福岡「修猷館高校」は230年前黒田藩の藩校として開校


九州随一の名門校として有名な「修猷館高校」が、今NHKの大河ドラマ「黒田官兵衛」ゆかりの学校と言う記事が、「プレジデント2014.3.3号」に掲載されている。1992年に芥川賞を受賞した藤原智美氏(ライバル校福岡高校出身)の記事で、タイトルは「黒田藩校が前身~修猷館高校の大事な教え~」だ。修猷館は、藤原氏の出身中学の隣にあり、当時は校舎を囲む古びた煉瓦塀に周囲から超越した独特の近寄りがたさを感じたと言う。43年ぶりに訪れた修猷館高校は、昔の面影はなく校舎も現代的な建物に変わっていたそうだ。

福岡藩初代藩主は、黒田官兵衛の子の黒田長政。父官兵衛の意向を受けて学問を奨励、藩から貝原益軒と言う有名な儒学者も出て、儒学を中心とする学究の気風が根づいていった。そのような中で1784年に「修猷館」を開校。その名がそのまま受け継がれ(当時の藩校の名前がそのまま受け継がれているのは非常に珍しいと言う)、今日に至っている。そのため、今でも黒田官兵衛の思いを継いだ伝統が、色濃く残っていると言う。玄関には、当時の看板「修猷館」と言う旧字体の書が掲げられている。

修猷には、校則も、校訓も生徒手帳もない。指定鞄もない。生徒会の三役は選挙で選ばれるが、執行部は希望者すべてに門戸を開いているが、常時20~30人が集まるという。そして独特なのが、生徒会だ。カリキュラムの一部の時間を使うと先生にも参加の権利が出てくるため、それを嫌がって昼休みに中庭に学生のみ全員が集まって開催する。校舎の傍に2階建てのバラック小屋がある。その入り口に「立ち入り禁止」の張り紙が。先生、学校関係者に対する張り紙だそうで、ここは生徒会執行部などが使用することになっている。主たる行事である文化祭、大運動会、十里(40km)踏破遠足、予餞会も生徒だけで運営する。こうした行事の運営や、生徒会の活動に自ら手を挙げて汗を流す生徒たちが、修猷には大勢いるそうだ。ちなみに「予餞会」とは、卒業する3年生を、1,2年生が送る会で、講堂で行われるが、その際、自発的に手を挙げた生徒20人ばかりが、3~4分の持ち時間で思い思いの意見を述べ合う。1000人を超える聴衆の前で、お仕着せではなく自らの意見を述べ合う。こうした機会の積み重ねが生徒の成長を促すのだろう。

奥山館長は、「修猷の価値は、多様な個性が存在する事」「リーダーにはさまざまな形があると思いますが、サーバントリーダー的な人間に育って欲しい」「修猷には語る文化がある」などと言われている。このことが修猷の伝統的な育成方針であり、また黒田官兵衛の思いでもあるように感じた。同校は、有名大学合格率が全国的にも高いので有名だが、「修猷は4年生」と言われるように、浪人が多いと言う。「自主性」「独立性」あるいは「語る文化」を身に付けるための1年で有れば、浪人も意義あるものではなかろうか。

NHK大河ドラマ「軍師黒田官兵衛」は、我が故郷姫路も舞台となっており、姫路は大盛り上がりだ。私も「播磨灘物語(司馬遼太郎)」も読み直したが、黒田官兵衛については関心を持って見ている。今回「プレジデント」を買ったのも、「エラくなる男の全技術(黒田官兵衛VS大前研一)」の記事に目が止まったから。非常に興味深い男だ。

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