前稿の続きで、1月23日朝日新聞朝刊7面のコラム「波聞風問」を紹介する。編集委員多賀谷克彦氏の記事で、タイトルは「生産性向上 “余裕”が生み出す好循環」。
関西では有名な和食チェーンのがんこフードサービスの1店舗「高瀬川二条苑」(京都)での取り組みだ。約400年前に角倉了以が作り、明治期には山形有朋の別邸でもあった屋敷を改造した店舗。その廊下を配膳ロボット4台が動き回っているそうだ。厨房で料理を載せ、パネルに示された座敷名に触れると座敷に到着し、和装の女性従業員がロボットから料理を取りお客様に出す。働きながら工学博士を取った副社長の新村猛氏が大学や研究機関とサービス業の効率化を探ってきた成果だ。まさに政府が言う「生産性革命のためのIT化」の典型的事例だ。この挑戦は10年前から続くが、従業員の足にセンサーを付け動線の効率化を、そして厨房のレイアウトを変えたり、調理過程の一部を自動化したりする試みは続いていると言う。結果として厨房の1時間一人当たり売上高は最大1.7倍に伸びた。
時間に余裕があると、料理が美しく仕上がり、評判が上がり、予約客が増えれば、仕入れ、人員配置にも無駄がなくなり、そこに好循環が生まれる。新村氏は「現場を担うのは人。先端技術を導入しても、働く人が腹に落ちないと成果は出ない」と言う。会議や残業を減らして時間に余裕が出来ても、従業員の満足度が低いままでは成果は出ない。IT化を推進しても満足度が低いとお客も増えず業績も上がらず、投資もできなくなり、働く時間が長くなる。結局は生産性があがらない。この負の連鎖を断ち切るのは、前稿で西條氏が言う”エンゲージメント”の高さ、従業員の熱意だということが、この事例は物語っている。
昭和50年代、日本語ワープロが出現し、オフィスジムの効率化が叫ばれたが、結果的に文書の効率化が文書の洪水を招き、効率化に疑問符がついたことを思いだす。生産性革命も、働き方改革、人づくり革命も、人の情熱、熱意(エンゲージメント)がなければ達成は難しい。この視点に関して、結論は難しいと思うが、国会で世間を喚起するための議論も展開するべきではないかと思う。
阿倍首相、生産性革命の本丸はここ(日経)
通常国会が始まり、首相施政方針演説に基づく国会論議真っ最中だ。国会での議論がこんなにも非生産的か(質問と答弁がかみ合わない)、毎度思い知らされ、聞いているほうが馬鹿にされたような気分で、最近はほとんど聞いていない。とりわけ、今回の施政方針は冒頭から、”改革“、”革命“の言葉が躍る。その中で「生産性革命」も大きな課題として挙げられた。
1月21日の日経朝刊8面「HOT STORY」で編集委員の西條郁夫氏が「阿倍首相、生産性革命の本丸はここ」とのタイトルで記事を書かれている。
生活水準の向上や豊かさのために生産性に焦点を当てるのは正しい。しかし、IT化や、自動走行などの新技術の開発に注力する中小企業を優遇する施策のみでは、目標とする過去5年の実績の2倍強にあたる年率2%の生産性UPは見込めない。一番大切なことを置き去りにしている。それは働く人の「やる気」だという。同感だ。
西條氏も言うが、職場の人事政策まで政府が介入することは実際には難しいことだが、施政方針演説などで掲げられている“時間外労働の上限規制”など政策の総動員だけでは、目標達成は難しいだろう。少なくとも各企業に対して、政府としてできる施策に加えて、“人のやる気”を高める努力を促すべきと考える。
記事の中にある米IBM傘下のケネクサという調査会社が12年に実施した国際調査結果は驚くべきものだ。働く人のエンゲージメント(会社の目指す方向と自分のやりたいことの合致度、あるいは仕事への情熱)に関するものだが、インド77%、米国59%、ドイツ47%、フランス45%、韓国40%だったが、日本は28か国中最下位の31%だそうだ。信じられない数字と思われるが、西條氏も言うように「まじめさ」「勤勉さ」では引けを取らなくても、言われたとおりにこなす受け身のまじめさではなく、積極的に提案型の仕事へのかかわり具合、仕事の質を高める提案力などを“エンゲージメント”と考えると不安になる。日本人の低エンゲージメントと日本経済の低生産性は密接不可分の関係にあるのではないかと西條氏は指摘する。
