ガン余命宣告、障害を乗り越え頑張る人の生きる力に感動!


余命1年半のガン宣告を受けながら音楽活動を以前にも増して頑張るピアニスト竿下さん、生まれつき指が短く曲がらない指定難病のアペール症候群を抱えた中学1年生のピアニスト陽香ちゃんの二人の情報に接し、考え方ひとつで人間の行動がかくも充実できるか、人間力の素晴らしさを感じた。

一つ目は、「致知4月号」で紹介されている「自分の人生は自分で輝かせる」とのテーマで京田辺音楽家協会理事長竿下和美氏が投稿されている記事だ。竿下氏はピアニストとして20代から国際ピアノコンクールでの優勝など多くの受賞を重ね、独自の地域貢献の表彰も受けてこられた方だ。しかし、一人娘の高校卒業を控えた、令和5年2月にステージⅣの肺腺癌と余命1年半の宣告を受ける。しかし、病を抱え、抗がん剤を打ちながら以前にも増して、音楽家活動に加えて音楽家志望の高校生の指導や、市民コンサートの継続など多彩な活動を続けられている。竿下氏は言う。「病気になって常に終わりを意識するようになりました。やりたいことは何でも後回しせず、前倒しでやろうって。だから人生に断然ハリが出てきました。人間、本来こうやって生きたら楽しいんだろうなって日々感じています」と。43歳になった2023年の春先体調がおかしく病院で検査の結果ステージⅣの肺腺癌、余命は1年半と告げられた。そして「手術は不可」との宣告に「ラッキー」と。音楽活動を継続することが出来るため、抗がん剤治療であることにありがたさを感じたと言う。余命1年半も「ああ、これからはやりたいことを詰め込める1年半や」と。宣告前に始めた「市民第9演奏会」も継続し、2024年末のベートーベンの第9演奏会では、春から募集したら、下は7歳から上は84歳まで130人の合唱団が出来、年末の演奏会に向けて結束を固めつつ、練習に明け暮れたそうだ。抗がん剤で苦しい中、一度も休まず練習に励まれた。当日は600名の聴衆が集まり、演奏が終わったときはものすごい拍手が起こったそうだ。他にもかかりつけの病院でのコンサートも開催、医師から「僕の言葉より竿下さんのピアノの方が治療効果がある」と笑って言われたとのエピソードも。「自分が奇跡を起こせば誰かに奇跡が連鎖する」、「余命を超えた今は、毎日が記録更新なのでワクワクしている」、こんな最後の人生もあるのだと驚きと感嘆を持って読み終えた。

もう1件、2週間前の日テレでの放映だった。遺伝子の変異によって骨や関節の正常な発育が妨げられる「アペール症」。15万人に1人の難病で頭や変形や手足の指も癒着すると言う。中学1年生の村山陽香(はるか)さんは、指定難病のアペール症候群を抱えたピアニストだ。生まれたときは、手足の指はすべてくっつき、頭蓋骨が変形した状態で、何度かの手術後も陽香さんは指が短くて曲がらないハンデを抱えていた。4歳でお母さんのピアノを弾く姿を見てピアノを始め、独自の演奏方法で数々のコンクールで入賞している。たまたま近所に障碍者の音楽指導をする先生に恵まれ、ピアノを始めて1年経った年長さんのとき「TOSU PIANO STEPパラリンコース」という障害者が出場するコンクールに挑戦し、金メダルをもらい、それ以来、毎年、年によっては1年に複数のコンクールに出場したそうだ。小学校3年生で出場した健常者も出場する全国の音楽コンクールで小学3・4年生の部の2位にあたる銀賞を受賞したそうだ。その後もオーケストラの演奏会も開いているとか。(この項、https://st.benesse.ne.jp/ikuji/content/?id=213303の記事を参照)

余命宣告された竿下さん、そして難病を克服して活躍する陽香ちゃん、共にピアニストとして逆に健常者にも元気を与える活動に、涙するほど感激した。竿下さんも言う「残された夫や娘の心に、自慢の妻、自慢の母として残って家族の人生も輝く」だけではなく、それが他の多くの人にも“奇跡の連鎖”が生まれてくることは間違いないことと思う」と。ありがとう、頑張れ、竿下さん、陽香ちゃん!