“心の資本”は大丈夫ですか?(日経)

日経朝刊1面に「成長の未来図」の連載が年明けに始まった。日本の成長率が停滞している現状からどう脱皮するか、その課題に関して、2回目(1月3日)のタイトル「“心の資本”は大丈夫ですか」に目が留まった。

自動車などに代表される大量生産手法の確立により歴史上でも類を見ない経済成長を謳歌した20世紀。「テイラーシステム」とも呼ばれるストップウォッチを用いて生産工程を科学的に分析する方法で製造業の生産性の飛躍的な改善を遂げた。しかし、今経済の主役がモノからアイディアやノウハウという「知」に移るにつれ、従来のやり方では成長の実現が困難になってきた。その典型が20世紀の製造業の競争で優位に立っていた日本で、モノづくりの現場が中国など新興国に移る中、”知“の競争に対応できる企業システムの構築に出遅れたと言う。

驚愕のデータも示されている。米ギャラップ調査で、熱意をもって仕事をする社員は日本は5%で世界最低水準だと。30%を超える米国、20%前後の北欧諸国を大幅に下回る。”考える力“が問われる時代に社員が仕事に情熱を持てない状況では成長は望めない。パーソル総合研究所と慶応大の前野隆司研究室の調査では、幸せの実感が低い人が多い企業は減収が多かったそうだ。社員の幸福度の低さが企業の成長を阻み、それが社員の不満をさらに高めかねない。こうした状況の中、三菱UFJ銀行など有力企業が相次ぎ社内の幸福度を調べる仕組みを取り入れ始めた。賛否もあると言うが、”心の資本“の再構築なしには成長の未来図が描けないという危機感がある。

日立製作所の子会社ハピネスプラネットの「幸福度を測る」独自技術が注目されている。人が幸せを感じているかは呼吸や心拍数、筋肉の微妙な伸縮など無意識の変化に現れる。これをスマホアプリに搭載されたセンサーが10秒ごとにデータを取得する。約15年間に集めた延べ1000万日分のデータを活用し、人工知能がはじき出す幸福度に応じて、その改善に役立つメッセージを自動的に作成して送信する。実証実験では“心の資本”と呼ぶ指標が平均33%向上し、営業利益10%ほどの押し上げに寄与したそうだ。

知の競争に乗り遅れている日本としては、知の競争にふさわしい職場の在り方や社員の働きかた、報酬体系をどう確立していくかが大きな課題だ。当記事は、「企業収益が低迷し社員の賃金も増えない。そんな悪循環から抜け出す第一歩は挑戦が報われる仕組みを整え、働き手のやる気を覚醒させることから始まる」と締めている。

1月4日の第3稿では「人材移動こそ革新の勝機」として、米国やデンマークの状況と比して、日本の終身雇用下では技術の進化などに対応できていない実態を指摘している。この記事の最後は「人材の流動性が高ければ経済全体で見た適材適所の人材の再配置につなげやすい。働き手一人ひとりがスキルを磨き、力を十分に発揮できる環境を整えられるか、再挑戦しやすくする仕組みを本気で作らない限り貴重な能力も時間も死蔵されてしまう。」と締める。デンマークでは、リスキリングに政府が補助を出し人材の流動化を促進している。勤続年数が長い日本の生産性が低いと言う現状をどう見るか?日本の大問題ともいえる。

日本の課題として、当連載に関しては次稿でも紹介していきたい。

別稿「心の資本を増強せよ(https://jasipa.jp/okinaka/archives/9256)も参考にしてください。

大谷翔平は宇宙人?

