「プロジェクト管理」カテゴリーアーカイブ

この世からなくならないもの???

アルベルト・アインシュタインの言葉に『 この世から未来永劫消えないものは二つだけ「 宇宙 」と「 人間の愚行 」だけだが「 宇宙 」のほうは断言できない 』とあるが、IT業界特にシステム開発においては、いつになっても失敗プロジェクトがなくならない。いろんな経営者にお会いするが悩みは大きい。知識がすぐ陳腐化するほど技術の変化が激しすぎる、お客様の要求が厳しすぎるなどいろんな言い訳があるが、最大の原因はマネージメントが進歩しないことにあるのではないだろうか。東京電力福島第1原発事故の原因などを調べてきた政府の「事故調査・検証委員会」の 委員長・畑村洋太郎東京大名誉教授の「失敗学の法則」をはじめ、失敗プロジェクトに関する本は数多く出ている。私が社内向けの機関誌の特集「本を語る」に紹介した本並びに記事を紹介する。

「失敗学の法則(文芸春秋)」の著者畑村氏は、「失敗しない方法」を教えるより「うまくいかなかったやり方」すなわち失敗に学ぶことがものごとの本質理解に役立つとの考え方で、失敗を共有して日本の技術の進歩に寄与するために「失敗学会」も立ち上げています。失敗から学ぼうという文化を築いてこそ大きな失敗が防げ、豊かな創造力が生れる。そのような文化を創るためには組織の風通しを良くすることが必須条件であり、他部門、他グループの失敗を見て見ぬふりをするよりも、積極的に関心を持ち積極的に関与・干渉する風土を勧め、そして、責任追及、犯人捜しよりまず原因追及が先決であり、その原因を共有化することが大切だと言っています。しかし、意図的に失敗をもくろんだ「末必の故意」はいうまでもなく、「不作為(やるべきことをやっていない)」の失敗は厳罰ものと言われています。

失敗を活かす風土つくりを寓話風に綴った「ニワトリを殺すな(ケビン・D・ワン著、幻冬舎)」も興味ある本です。ニワトリは群れの中の一羽が血を流していると寄ってたかってその傷をつついて殺してしまうとの事。我々もニワトリと同じことをやってはいないか。失敗した人を責めるだけでは業績は上がらず、失敗した人の経験を活かし、みんなで知恵を絞って失敗の原因を追究することの大切さを、主要銀行から子会社に出向させられ腐っていた社員が、銀行とは180度違う経営スタイルに触れ、触発され「すばらしい会社」と思うに至る過程を寓話風に展開しながら語っています。ホンダの創業者本田宗一郎氏をモデルにしたもので、随所にその名セリフがちりばめられています。その中のセリフ「私は、世の中で本当に失敗を成功のもとにする人は実は少ないと思うよ。それは、実際に失敗をきちんと反省する人が少ないからだよ。たいてい謝っておしまいか、多くは隠してしまう。失敗は成功のもとにする真摯な態度や努力が必要なんだ。」

まさにマネージメントの世界だと思います。この教訓を真剣に受け止め、社の風土改革に成功した会社が勝ち馬になる!

四幕劇(問題は先送りするな!)

昨夜(20日)の日経夕刊1面連載コラム「明日への話題」に伊藤忠小林会長の記事を見ました。まさに今の政治・経済・社会の混乱の原因とも言えるが、会社人としても当てはまるとの主張である。

第一幕では問題を検討もせず、大丈夫!第二幕で、少し問題が顕在化してきても「大したことない。大丈夫!」。第三幕で、問題が隠せず表面化しても、自分で処置可能といいはり問題を先送りし、第四幕で破裂する。

私のSE人生を振り返ると、まさに当てはまる事象が一杯出てくる。問題を先送りしても何の解決にもならず、かえって大火事に遭遇してしまうことになる。分かっていても、’問題’だというと、外野席からウルサイ声が飛んでくる。「なぜ問題だ」と追及が始まる。「臭いがする」では済ましてくれない。責められる!イイヤ、問題は大したことないと言っておこう。大火事になって大反省。なんとこの繰り返しが多いことか。

今の政治を反面教師として、我がふりを直しませんか。下記に、昨夜の記事を掲載しておきます。

『四幕劇』伊藤忠商事会長小林栄三 2011.6.20日経夕刊より

人間誰しもつらいこと、不都合なことがあると、問題を先送りする傾向があるようだ。以前、日本の政治と経済の問題はすべて四幕劇で語れると言う説を知り、なるほどと思ったことがある(小島祥一著「なぜ日本の政治経済は混迷するのか」)。それによると、第一幕は全く問題はないと対策を拒み、第二幕では問題の存在は認めるものの矮小化する。第三幕では問題を先送りし、ついに第四幕でどうしようもなくなり降参するという流れである。

