「百貨店の市場収縮が止まらない。マーケット全体の規模は、いまやバブル時代の6割程度。(中略)そんな中、消費税増税後も、連日多くの顧客で賑わい、売上を着々と伸ばす百貨店がある。2012年、大阪都心にリニューアルオープンした「阪急うめだ本店」だ。百貨店不振の時代、なぜ活況ぶりを呈しているのか。デパート革新の仕掛け人、椙岡俊一氏がその理由を語る」。これは、「PHP松下幸之助塾2015.7-8」に掲載されている「“劇場型百貨店”が感動を生み出す~“モノ”を売る前に“コト”を売る~」と言うタイトルの椙岡氏(元阪急百貨店社長、現阪神百店との統合で生まれたエイチ・ツー・オーリテイリング相談役)の特集記事のリード文だ。
成熟社会において、ただ単に「安くていいもの」を追求しても特に百貨店では勝負にならない。モノの機能的価値(見える価値)に加えて、作り手の思いや哲学、アート、デザイン、センス的価値、長い歴史や伝統に育まれた文化的価値など、見えない価値にも焦点を当てた展開は出来ないものか。そして行き着いたのが「劇場型百貨店」だった。そのための舞台つくりをするために阪急梅田本店のリニューアルを決断。これまでの物販売り場を主体とした配置から、全体の20%の面積を文化的価値をビジュアルに見せる劇場空間とした。この空間はいわば「モノを売らないスペース」で、メインは12階まで吹き抜けの9階にある「祝祭広場」。全館24か所にある小ステージ「コトコトステージ」と相まって、文化的価値を伝えるイベントは月間600回、年間にすると約7000回にも及ぶ。
祝祭広場にはアートビジョンなどの大掛かりな舞台装置と、表舞台を支える楽屋のような舞台裏も備えている。イベントは、2年先まで週単位で計画し、開催している。例えば「エルメスフェア」では、フランスからエルメスの靴、鞄、スカーフを作る職人を招き、実演を交えながらモノづくりについて語ってもらったそうだ。インターネットで調べると今は「エキゾチックスタイルを楽しむモロッコフェア」と「ベリーダンスフェスティバル」が同時開催されている。
お客さまは「阪急に行けば何か面白いことがありそうだ」「きっと素敵な暮らしが見つかる」という期待を抱いて阪急うめだ本店を訪れてくださっていると椙岡氏は言う。お客さまが求めているのは、驚き、発見、学び、文化、そしてエキサイティングな買い物体験で、これらを具現化することで人が集まり、モノが売れ、活況が生れる。そして、従来の「モノを売る」から「コトを売る」ために売り場を削ってでも舞台を作るという大きな決断が、功を奏した。「発想の転換」の成功事例だ。