塊ジュニアが高齢化した際、次の世代に人口の塊がなく、問題の先送りが出来なくなる。国債残高、政府債務、社会保障費の伸びなどを考えれば、限界点は20年後に来ると宇佐美氏は言う。金利上昇に伴う利払い増や、株価ダウンによるGPIF運用の年金予備費の減少などが起これば、もっと早く限界が来る。
安全保障に関しても、今はGDPでも世界3位で存在感はあるが、中国がいずれ突出し、インド、インドネシア、ブラジルなどが猛追してくる。エネルギー、食材などの自給率の低い日本は自由貿易体制を堅持することが生命線だが、世界における日本のプレゼンスが弱くなると、世界に対する指導力の衰えが懸念される。さらにはアジアでのポジションが変わり、米国が日本との同盟関係を解消する可能性にも言及する。

金融緩和の出口論議はまだ時期早尚とのことで議論されていない(議論することさえ怖い?)が、いずれ出口が来るのは必定。完完全崩壊が2036年か、それとももっと早いのか、遅いのかは分からないが、宇佐美氏の分析は非常に分かりやすい。平均寿命が今以上に伸びることを考えると親も国も会社も積極的に守ってくれない65歳~74歳の期間の生き方を考えねばならないと宇佐美氏は言う。人生のステップが「教育→労働→引退(老後)」から「教育→労働→自活→引退」とならざるを得ず、現在30歳代以前の若い人たちは、65歳~74歳の間“自活”できるよう、若いときからスキル、ブランドを磨くことを忘れてはならないと説く。20年後世の中は予想もできない変革が起こる可能性は大きい。孫の時代が心配だ。

 

名刺にFAX番号は日本だけ!?

日本は「デジタル技術・革命」で遅れが目立つとの記事が最近とみに目立つ。16日の日経5面コラム「経営の視点」では“AI時代の事業変革”(編集委員関口和一)と題して、日本の遅れが指摘されている。企業の国際戦略を研究するグローバルビジネス学会(丹羽宇一郎会長)がこの7月に開いたシンポジウムでもAIを経営に生かせない日本企業の課題が浮き彫りになったという。AIが遅ればせながら日本で大きな話題になったのは2年ほど前から。日経に“AI”の文字が登場した回数で言うと、2015年約230件、16年は約1300件、17年は約2200件、今年は3000件を超す勢いとなっているそうだ。アマゾンやグーグルのAIの広がりに加えて、16年度に政府が制定した「第五期科学技術基本計画」で初めてAIやロボットを戦略分野に掲げたことでメディアも取り上げるようになったと分析している(2013年制定の第四期計画では、IPS細胞などを重点分野に挙げ。”AI”のAの字も考えていなかった。40年前の第五世代コンピューターや、10年前の情報大航海プロジェクトなどの国策の失敗の影響でAIはタブー視?)。ところが、世界ではこの間にクラウドやスマートフォン、画像センサー、自動運転技術などの技術が急速に進化し、それら技術を上手に取り入れたのが米IT企業だった。そしてAIの広がりは米国にとどまらず、フランスでのAIベンチャーの育成、イスラエルでのスタートアップ企業年間800社の誕生、ノルウェーでは原油の掘削や流通をビッグデータで効率化する取り組みが進む。
関口編集委員は、日本の遅れは、アナログ時代の成功体験が新しい挑戦に消極的にさせているのではと指摘する。経営者が、身近な仕事の仕方から改め、タブーに挑戦することから始めることを進める。身近な例では、現場ではFAXできた情報の手入力が今も続く。海外の先進企業の名刺にはファックス番号はなく、先進国で使っているのはもはや日本くらいだと言う。ソーシャルメディアを伝達ツールにしている企業もまれだとの意見にもうなずける。
確かに最近、新聞にも毎日のようにAI関連の記事が目立つようになってきた。18日の日経1面には、「AI依存どこまで」の記事で、香港のベンチャーのAIシステムが米国FRB議長のパウエル氏の記者会見をにらみ、パウエル氏の発言に対し、その表情から嫌悪、怒り、驚き、中立を読み取る実験を紹介している。経済予測に役立つこのような情報はヘッジファンドに高く売れるそうだ。野村證券も黒田日銀総裁の表情を分析しているという。これが実用化されれば、うそ発見器以上の効果を示すものとなると思われるが、怖さも感じる。例えば国会で使えば大混乱になる?
同じ日の朝日新聞では、「日本のロボット・AI研究開発はジェンダーバイアスを助長している。なぜ社会は問題視しないのか」との指摘がEUや米国の専門家から出ていることを国立情報学研究所の新井紀子教授が述べている。彼らがその例として挙げたのが「受付嬢ロボット」。東京オリンピック・パラリンピックを目指して官・民・学こぞって「おもてなし」ロボットの開発に力を注ぐが、「受付という労働を担う人=従順そうで美しい風貌の若い女性」というステレオタイプを許容し、ジェンダーバイアスを助長しているという。AIに学習させる場合にこのようなバイアスが入ると、多様な人々が互いに違いを受け入れ、共に生きる「包摂型社会」を目座す上では容認しがたいとの考え方だ。22日の日経1面でも「五輪が変える日本」で、警備システムの精度や、交通機関の混雑解消などの利便性向上、外国語など多方面にわたってAIを活用し、日本社会の変化に向けた意識改革、意識付けを行い、金額には換算できない未来へのレガシーになることを期待している。北京では配車システムの普及で流しのタクシーを探すのに苦労していると聞く。キャッシュレス化では日本は周回遅れと言われる。失敗・トラブルに対する過敏な対応など文化の違いはあるにしても変化に対する挑戦をしないと生産性向上競争でも世界の進歩に取り残される。官民学一体となった積極的な取り組みを期待したい。

