「初心忘るべからず」と言う言葉は誰もが知っている言葉と思う。が、この言葉のルーツを知っている人は少ないのではないかと思われる(私も初めて知りました)。室町時代、芸の極意を残した能楽の大成者・世阿弥の残した言葉だそうだ。
この言葉は一般的に「物事を始めたときの気持ちを忘れるな」との意味で使われている。が、能楽の専門家である西野春雄法政大学名誉教授は、世阿弥の説く「初心」とは、芸の道に入って修業を積んでいる段階での未熟さの事と言う(「致知2014.7」世阿弥に学ぶ~まことの花を咲かせる生き方~より)。しかも芸能者として“未熟さ”は若い年齢のものだけにあるのではなく、各年齢にふさわしい芸を習得した者にもあり、それが幾度も積み重ねられるもので、一生涯積み重ねてきた「初心」を忘れないために稽古を貫くこと、そしてそれを子孫に伝えていくことが世阿弥の「初心」論だとも。
インターネットで調べると、「初心忘るべからず」に続いて「時々の初心を忘るべからず」「老後の初心を忘るべからず」との文言が続いている。年代に応じて、その時の自分の芸(スキル)を振り返り、その未熟さを認識し、その後の芸(スキル)の習熟に活かす。より高い所を目指した世阿弥の言葉として味わい深いものがある。
今年は世阿弥生誕650年。西野氏は、世阿弥の一流たる所以は、先輩や競争相手の良さを認め、彼らからの芸からも貪欲に学び、自分の芸を常に高めていた事だと言う。
「初心忘るべからず」にも通じる言葉として
時分の花をまことの花と知る心が、真実の花になお遠ざかるこころなり
というのがある。若い時に「時分の花」が咲きほこり、周囲の人の賞賛を真に受けて自分が名人のレベルに達していると勘違いしてしまうとそこで役者としての寿命は尽きてしまう。我々にも通じる言葉だ。年を重ねても、常に自分を高める努力をし続けることが“生きる”事と言える。初心を忘れず、心したい。