確かに、この事は昨今の日本の政治・経済・社会におけるさまざまな事象に当てはまりそうだが、実際に会社で起きた過去の失敗を振り返ってみても、その多くで四幕劇が起こっていたように思う。(途中略)

四幕劇を防ぐには、上司や同僚への報告・相談といった基本動作は最低限必要であるが、組織としても、第二幕までの間に、物事の本質を把握し、適切に対応する事が求められる。永遠の課題ではあるが、組織として、問題を属人化させず、十分なコミュニケーションをとることにより情報を共有し、それを一丸となって解決する文化を醸成すべきである。

今、世の中は急激に動いている。心しなくてはならないのは、問題を先送りしても何の解決にもならないということだ。自分が、そして組織が、今、何幕目にいて、どう演じているか、常に考えよう。

失敗を認める難しさ

震災、原発対策への菅総理に対する不満は極致にあるように思われる。私も最初は、批判・非難する人たちに対して、「批判は何も生み出さない、だからみんなの力で前を向いてこの国難に当たるべき」と思っていたが、今は「何をやっているんだ」との怒りに満ちている。こんなに多くの人が非難してしているのに、「自分のやっている事はすべて正しい」との姿勢を崩さないのには驚くばかりである。

政治家というのは、「なぜ、反省しないんだろう」、「なぜヤバいと思っても素直に軌道修正が出来ないのだろう」と思っていたのですが、我々に身近なシステムプロジェクトにおいてもリーダーがまさに同じ過ちをおかし、泥沼にハマってしまう現実を見ると、「ヤバいなと思っても、見ないふりをする」というのは人間の本質的な特性なのか?と・・・。

それならばリーダーとして、何を教訓として頭に刻み込まねばならないか、デドローの【なぜリーダーは「失敗」を認められないか】を紹介する。

「人は現実を否認しがちで、それが疵を深くする」人間本質機能として世界的にこのような事象はあちこちで起こっていると説くのは【なぜリーダーは「失敗」を認められないのか】の本の著者テドローである。

「否認」とは、ある不愉快な現実に対し「本当ならひどすぎる。だから本当ではない」と考える無意識の心の働きを言う。米国ニューヨーク州知事がホテルに高級娼婦を連れ込んだところを目撃され辞任に追い込まれた事件があった。記者に「あんなことをしたらいずれ明るみに出ると、なぜ思わなかった?」と聞かれて『確かに見つかったら・・・ということは頭をよぎりました。でも明白な事実に向きあいたくないがために、それを無視してしまうことも、人生ではよくありませんか?』と答えたそうだ。否認の本質が明確な事実として述べられている。

現実に目をそむけて、倒産した会社も数多くある。創業100年を経た小売チェーンの大手A&P社、1950年代は市場のリーダーであり、増収増益で最高益も出していた。その時代米国はどんどん豊かになり中産階級の人たちは郊外に住むようになった。A&Pも郊外進出で物件を確保しようとしたが、長期リースを求める貸手に対しA&Pは過去からの伝統で短期リースを譲らず、あっという間に落ち込み、結局ドイツの企業に買収されてしまった。経営者は「これが現実とは信じられなかった」と反省したが時すでに遅し。

経営もそうだが、まさにプロジェクトリーダー(あるいは部門管理者も)にもこの教訓を常に意識してもらいたい。(多少文言は私なりに加工しています)

  • ① 危機を感じたら、先延ばしをせず直ちに対策を打つ。
  • ② 事実は正確にデータで把握し、事実を直視すること。矮小化したり、捻じ曲げたりしない。
  • ③ 管理者は、事実を自らの手で、目で確認すること。報告だけに頼らないこと。
  • ④ 管理者は悪い報告を聞く耳を持つこと。聞いたら行動すること。
  • ⑤ 長期的な視野で、危機を予測すること。
  • ⑥ 言葉遣いに気をつけること。リーダーの言葉の影響力を考えること。
  • ⑦ 上司・部下には隠すことなく真実を語ること。
  • ⑧ 過去の常識に囚われないこと。「過去の常識にしがみついて楽観視する傾向あり」

リーダーの危機検知能力の弱さが、社員、ひいては会社を不幸にする。ニューヨーク州知事でも出来なかったこと。相当上記教訓を頭に叩き込んで事に当たらねば、同じことが何度も繰り返されることになる。トラブルプロジェクトは終わってみれば、皆さん、途中段階でヤバいと感じていた、あるいは分かっていたと言う。心したい。