昨年末にかけて、大谷翔平の活躍に関するテレビ、新聞の報道が目白押しだった。大晦日の朝7時20分から9時までのNHK総合“大谷翔平の4年の軌跡”の番組に見入った。やはり並みの人間ではない。大谷の通訳の水原氏に、大谷を評して「普通の人間ではない。宇宙人?」と言わせるほどだ。それにしても2018年から2021年、手術を2回受け、成績も期待が大きすぎたせいもあるが、芳しくない中でなぜ、2021年あんなにすごいことをやってのけたのか?その理由が、当番組で分かったような気がした。

2018年最初の年のオープン戦では、全く成績が上がらない。イチローに声をかけ、アドバイスももらった。「自分の才能を、やってきたことを、ポテンシャルを信じろ!」と。これで目覚め、初戦で初勝利、そしてホーム初戦から3試合連続ホームラン。しかし、6月に右ひじ靭帯故障、1か月後に打者として復帰するも、さらに進化を求めて手術を決断。手術後は、強い意思をもって、コーチの教えに従って腕に負荷のかからない投球にチャレンジするなどトレーニングに専念。

2019年は1か月遅れでチームに合流し、打者に専念し6月の打率が3割4分、さらに日本人初のサイクルヒット達成。順風満帆の年に見えたが、左ひざ故障でまたもや手術を決断。この年は打率0.286、ホームラン18本で決して悪い成績ではなかった。

2020年はコロナ禍で、60試合という異例のシーズンとなった。手術後のぶっつけ本番もあって、過去最悪の打率0.190、ホームラン7本だった。マスコミもこの成績で二刀流に懐疑的な見方が多かった。2021年に向けて、並々ならぬ決意をこめて、フォームを科学的に解析し、重さの違うボールを壁にぶつけながら投球フォームの確認をしたり、バットの振り方を変えたり(水平に近い振り方から弧を描く振り方へ)、いろんな努力を欠かさなかった。これも結果が出なければ辞めざるを得ない職業であり、結果を出すしかない、そのためのラストチャンスと捉え、決意を新たに新シーズンに臨んだ。その結果が、MVPはじめ多くの賞を総なめする成績を上げる結果となった。

エンジェルスのマドン監督が、世間の二刀流に対する懐疑論に対して、大谷の野球に対する考え方、行動を見て、「心から二刀流を楽しみ、野球を楽しむ大谷のような人はいない。大谷には制限を設けない」との判断で2021年大谷自身二刀流を1年担当して全う出来た。同僚のトラウトも、「投手と打者を同じ日にやり、ホームランを打つ大谷を信じられず、所作に魅入ってしまう」と驚く。

投手では、得意のスプリットに加えてカットボールも得意技とし、四球も激減、捕手も日々成長していく大谷に驚く。2021年のオールスターでは、MLB初の二刀流で登場。二刀流に懐疑的だった記者も、一転「野球の常識を超え、ベーブルースを超えた、メジャーでダントツの人気プレーヤー、まさに希望の光」と絶賛した。

苦難を乗り越え、短期間にトッププレーヤーになぜなれたのか?

小さい頃から大谷を指導していたお父さんも驚く成長ぶりだ。中学時代は、投手としてコントロールもなく、打者にぶつけないように周囲が心配し、打者としても打てない。しかし、父は「意識をもって、自分が生長するために、ともかく一生懸命走る、投げる、打つ、そしてプレーの内容より取り組む姿勢」を徹底的に指導してきたそうだ。父曰く、「ここまでやってくれるとは思わなかった、というより今の姿は信じられないが、忠実教えを守ってくれているのが嬉しい」と。

大谷は、他球団の選手の評判も良いが、バットを折った選手に、折れたバット渡すシーンが示すように、人間的にもすばらしいとの評価がアメリカでも人気の大きな要因となっている。しかも、”すべての苦難も生長の機会”と捉え、”反省する時間が好き””困難に挑戦できることが好き””やることがたくさんあることが好き”と言う。どんな苦境にあっても、未来の成長を期して努力する、人の話を聞く素直さなど、まさにポジティブ思考の実践者として今がある。今年のシーズンをどう過ごすかと聞かれ、「2021年の成績を最低とし、来年以降頑張るための基準とする」と言い切る。すごい人間だ。

大谷選手を宇宙人と見るのではなく、人間としてみると、人としての成功のヒントがいろいろ見えてくるのではないだろうか。失敗してもくよくよするのではなく、成長のための失敗と考え、意志強く、目標に向かっての努力につなげる。そしてその努力を楽しむ。要はものの考え方と行動力だ。苦境があるからこそ、成長できることを大谷選手は実証してくれている。