日本はやさしくない国?

11月27日朝日新聞朝刊のコラム「いま聞く」にオランダフローニング大助教授田中世紀氏のインタビュー記事が記載されている。そのタイトル「日本はやさしくない国ですか」に一瞬戸惑いを覚えた。

記者(宮地ゆう)は、「“日本は他人にやさしくない国”と海外で暮らした人たちが、語ることがある。それって本当かと思っていた時に田中氏の著書「やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか(講談社選書メチエ、2021.10刊)」にであったそうだ。田中氏もオランダで、町で見知らぬ人同士がよく会話し、気軽に助け合う場面にしばしば遭遇するという。この話を裏付けるデータが、英国の慈善団体が2009年からほぼ毎年行ってきた「人助け」調査(これまでに約160万人から回答)にあるそうだ。質問は、過去1か月に①見知らぬ人を助けたか②慈善活動に寄付をしたか③ボランティア活動をしたか」だ。2,021年6月発表の結果では、日本は114ケ国中①”人助け“が114位、②”寄付“が107位、③”ボランティア“が91位、総合結果では最下位となっているという。過去1か月となると私自身もあやしくなる。この慈善団体は、「日本は歴史的にも、先進国の中で市民社会が非常に脆弱な国だ」と指摘している。また米の調査会彩2007年に実施した「政府は貧しい人々の面倒を見るべきか」の質問にyesの答えが日本は59%、47か国中最下位だったそうだ(英国は91%、中国は90%、韓国は87%)。菅前総理が”自助“を強調した時に議論が沸き起こったことが記憶に新しいが、田中さん曰く「個人で人助けをすることが少なく、政府も困窮した人を助けるべきではないと考える人が多い国ということになる」と。2020年の内閣府調査では、「困ったときに助け合うのが望ましい」と考える人が約39%にとどまるとの結果も出ている。

東京オリンピック誘致で日本の“おもてなし”文化が世界に発信され、日本特有の他人への思いやりや優しさが宣伝され、日本人の誇るべき特性と思っていたが、”共助“より“自助”が優先される社会となっているのだろうか?

なぜ、こんな状況を生んだのか?田中氏は、「他人に迷惑をかけてはいいけない」との意識が、“公助”である生活保護の利用率の低さに表れているという。同じ内閣府の調査では6割以上の日本人から「社会の役に立ちたい」との回答を得た。しかし、その思いが行動に移っていないのはなぜか?「クラウドファンディング」や「ユニコーン企業」が、他国に比して進まないのはなぜか?田中氏が一つ上げるのは、日本では他国と比して、慈善団体、宗教団体、政治団体、スポーツや余暇の団体など、社会参加している人の割合が低いことを指摘する。仕事関係以外に、社会と関りを持つ活動の場が少ない実態があるのかもしれない。東京のような都会と地域社会では、人間関係の深さは違うと思われるが、今回の記事は「他人を大事にしない国」という不名誉な評判が諸外国にあるとすれば、何とかせねばならない。「心はやさしいが、行動が伴っていない」解決策として田中氏は「他人と社会参加をする場がもっと生まれれば、“社会的に役立ちたい”という気持ちを生かす場も増えるのではないか」と指摘する。趣味の場などを利用して社会との接点を増やすのも効果的と言う。

「死中活あり」に生き切るヒントが!

「致知2021.12号」のテーマが、東洋学の泰斗・安岡正篤師の”六中観”の中の一つの言葉「死中活あり」だ。「もう駄目だという状況の中にも必ず活路はある」との意だ。昨今のコロナ禍の時流に鑑み選ばれたそうだ。ちなみに“六中観”とは、他に、忙中閑あり、苦中楽あり、壺中天あり、意中人あり、腹中書あり とある、人物を修練するための方途を説いた言葉だ。

選ばれた記事は、実際の自分自身の事例や、過去の人物に学ぶ事例など、非常に参考になり、興味深く読ませてもらった。2~3記事を紹介する。

最初に紹介するのは、皆さん著作本を通じてご存知の方も多いと思われる田坂広志氏(現多摩大学大学院名誉教授、田坂塾塾長)の「いまを生きよ、今を生き切れ」だ。著書90冊余、内閣官房参与も経験された方だ。若いときから私も何冊か読ませて頂いた。

32歳の時、重い病を患い、医者から「もう長くは生きられない」との宣告を受け、恐怖と絶望の日々の中、両親の勧めで、ある禅寺に行った。何か不思議な治療法があるのではと期待していったが、ただひたすら畑仕事の献労の日々に心が折れる、しかし、自分より思い病と思われる人たちの言動や行動を見て、そして、何かはげましの言葉を期待していた禅師との対話で、苦しい胸の内を吐き出した自分に対して「命は長くないのか。だがな、一つだけ言っておく。人間死ぬまで命はあるんだよ!」、さらに「過去は無い。未来も無い。あるのは、永遠に続く、今だけだ、今を生きよ!今を生き切れ!」との言葉に、時間はかかったが、大きな気づきを得た。「ああ、この病で、明日死のうが、明後日死のうが、もう構わない!それが天の定めなら仕方ない。しかし、過去を悔いること、未来を憂えることで、今日というかけがいのない1日を失うことは、絶対にしない!今日という日を精一杯生き切ろう!」と。その後東京に戻り、仕事に復帰、今日を精一杯生き切ると思いを定め、全身全霊仕事に打ち込んだそうだ。体の奥から想像を超える生命力が沸き上がり、10年たつと病の症状も消え、自分の中に眠っていた様々な才能が開花していったという。その後のご活躍は推して知るべしのところだ。田坂氏が、人生の危機や逆境を好機に転じることが出来るのは、古今東西言われている「ポジティブな想念」を持つことという。

