「日本人の誇り」カテゴリーアーカイブ

“お辞儀”は日本固有の文化?(ラグビーW杯での海外選手の行動)

日本を賑わしているラグビーW杯、20日の準々決勝では残念ながら日本は敗れたが、予選全勝で初めてのベスト8進出で歴史を作り、その健闘を称える声が日本中を沸かせている。私も全試合テレビに釘付けで、日本の健闘に魅せられ、野球やサッカーはあまり見ない家内も“にわかファン”となってしまった。

試合では大男が肉弾ぶつかり合いながらボールを奪い合い、ひと時も休むことない試合展開に目を離せないが、最後はラグビーを”ノーサイドゲーム“(テレビでも池井戸潤原作の同名ドラマを見た)と言う通り、試合中の敵、味方の格闘を乗り越え、終わればお互いをリスペクトし、お互いの健闘をねぎらいあう姿を見て、勝っても、負けてもすがすがしい気持ちが残る。他の競技では、ここまでの行動は見られないのではなかろうか。
その中で、今話題になっているのは、試合終了後、海外チームの、相手チームに対しても、観衆に対しても深々と”お辞儀“をする姿だ。海外では、深々とお辞儀をする習慣はないそうだ(米国で大谷がホームランを打った時にベンチで”お辞儀で迎える“ことが日本特有の儀礼ということで話題になっている)。オールブラックスの選手は、「日本の皆さんに対するリスペクトと、サポートへのお礼の意味でやっている」と語ったそうだ。そして、応援してくれる日本の人たちの親身の行動(海外チームのジャージ―を着たり、バッジをつけて応援したり、子供たちが民族舞踊ハカで出迎えるなど)に日本が好きになる選手も多いそうだ(https://www.afpbb.com/articles/-/3246683?pid=21675793)。
台風で中止になった釜石でカナダの選手などが、被害を受けた街の復旧をお手伝いしたことも話題になっている。日本だから、日本が好きだから、より大きな盛り上がりを見せているとも言える。今回のラグビーW杯は、国内のファンも呼び起こし、世界への日本のアピールにも貢献し、まだ終わってはいないが大成功だったと言えるのではなかろうか。

話題は変わるが、”お辞儀“に加えて、日本独自のものとして”合掌礼拝“がある。人間学を学ぶ月刊誌「致知2019.11号」の連載「禅語に学ぶ」(臨済宗円覚寺は管長横田南霊嶺氏)に「合掌礼拝」をテーマにした記事があった。海外のホテルのチェックインの際、記入用紙の宗教欄に”無宗教”と書いたら、宿泊拒否された話が載っていた。困り果てて、思わず手を合わせて「頼みます」と懇願したら、「あなたは仏教徒では」と言われ思わず夢中で「そうだ」と言って事なきを得たとのエピソードだ。”合掌“は東洋人の発明とあるが、宗教に関わらず日本人にはなじみの深いもの。手を合わせた姿には言葉や文化の違いを超えて、何か通じるものがあるのでは、と横田管長は言う。

日本チームの約半数が海外出身ながら“One Team”でみごとな力を発揮したこともすごいが、海外の人たちに好感を与えた日本人の”おもてなし“の精神・行動もすばらしい。来年の東京オリンピック・パラリンピックでも日本の良さがさらに全世界の人にアピールできることを期待したい。

台湾で最も愛される日本人八田與一

日清戦争で勝利し、第二世界大戦で敗北するまでの50年間(1895~1945)台湾は日本が統治していた。欧米が戦争で勝った国を植民地とするのは、人や資源を搾取し、奴隷化することが目的だったが、日本は統治国を日本の一部として、国のインフラ整備や教育などに力を入れる施策を取ってきた。当時の台湾総督府では、都市計画の策定・実行や、学校の建設、鉄道建設、水利施設の整備など、台湾を日本以上の国にするための施策を打った。

その中でも、24歳の時(1910年)に台湾総督府に技手として勤務した金沢出身の八田與一氏は、56歳に亡くなるまで、ほとんど全生涯を台湾のために尽くし、今でも「台湾でも最も愛される日本人」として台湾の人の心に生き続けている。

台湾南西部の嘉南平野にある当時アジア一と言われた烏山頭ダムの建設と1万6000キロにおよぶ灌漑用水路の建設に携わり、それまでサトウキビさえ育たなかったと不毛の地域を、台湾最大の穀倉地帯にした。人間味ある現場責任者として、農民に親しまれたそうだ。10年にわたる大工事の最中、不幸にもトンネル工事で50数名が殉職した際、遺族全戸を回り、工事の継続をお願いしたというエピソードもある。場所は植民地である。

