「致知2017.9」の“巻頭の言葉”で、財界の巨頭牛尾治朗氏が表記タイトルで寄稿されている(現ウシオ電機会長)。これまで、当ブログにおいても、人の育成に視点を置いて、人の長所を見抜く達人“吉田松陰”(http://okinaka.jasipa.jp/archives/2531)や、「組織として結果を出せないマネジャーの多くは、部下の弱みに目を奪われて、彼らの創造性を引き出せないでいます。」と言うドラッカー(http://okinaka.jasipa.jp/archives/2515)などを紹介した。企業経営視点では、「弱みより強みを磨こう」と言うコマツの坂根氏(http://okinaka.jasipa.jp/archives/1917)や、船井総研の「長所伸展法」(http://okinaka.jasipa.jp/archives/1875を紹介した。
今回の牛尾氏の提言は、企業経営視点だ。世界的な政治的混乱の中でのグローバル化の進展、IoTやITの進展など、きわめて見通しの難しい状況下では、自社の競争力の源泉を冷静に分析し、短所を是正し、長所を伸長して未知の状況に柔軟に対応できる体制を整えるべきと主張する。ウシオ電機を創業したころ、あるコンサルタントから「長所も短所も、君が社長であること」との指摘があったそうだ。その後、自分が社長であることが短所になっている部分は人に任せ、長所に専念していくことになる。そのことがウシオ電機を今日に至らしめたという。牛尾氏はさらに「若く勢いのあるリーダーが長所伸長に意欲的であるのに対し、慎重な年配のリーダーは短所是正により熱心な傾向がある」と指摘する。さらに、「日本企業は戦略的に短所是正を得意とする企業が多い」と、事例を挙げる。日本企業は、研究開発で千個の試作品から二百個の不良品が出れば、その二百個を徹底的に分析し、問題点を改良していく。一方アメリカ企業は、良品にスポットを当て、なぜそれが良いのかを追求し、さらに磨きをかけていく傾向が強いと。牛尾氏の経験から、優秀な商品は、長所を徹底的に追及するところから生まれることが多いという。
長所と短所は表裏一体で、長所を伸ばせば短所も増え、逆に短所を直したことで長所を殺してしまうこともある、その意味で長所の伸長と短所の是正は同時にできない。その時々の会社の状況をよく見極めながら、長所の伸長と短所の是正のどちらから着手するか決断することが肝要と提言する。会社の業績が思わしくない時には、先に短所の克服を優先し、会社の伸び盛りには思い切って長所を伸ばすことに集中するのも効果的とも。
牛尾氏の提言に共感できる。が、この提言を実行するには、自社の強み(長所)、弱み(短所)が的確に把握できていなければならない。競争相手はどこか(グローバルな競争の中では国内外も含めての話になる)、その中で、簡単に他社が追随できない自社の長所は何かを社内で共通認識できなければならない。私のいたIT業界においても、長所、短所の共通認識ができ、長所を伸ばし、短所を克服する活動が身についているかというと、なかなか覚束ないところがあるように思える。上記のような視点をもって、常に外の世界を知り、内を見ることを心掛けながら、まずは長所、短所の把握を急がねばならないと思うが、いかがだろうか?
「経営改革」カテゴリーアーカイブ
高プロ人材のフリーエージェント社会は到来するか?