西條氏の提案する施策は、「労働市場の流動性を高め、働く人の選択肢を増やすこと」と「若い人の発意やアイデアを生かす工夫」だ。前者は、「他に選択肢がないから、仕方なく会社に留まる」ではなく、「この会社でずっと働きたい」と前向きに考え、世の中で通用する人材を志向する人を増やしたいとの思い。後者は、中高年が多く若手の薄い逆ピラミッド型の人員構成の中で、若手の意見が抑制され、エンゲージメントの低下を招いているとの懸念から。
西條氏の提言と同じようなことを、最新のロボットを研究・導入し成果を上げている和食チェーンのがんこフードサービスの(大阪市)の新村猛副社長(工学博士)も言っている(1月23日朝日朝刊7面の“波聞風問”より)。これは次回のブログで紹介したい。
現場の共感が不正を防ぐ!(日経コラム)
1月15日の日経朝刊5面のコラム「経営の視点」の記事に目が留まった。編集委員塩田宏之氏の記事だ。タイトルは「現場の共感、不正防ぐ~稲盛氏が誉めた”2000円節約“」。
最近の品質データ不正などの問題が、経営者(社長など)と社員との意思疎通、信頼関係不足にも大きな原因があるとの懸念を指摘する。
事例として、京セラ、クボタ、積水ハウスの経営トップの施策を紹介しながら、「経営者への共感があれば社員も発奮し、飛躍や革新をもたらすかもしれない」とし、「面従腹背は、飛躍や革新どころか、不正や隠ぺいが起きかねない」と警告する。
京セラの稲盛氏は、工場など現場に赴く、社員に感謝する、コンパを開いて杯を交わす、など、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」との経営理念を自ら実践するためにも社員とのコミュニケーションに注力した。再建を任された日本航空でも同じで、エピソードとして下記のようなことを紹介している。「伊丹空港視察時、カウンター勤務の若い女性社員が月2千円のコスト削減を説明した。金額の少なさに周囲は困惑したが、稲盛氏は“そういう努力が一番重要なんだ”と大いに誉めた。この件はメールで部署を超えて広まった。」(京セラのコンパ部屋に関しては、私のブログでも紹介している。HTTP://OKINAKA.JASIPA.JP/ARCHIVES/382)
クボタでは、社員約1万1千人の自宅に毎年、バースデーカードが届く。それには木俣社長の顔写真と手書きのメッセージが印刷されている。課長時代、事故やけがの多さに悩み、「ケガするなよ」と誕生日を迎えた社員一人一人に声をかけていたらピタッと止まったという。海外含めて、現場にも頻繁に出向き、その際は「ゆっくり暇そうに歩く」ことがコツだとか。社員が話しかけやすいように。
積水ハウスの和田会長は月1回、店長など次世代を担う現場のリーダーら約80人を集めて「希望塾」を開いている。3時間ほど経営ビジョンや体験談を語り、その後社員が感想や意見を述べる。和田会長曰く「インターネットの時代になっても、顔を突き合わせて心を通わせる人間関係が重要」と。
一般企業では、一般社員から見れば、「社長は雲の上の人」で、“話しかける”、あるいは“話しかけてもらえる”なんてことは想像できない存在であることが多い。社員からは社長を遠い人と見て、社長は社員を(希望も交えて)近い存在であると信じたい。そのような関係の中で、実際、社長は近い存在であり、我々のことを考えてくれていると一般社員に思ってもらえることが、信頼関係構築への第一歩とも言えるのではないだろうか。社員が熱意をもって仕事にあたることが出来る環境つくりが、「人づくり革命」の基本と心得たい。