地方創生策を追求し、実行支援する平田オリザ氏


8月8日の日経夕刊1面のコラム“あすへの話題”に劇作家平田オリザ氏の「大学で演劇を学ぶ」を見た。兵庫県北部の豊岡市に2021年4月に観光と舞台技術を軸にした専門職大学の新設を構想し、平田氏はその学長候補との記事だ。まだこれから文科省への申請手続きが始まるそうで、まだ不確定要素はあるようだが、日本初の演劇やダンスの実技が本格的に学べる公立大学だとのこと。多くの国では、日本と違って、高校の選択必修科目は「音楽」「美術」「演劇」(日本では演劇ではなく「書道」)で、国公立大学には必ずと言っていいほど「演劇学部」が存在するらしい。国公立大学に「演劇専攻を」と言うのは演劇界の悲願だったが、4年制大学がなく、若者の多くがこの地を離れることになる宿命にあった兵庫県北部の但馬地区にできることになる。
「地方を元気にする」ための平田氏の活動は、各地に広がっている。この記事にはないが、平田氏著作の「下り坂をそろそろ下る~新しい”この国のかたち」(2016.4刊、講談社現代新書)を見ると、小豆島、讃岐善通寺、東北女川・双葉などでもその活動が実り、あるいは実りつつある。
平田氏の活動の思いは、「日本はもう成長社会に戻ることはない。世界の中心で輝くこともない。私たちは”成熟“と言えば聞こえはいいけれど、生長の止まった、長く緩やかな衰退の時期に耐えねばならない。その痛みに耐えきれず、多くの国が、金融操作・投機と言う麻薬に手を出し、その結果様々な形のバブルの崩壊をくりかえしてきた。人口は少しずつ減り、物は余っている中で大きな成長は望むべきもない。成長を追い求めるのではなく、生長しないことを前提にしてあらゆる政策を見直すならば様々なことが変わっていく。」と。

平田氏は自分の主張を、畏友藻谷浩介氏の「里山資本主義(角川新書)」の文化版と言うが、その藻谷氏は平田氏の本への推薦文を書いている。
避けてきた本質論を突き付けられた。経済や人口に先立つのはやはり”文化“なのだ”と。

平田氏は、日本の人口減少は今の政策では止まらない。少子化速度を緩めるためには、文化政策を充実させ、”出会いの場“を増やすことが肝要という。この20年間でスキー人口は3分の一となったそうだ(スノボー人口と合わせても半分以下)。平田氏は「少子化だから減った」と言う意見に対して、「スキー人口が減ったから少子化になった」と考える。かって20代男子にとってスキーは女性を一泊旅行に誘える最も有効で健全な手段だったから。西欧では、社会保障、生活保障の中には、きわめて当たり前に”文化へのアクセス権“が含まれている。公立の劇場や美術館には、学生割引や高齢者割引、障害者割引があるのと同時に、当然のように失業者割引が存在するそうだ。低所得者向けのプログラムを持っている施設も多数あると言う。平田氏は少子化対策で最も欠けている点を下記のように表現する。
“子育て中のお母さんが、昼間に、子供を保育所に預けて芝居や映画を観に行っても後ろ指をさされない社会を作ること”
文化的素養が、地域の対話を促し、出会いの場を増やすことになるとの発想だ。豊岡市では、以前の国の地方創生策で作られた1000人収容のコンベンションセンター(目論見は外れ全く機能していない施設)を改修し、平田アドバイザーのもとで、6つのスタジオ、最大28名が泊まれる宿泊施設、自炊設備を完備した国内最大級のレジデンス施設、“城崎国際アートセンター”を作った。芸術家には、施設利用料無料、格安宿泊費、外湯周りも市民扱い、と破格の待遇にしている。2015年から応募を始めたが、国内外から多数の応募があり、今では豊岡、城埼は世界のアーティストの憧れの地となりつつある。アーティストは成果発表会やワークショップ、小中学校でのモデル授業など地域還元事業も行っており、城崎の小中学生は常に世界のトップクラスのアーティストとふれあい、作品を見る機会に恵まれる。城崎は、NOMOベースボールクラブも誘致している。カンヌ国際映画祭で賞を獲得した女優や、野茂選手などと日常的に出会える街となった。

平田氏は「若者たちを地方に回帰させ、そこに”偶然の出会い”を創出していくしか、人口減少問題を根本的に解決する方策はない」と言う。若者が、自己肯定感を持って、自分の街を語れる、そのための方策が「文化の創生」であり、文化が人を呼び込むことになるとの主張だ。

今も、日本は昔の「JAPAN as NUMBER 1」時代が忘れられず、安倍総理も「日本を再び世界の中心で輝く国としていく」と経済成長最優先の政策を進めている。今一度、冷静に将来を見つめて、日本のあるべき姿を考えねばならない時期に来ているのではなかろうか。