7月16日の日経朝刊1面トップに「プロ人材 移籍制限歯止め~働き方 自由度高く~」と題した記事が目に留まった。前文に
企業と雇用契約を結ばずに働くフリーのプロフェッショナル人材らの労働環境改善に向け、公正取引委員会は独占禁止法を活用する。力関係の差を背景に企業が転職制限をかけたり引き抜き防止協定を結んだりして人材を囲い込む恐れがあるためだ。生産性の高いプロ人材が働きやすい環境を整備することは日本の国際競争力強化にも欠かせない。
とある。最近テレビで、ラグビートップリーグで、移籍選手が移籍元の了解がなければ移籍先で1年間の試合停止を余儀なくされるとの制度が問題視され、見直しを検討するとのニュースがあった。日本代表にもノミネートされるような選手が1年間試合停止となるのは、世界と戦う日本にとって大きな損失だとの認識だ。
日経の記事によると、フリーランスの人材は企業と対等な関係で仕事を受ける専門職で、日本で約1122万人いるという。この中で、専門性が高いプロ人材と呼ばれる人や独立した自営業・個人事業主らはほぼ3分の1の約390万人だそうだ。米国ではフリーランス全体で約5500万人に上り、日本は欧米などに比べて専門性を持った人材活用が遅れている。
このような課題に対して、今まで独占禁止法は、原材料(鉄鋼など)に限定していたのを、スポーツ選手も含めたプロ人材にも拡大適用し、プロ人材を囲い込むための不当な取引条件や、獲得競争による報酬上昇を回避するためのカルテル是正を行う。例えば、仕事を発注する条件として競合他社との取引を長期間制限したり、自社で使う人に仕事を発注しないよう同業他社に求めたりすれば「拘束条件取引」や「取引妨害」になる可能性がある。欧米ではすでに労働市場への独禁法適用は進んでいる。オランダでは医師の引き抜き防止協定もある。
「フリーエージェント社会の到来~組織に雇われない新しい生き方~」(ダイヤモンド社、ダニエル・ピンク著、池村千秋訳、2014.8発行)によると、米国では組織に忠実に使える「オーガニゼーション・マン(組織人間)」から、組織に縛られない「フリーエージェント」が労働者の新しいモデルになりつつあるという。既に教育の現場も変化し、18歳未満の子供の10人に一人が在宅教育を受けている事実もあり、プロフェッショナル性をより高度なものにするための教育制度も、徒弟制度などが復活したり、高校をスキップして大学に行くなど多様な選択ができるようになるとの予測や、キャリアの考え方や働き方、部下の監視を主体とする管理職の価値の低下、定年退職の考え方の変化などが起こるとピンク氏は主張する。
近い将来さらにグローバル競争が激化し、仕事の高付加価値化が進み、AIが仕事の質を変える中で、1企業内で市場が要請する高度化人材を揃えるのはかなり困難になるのだろう。日本でもすばらしいプロフェッショナル人材や、個人事業者が力を発揮しているが、その評価と流動性は米国などに比べて十分ではないように思われる。政府は骨太方針「人材投資」を掲げる。同時に人材への独禁法適用など、制度的な充実も図りながら、企業と連携しながら高度プロフェッショナル人材の育成、流動化の促進を図っていくことが求められている。
八芳園の危機を救った人
年間挙式披露宴組数がピーク時の3分の一にまで落ち込み経営危機に陥っていた八芳園に平成15年、ブライダル企業、婚礼システム販売会社を経て入社した井上義則氏(昭和45年生まれ、現八芳園取締役専務総支配人)。その後4年でⅤ字回復を成し遂げた、その軌跡と、困難を乗り越える要諦を語ったインタビュー記事が、「致知2017.3」に掲載されている。タイトルは「困難を乗り越えたとき、人は輝く」。
井上氏は、当時危機状態にあった八芳園から誘いの声がかかったとき、周囲の人百人中百人が「お前が行ったところで何も変わらない」と反対するなか、敢えて困難に飛び込んだ。しかも、生意気にも、オーナーに「肩書は要りません。2年で黒字化できなかったら切ってください」と宣言して入社したという。その頃、偶然日本ビクター社のVHSの開発をめぐる実話を基にした映画「日はまた昇る」を観たことで触発され、自分も自分の命を情熱的に燃やせるような仕事に取り組みたいと、一人で勝手に燃えたと笑う。
井上氏がやったことは、まさに「カスタマー・ファースト」。何もしなくてもそれなりにお客様は来てくれることで安心し、お客様の期待以上のものを提供できていない組織、いわゆる”大企業病“を克服するところから始めた。自分が率先してお客様と接する回数を増やし、やる気のある若手をサービスの責任者に抜擢しながら、多くの社員が同じボートに乗りはじめるように誘導した。お客様の要望を聞きながら、チームでお客様の願いを叶える”Team for Wedding”のスローガンが共有され実行されるようになった。「入院中のお父様にウェディング姿を見せたい」「生みの親にも見せたい」などに応えるために、部署を超えて組織が一つのチームになっていく。4年で挙式披露宴1000組を2000組にした後も、継続的に企業、社員の成長を期するために、ビジョン(日本人には心のふるさとを、海外の方には日本の文化を)やミッション(いつまでもあり続けること)も作り、それに向かってサービスを考え、組織を変革していく。
井上氏は言う。「リーダーとは、一隅を照らす人。火種や困難を見つけたら、そこに飛び込んで、変革して、皆を輝かせていく人」。自らも八芳園に身を投じたことでここまで自分の人生が変わるのかと納得感が強い。2020に向けて、八芳園のOMOTENASHIの精神、15000坪の日本庭園を武器に、観光事業への貢献、日本文化の発信に一層力を尽くしたいとも言う。「さらなる困難があるなら、僕はそこに飛び込んでいきたい」と意気込む井上氏の覚悟のほどに、自分の過去を振り返るとその足元にも及ばないことに気付かされる。「せめて、これからは」と思いつつ、と思いつつ、井上氏のその覚悟と実行力には頭が下がる。