主力製品を1点に絞り込み、デザート感覚の「くりーむパン」を大ヒットさせた広島の八天堂(あちこちの店で行列をなすらしい)。糸やニット製品が国内外で脚光を浴び、2009年には、技術を駆使して極細のモヘア糸で作ったニナ・リッチのイエローのカーディガンをミシェル・オバマ大統領夫人がアメリカ大統領就任式で着用して話題になった山形の佐藤繊維。八天堂社長の森光孝雅氏と佐藤繊維社長の佐藤正樹氏の対談記事「厳しい逆境の中でこそ本当のひらめきは生まれる」が「致知2014.1」に掲載されている。双方とも創業80年を迎えるが、倒産の危機など様々な試練を乗り越えて今日に至っている。
佐藤社長は、東京のアパレル会社から22年前に戻り、8年前に4代目社長に。入社時はまさに日本の繊維業界が急速に衰退しはじめたとき。アパレルの下請け会社としては生き残れないとの危機感を抱き、立て直し策に悶々とする日が続いたそうだ。アパレルの下請けではなく、直販することも考えたが、それではお客のアパレルと競合することになる。ある糸に魅せられ、その製造元イタリアまで飛んだ。その工場長の「私たちが世界中のファッションのもとを作っているのだ」との言葉に衝撃を受けた。早速帰って社員に「俺たちも人から言われたモノではなく、自分達だけの糸を作ろう」と呼びかけた。しかし、最初の反応は冷ややかだったが、ある一人のベテランの職人を粘り強く説得し、驚くべき糸が出来た。それが今日に至っていると言う。まさに同業他社が安い人件費を頼って海外に進出しているのを尻目に、国内での差別化を達成したのだ。
一方、八天堂は、森光氏が入社した頃(平成2年頃)は創業の地三原市(広島)にはまだコンビニもなく、焼きたてのパンは朝から飛ぶように売れていた。好調な業績を受けて県内に十数店舗を開店したが、次第にコンビニやパン屋が次々と出来、さらに店長が独立して辞める事態に遭遇し、倒産の危機を迎えることになってしまった。スーパーやコンビニを回って、売れそうなパンを作るが、売れ始めると同業者がすぐ追随して、ダメになる。自分しかできないパンに頭を巡らせるがなかなか名案が出てこない。気付いたのはお客様のパンの購買動機が目的買いだということ(クロワッサンはあそこ、サンドウィッチはこのパン屋さんと言う風に)。そこで1品だけで勝負することを決めた(周囲の反対を押し切って)。それまでも奇をてらったパンをいくつも出し、地元のメディアにも取り上げられていたがすぐ飽きられていたのを反省し、スタンダードな1品を考えた。それが「くりーむパン」。特徴は「口溶け」の良さ。パンがスイーツのように口の中で溶けていく感覚だそうだ。パンは温かいのがおいしいという常識を覆し、「くりーむパン」は冷やして食べる。今では各種メディアにも取り上げられ、各大都市圏各店でも行列を成しているそうだ。八天堂も同業他社が追随できない商品で事業を盛り返した。
森光氏は「私たちが何のために仕事をするか?それは決して売り上げや事業拡大ではない。こちらが勝手に売りたいと思うだけではダメで、私たちの思いがお客様に通じなくてはいけない。それには、私たちが作った商品で、どれだけお客様に喜んで頂けるかに思いを馳せていかなくてはいけない。それこそが経営の原点」と言う。そして佐藤氏は「自分がやる仕事の中に夢があれば、それは何物にも負けない強い力になるし、どんなふうにしてでも作ってしまう。人間とはそれだけの力を持つものだと思う」と。
下請けで、価格競争に陥らないためには、他社と差別化できる何物かをつくりあげねばならない。簡単なことではないが、トップが強い意志を持って、粘り強く挑戦する気概を持たねば達成できない。IT業界も同じだ。