私のまだ小学生になった頃、富山から来た薬売りが玄関の上がり框に腰を掛けながら、母が持ってきた薬箱をチェックしながら、和やかに話をしている光景が目に浮かぶ。同じビジネスモデルの「富山の薬売り」が、今でも全国で2万2千人ほどいるとの事だ。「致知2013.7」に「富山の薬売りに学んだ仕事の哲学」とのタイトルで、「富山の薬売り」森田裕一氏のインタビュー記事があった。
冨山の薬売りとは、「家々を訪問してまず薬箱を置かせてもらう。そして半年に1回定期的に訪問して薬箱の中身をチェックし、使った分だけのお代を頂き、使った薬を補充し、期限が近づいている薬を新しいものと入れ替える」というビジネスモデルで、300年続いていると言う。森田氏は富山県出身の父上と一緒に東京、埼玉、千葉を中心に約1800軒の得意先を回っているそうだ。
昔と比べて薬を買うにも格段に便利になった今のご時世において、東京近辺でも1800軒の方が利用されているのには驚く。富山の薬売りの哲学「先用後利」(せんようこうり)。まずはこちらからものを提供させていただいて、利は後から頂くというのが根本にある教え。それもただ薬代を頂くだけではなく、お客様に喜んで頂ける精一杯の事をして差し上げる。「相手を親戚のように慮る(おもんばかる)」「人の心に入り込むことによって道は開ける」「売る努力よりも、人が何を必要としているのか、話を聞くことに徹する」など、お父さんの後ろ姿を見ながら、接客哲学を学んでいった。得意先を訪ねると、「同じ薬でも森田さんから渡されると効き目が違うね」とか、父を褒める言葉に、最初は「こん畜生」と思うことがあったが、ある時からは父を超えるために、いろんな講習会に参加したり、医学や薬の知識を得るために富山大学に通ったりして、得意先の方がたの期待に沿えるよう頑張ったと言う。得意先では介護などいろんな悩みを打ち明けられることも多い。そんな時、ご家族の苦労に心を寄り添わせることで、胸襟を開いてくれる。
富山大学に北海道から受講に来ていた80歳の売薬さんが「お得意様が待ってくれているから、お得意様の役に立つ話が出来ないんじゃ話にならない」と。いつもお客様のために勉強にも励んでいる姿に森田氏も元気づけられたそうだ。
まさに「Sell Yourself」。薬を売るよりお客様のために如何に自分を磨くか、そしてお客様が自分を買ってくれる(待っていてくれる)ことで商売が成り立つ。究極の営業ノウハウ、「お客さま第一」の精神が300年続く「富山の薬売り」の秘訣だ。
私の母の実家にも富山の薬売りが来て、小さい子どもがいると、四角い紙風船をくれたそうです。珍しいのでうれしかったそうですよ。子どもの心までつかんでたんですね。