”メルカリ”上場で「ユニコーン企業」に注目増す!

“ユニコーン企業”が最近メディアを賑わしている。20日の日経朝刊ではメルカリ上場の情報とともに米国、中国に比して日本の“ユニコーン企業”の少なさが指摘されている。記事は下記で始まっている。
「フリーマーケットアプリのメルカリが19日、東証マザーズ市場に上場した。時価総額は7172億円と今年最大のIPO(新規株式公開)となり、「ユニコーン」と呼ぶ世界標準にかなう成長企業の証明を果たした。だが、日本に次のユニコーン候補は少ない。メルカリ上場は日本のスタートアップ企業の問題点も浮き彫りにする。」

“ユニコーン企業”とは、「創設10年以内、評価額10億米ドル以上、未上場、テクノロジー企業」といった4つの条件を兼ね備えた企業を指す。当記事では、ユニコーン企業は米中に集中しており、集中度は90%近く、日本は大きく立ち遅れていると言う。日本では人工知能開発のプリファード・ネットワークや、健康増進器具”シックスパッド”を手掛けるMTGなどごくわずかしかなく、日本経済の成長力を懸念する。

「中国新興企業の正体」(角川新書、20184.10刊)を出版された多摩大学大学院フェローの沈才彬氏が、「日本が中国に“ユニコーン企業”の数で大敗北を喫した理由」(2018.5.31、http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55805)のタイトルで警告を発している。IT企業に代表されるニューエコノミー分野では、すでに中国は先進国入りしたと言える。世界企業価値(時価総額)ランキング(2017.12時点)のベストテン企業に、アメリカのGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)とマイクロソフトの次の6位にテンセント、8位にアリババがランクインしている。ちなみにトヨタは41位だ。沈氏はグーグルを追い上げる百度(バイドゥ)とサムスンとアップルを猛追する通信機器のファーウェイを加えてBATHと呼ぶ。ほかにもシェア自転車のモバイク、出前サイトのウーラマ、民泊サイトのトウージア、ドローンメーカーのDJIなど、各分野で世界市場を席巻し始めている。同分野の日本企業と比して取扱量はけた違いに大きい。

19日の日経朝刊には「京東、王者アリババを猛追」との記事で京東集団にグーグルが600億円出資とある。20日の日経朝刊には「車を変える“次の深圳」と題して、新経済特区の建設を表明した北京近郊の雄安の都市計画で自動運転技術の実現化を目指すという。構想の中には、従来の車や二輪車を地下道に、自動運転車を地上の道路に集約するという奇想天外なものもあるという。中国ならやりかねない。中国では次から次へと”ユニコーン企業“が輩出されている。

日本はなぜ”ユニコーン企業“がでてこないのか?日経記事が言うのは、中国ではベンチャー企業には最初から規制を設けず、問題が生じるまで事業を自由にやらせているという。沈氏は、それを「先賞試、後管制」と言う政府の方針で、「まず試しにやってみよう。問題があれば後で政府が規制に乗り出す」との意味らしい。日本は「先管制、後賞試」のため、法整備のされていないゾーンへの参入が困難で、典型的な例が民泊や配車アプリの普及ではないかと。他にもベンチャー投資に回る金が少ないこと、米国や中国への留学生が激減していることに表れている若い人たちの創業意欲のなさ、内向き姿勢、そして、失敗を許容する文化の欠如なども指摘している。

21日の日経朝刊1面トップにも「スタートアップ企業(短期間で急成長を目指す未上場の若い企業)」に関して、日本では資金調達の手法として大企業傘下に入ることを選択することが増えてきたとの記事が掲載されている。世界経済で急速にデジタル化が進む中で、ニューエコノミー分野で日本が盛り返すには、IPOが中心だった日本でも新しい技術に敏感な若い企業が資金調達する手法の多様化は欠かせないと指摘する。

“技術の日本”の看板が急速に減速し、米国、中国に完全に追い越されている現実(大学世界ランキングでも100位以内に中国は7大学に対し、日本は2大学)を見て、目先のGDPにとらわれずもっと将来を見つめた対策を急がなければ、経済成長の面でも、技術面でも日本の優位性が急速に失われていくことになる。2016年6月に閣議決定された「日本再興戦略 2016」では今後10年間で世界ランキング100位以内に10校を目標とするとあるが、中国の大学のランクイン速度に比して日本は弱い。問題の根は大きい。