1908年キリスト教指導者の内村鑑三が日本の素晴らしさを世界に伝えるために、西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮上人の5人の「代表的日本人(致知出版社刊)」の人生や功績を英語で現した書がある。これについてグロービス経営大学院学長堀義人氏とJFEHD名誉顧問数土文夫氏の対談記事にも注目した。いずれも常軌を逸した苦境に陥りながら、私利私欲すべてそぎ落とし、藩民、国民のための志を貫いた日本人として誇るべき特質を発揮した人たちとして紹介されている。西郷隆盛の言葉「命もいらず、名もいらず、官位も金も要らない人ほど、扱いにくいことはない。しかし、そういう人でなければ、困難を共にして国家に大いなる貢献をすることはできない」。17歳で困窮極まる米沢藩主になった上杉鷹山、その日に神社に奉納した誓文の誓い「“文武の修練は定め通り怠りなく励むこと”、“民の父母となることを第一の務めとすること”、“次の言葉を日夜忘れぬこと。贅沢なければ危険なし、施して浪費せず”、“言行の不一致、賞罰の不公平、不実と無礼を犯さぬように慎むこと”。

昨今の政治家にも是非読んでほしい書だ。“どんな苦境に陥っても、1日1日高い志をもって生き切ることに活路は開ける”。堀氏は30歳代でこの本に遭遇し、感銘を受け、グロービス経営大学院では学生たちの必須の書物としているそうだ。私も読んでみようと思っている。

”45歳定年制”発言が物議を!?

経済同友会が9月上旬にオンラインで開いた夏季セミナーで、サントリホールディングスの新浪社長が「45歳定年制」を提唱した。これに関して日経朝刊9月22日の“Opinion”で上級論説委員水野裕司氏が「“45歳定年制”が拓くプロへの道」と題したコラムを、次の日の朝刊の「大機小機」では、四つ葉氏が「“45歳定年制”の”ご利益“」との題でコメントしている。世間の反響が大きく同社製品の不買運動を求める声に、新浪氏は「”個人は会社に頼らない仕組みが必要“との問題提起で、定年と言う言葉を使ったのはまずかったかもしれない」と釈明せざるを得なかった。

が、今回の記事を現した両氏は、表現はともかく今回の問題提起は今後の企業社会を考えると妥当な問題提起と言う。丹羽宇一郎氏が出された「会社がなくなる!~これから始まる”大企業の中小企業化”に備えよ!」(講談社新書、2021.9刊)も参考にしながら今回の問題提起について考える。

水野氏は「長期雇用は働き手にとってもうまみが薄れてきている」と言う。特に大企業(1000人以上)においては、2000年と2019年の40歳以上の給与を比較するとなべて下がっている。OECD主要23か国の1994年と2018年の名目賃金上昇率は日本だけがマイナス成長で、2019年には韓国にも先を越されたそうだ。仕事の成果に比して割高な中高年男子の給料を生産性に見合った水準に調整せざるを得ない動きが進んでいる。デジタル化はこの傾向を加速することになる。

現在、45歳定年制は「高齢者雇用安定法」があるため、実行に移せるわけはないが、今後少子化が加速し、労働者人口も減る中、より生産性UPが求められるため、今のままでは中高年受難の時代がより加速されることになる。新浪氏の「45歳定年制」発言はこうした状況認識に基づくものと考えられる。

企業としても、ジョブ型人事制度への移行を視野に、専門性の高いプロフェッショナル人材の育成に力を入れるしかない。そのためにも、どんな能力を求められるか、社内に開示すべきとする。

今、企業でもAIの進展や、DXによる企業改革などが叫ばれ、企業の仕事の質も大きく変革せざるを得ない状況に置かれている。“リカレント教育”とは違って、新規事業戦略立案やDX推進など企業改革が叫ばれる中、必要とする能力を磨く“リスキリング”は、既にアマゾンやマイクロソフトなど米国が先行し、日本でも日立や富士通などのIT企業や三菱商事などの商社も取り組み始めているそうだ。

丹羽氏の過激なタイトル「会社はなくなる」との問題認識も、人口減少を最大の課題とし、“人材こそ日本の最大の資源”として、“如何に人が変われるか”をテーマにしている。風土面でなかなか改善が難しい大企業ではなく、これからは“大企業の中小企業化”の進展を予測する。自動車業界の電気自動車への急速な変化に見る如く、AIやDXにより、もはやそれほど大人数の社員を必要としない産業構造の変化により、中小企業化が進むとの判断だ。人口減少による人材不足をカバーし、オープンイノベーションの起爆剤として、縦割り組織の決められた仕事を超えての副業、セカンドワークが今後のビジネスにおいて大きな役割を果たすことになると言う。例えば午前中は所属する企業の仕事をこなし、午後は異なる企業の社員が数人ほどで作った別の組織で働き、自分の専門領域を超えた新しい仕事(例えば医療や食物などの分野で)を切り拓く。そのために”リスキリング“で高度な知識を磨く。

賃金でも技術力でも世界で低位の日本。さらなる人口減少のなかで、生長するために変わらねばならないが、企業改革が必至となる将来を考えて、若い人たちは新浪氏が波紋を起こした“45歳定年制”を批判だけに終わらせてはならないと考える。

冲中一郎