1600㍍以上の堰堤といい巨大な烏山頭ダムが完成し、轟音をたてて躍り出た豊かな水が、嘉南平野に張り巡らされた水路に流れ込み、みるみる一帯を潤した姿を見た農民は「神の恵みだ。天の与え賜うた水だ」と歓喜の声をあげたそうだ。八田氏はその後、台北に移り、太平洋戦争でフィリピンに従軍する船が撃沈され亡くなられた。戦争に負けて、台湾にいた日本人は全員日本への帰還を命ぜられたが、八田氏の奥様は、烏山頭ダムの放水口に身を投げ八田氏の後を追われた。

烏山頭には夫妻の銅像が立ち、命日には毎年追悼式が行われている。中学校の歴史教科書にも掲載され、学校教育の場でも語られている。昨年には「八田與一記念公園」が開園し、今年には記念切手が発売になり、1000年近くたっても今の台湾の人たちに語り継がれている。昨年の東日本大震災時、台湾国民の募金として200億円が日本に贈られた。この額が、世界一だったと言うことで台湾の多く人たちが喜んだとの報道もあったが、まさに八田與一氏への恩返しと言う意味があったのかも知れない。

世界が憧れる日本人という生き方

在米35年のハリウッド・プロデューサーのマックス・桐島氏の本のタイトルだ(出版:日文新書、2012.10)。世界中から映画の街ハリウッドに集まるクリエーターから、今、日本人の生き方そのものが熱視線を浴びていると言う。映画ファンには桐島氏は良く知られている方と思うが、私はあまり存じていない。インターネットで調べたが、「年齢不詳(50代)」とあり、朝日新聞社とか文芸社とかから本の出版をされている。日本人が、世界からどう見られているか、日本人の美質を探りたい私としては、本のタイトルに目を引かれた。以下に本の一部を紹介する。

巻頭に、「向上心、自己犠牲、挑戦、やる気。これすべて日本人と言う生き方の推進力。この生き方そのものが、世界中の人々の憧れとなったのだ。今、我々の愛する母国日本は、様々な危機に直面し、そこに住む日本人の心を蝕んでいる。でもこれだけは覚えておいて欲しい。‘日本人’という生き方は、生命を復興させ、元気を与え合うことのできる、世界有数のライフスタイルなのだということを。日本にいたらあまり感じない、そのジャパニーズの生命力の素晴らしさを、ハリウッドという特殊な世界からの視線で、皆さんの意識の中に最構築できることを心から願っている」とある。そして最後に「東日本大震災という未曽有の悲劇と、その後の復興ぶりを通して、日本人は、その生き方の根底にある英知を世界に示したのだ。だからこそ今は、我々日本人にとっても、“日本人としてうまれたからには、大切にしたいこと”を、それぞれの生き様の中で再構築する絶好の機会でもあると思う」で締めている。

日本流のサービス精神。日本独特の宅配便の思想「人に届ける」に対し、欧米は「モノを届ける」発想。日米のタクシーの違いにもそれが現れる。外国人が日本のタクシーに乗って例外なく、そのサービスと室内の綺麗さに驚く。「相手を慮る」発想のない文化圏との違いは「お辞儀」にも現れる。「live and let live(人は人、自分は自分)」のハリウッドで、他人を気遣う「声かけ文化」もない。国民人口比で日本の30倍近い100万人の弁護士がいるアメリカでは訴訟大国、かつ犯罪人弁護ビジネス大国だ。人がみていなければ、捕まらなければOKという歪んだ風紀文化に対し、よく言われるが、「財布を落としても、そのまま返ってくる日本」に驚きを隠さない。ボトルキープやツケの文化もない。集団生活や集団行動が苦手な文化では、「避難所や仮設住宅はバトルグラウンド(戦場)になってしまう」。

先日紹介(http://jasipa.jp/blog-entry/8227)した白駒さんも言われていた「Foy you」文化、「今ここを精一杯生きる」考え方も日本人特有とマックス・桐島さんも言う。そして、東日本大震災を見て、世界の人々も、「日本人」を見習う、あるいは「日本人」になりたい人が増えていると言う。昨年おこったイタリア地震で崩壊したチーズ工場を6カ月で再建したのが話題になった。その工場長曰く「日本人はあれだけの被災を被りながらも、力を合わせて復興への足取りを緩めなかった。こんな小さなチーズ工場を再生させることなんか、日本人の成し遂げたことに比べれば何でもない。イタリア人も日本人を見習って頑張ろう!」と。

日本人は、自らの美質を認識し、さらにその美質を高め、そして世界に打って出る。そうすれば、世界の日本を見る目もさらに高まり、世界レベルの絆が高まるものと思う。自信を持って未来に向けて進みたい。