多彩な経歴を経て、今、慶応義塾大学准教授で異言語・異文化コミュニケーションを基盤にした英語教育をしておられる長谷部葉子氏。24歳で帰国子女の経験を活かし「寺子屋」を開設。高卒ながら35歳で慶應義塾大学に入学、48歳で同大学専任教官となり、「寺子屋」経験に基づいて「長谷部研究会」を作り、約50名の学生を対象に現場での実践やフィー-ルドワークを重視しながら社会問題を学ぶ場を運営している。学ぶ場でのフィールドの一つである「コンゴ民主共和国での小学校の設立・運営」に関係して、ある時コンゴの大使から言われた言葉が長谷部氏の心の中で響き続けていると言う。
「コンゴに行くのであれば、人々がどんな生き方をしているのかを見てきてください。日本は豊かな国なのに、なんでこんなに自殺者が多いのですか。“死”は誰にでも平等に訪れます。“死”とは訪れたときに受け入れるもので、自ら選ぶものではありません。それがわからないというのはどういうことですか。」
日本という安全な国、豊かな国にいると「生」を与えられて生まれてきたこと、「生きること」の価値の素晴らしさに鈍感になる。命をいただいていることへの感謝が薄らいでいる。長谷部氏は、多くの人が生きることに最大の喜びをもって真剣に生きてほしい、そのためには、普段の生活、つまり食事や睡眠、暮らしに関するすべてにおいて喜怒哀楽をもって人と共感しあうことが「生きる」ことの醍醐味だと言う。そして研究会のテーマを「”生きる“らしく生きる(”生きる”は長谷部氏の造語で名詞として表現)」と掲げている。学生たちは言葉や文化の全く異なる現地の人と生活を共にし、生きることの厳しさと喜びを掴んでいく。
自殺大国と言われて久しい日本だが、特に若者の死因のトップが自殺というのは、先進7か国では日本だけという。テレビやゲームに熱中するのではなく、外に出て世の中を知り、人との接触・対話の中で生きることの喜びを知る場を提供する教育の役割は大きい。「“いま”“ここ”に真剣に向き合い自分の力で人生を切り開いていく、そういう人を一人でも多く育てるためにこれからも教育に力を注ぎたい」と長谷部氏は語る。(「致知2016.9」致知随想より)
ちなみに世界保健機関が毎年発表している「10万人当たりの年齢調整自殺数(2015)」は日本が17位(18.1人)、コンゴ民主共和国が67位(10.1人)となっている。
「人材育成」カテゴリーアーカイブ
“Not Yet”思考で落ちこぼれを救う!
今年の4月30日のPRESIDENT Onlineに「“Not Yet”思考で落ちこぼれが変わる」とのタイトルの記事があった。あらためて読み返すと共感を覚えるものがある。モチベーションの研究では世界的権威と言われるスタンフォード大学心理学教授キャロル・ドェック氏のTEDでのプレゼン(2014・9)の紹介記事だ。
とある米国の高校の成績評価で、米国では当たり前の、落第点“F”(Failing Grade)評価を”Not Yet”に変えたそうだ。“F”評価を受けた子は、「あなたには将来の希望はない」との烙印を押されたようなもので、勉強するモチベーションを失ってしまう。一方で、“Not Yet”と評価されると「あなたは学習目標に対して、まだ到達していないだけで、到達するにはさらに努力が必要だ。でも目標への軌道には乗っている」との理解で、生徒の「努力したい」とのモチベーションにつながるという。
この概念は大人にも当てはまるはずという。例えば、人生において挫折を味わったとき、「絶望的」と思わずに、Not Yetと考え、前向きな思考で、成功するための努力目標にすべしと。人間には潜在能力があり、それを呼び起こせるかどうか、その気持ちの問題が大きい。
企業でもイノベーションを起こすために新しい評価体系を作ることを提言している。結果より、進歩・成長に注目した評価体系を社内に作ることを。新しいスキルを身に着けた社員、たぐいまれなチームワークを発揮した社員などを表彰する制度も推奨する。日本人は失敗を恐れる民族と言われているが、それでは会社も社員も成長できない。「成功に向かって邁進し、数々の障害や失敗を克服しようと、その目的へのビジョンと情熱と忍耐力を持つ成功者」こそ賞賛しようと呼びかける。結果だけを見るのではなく、数々の障害に直面し、それを克服してきたプロセスを評価する。今、最優秀と評価された社員が、将来も引き続き成果を出すとは限らない。失敗した人に烙印を押して立ち上がれないようにすることが企業にとって良いことか?失敗した社員が、プロセスにおいて、大きな障害に会い、悩み工夫して障害を突破しようとしたができなかった社員が、その反省を糧に次の仕事で見事に成果を出すことを促進するほうが企業にとって意味ある事。キャロル氏が企業コンサルでまず行うのは、どういう問題で苦しんでいるか、どういう間違いを犯したか、その間違いから何を学んだかを聞いて回ることという。シリコンバレーには、Failure of
the Year Award(その年の失敗賞)を授与する財団があり、誰もが欲しいと思う憧れの賞だそうだ。失敗は本当に多くの情報を提供してくれ、将来多くの成功を生み出す可能性を有している。シリコンバレーのモットーは「より早く、より首尾よく成功できるように、早期に、そしてできるだけたくさんの失敗をせよ」ということ。
日本でも、失敗をほめる試みをしている企業があり、当ブログでも紹介した。太陽パーツ㈱の「大失敗賞」などの施策だ(http://okinaka.jasipa.jp/archives/1865)。「企業は人なり」、過去松下幸之助氏や本田宗一郎氏などの「人を大切にする経営」こそ、人の成長を促す経営だったと思う。少子高齢化の進展で、労働生産性を今以上にあげることが求められている時代、社員の成長を促進する施策として、キャロル氏の提言も参考にしてほしい。
何事も成功するには人間力(テニス杉山愛ちゃん)!
「致知2016.1」に「一流選手を育てる親の共通項」とのタイトルでテニスの杉山愛選手の母親である杉山美紗子氏が投稿されている。杉山氏は2010年に早稲田大学大学院修士論文で「日本の若手トップアスリートにおける両親の教育方針に関する一考察」を書きあげ、翌年新潮社から「一流選手の親はどこが違うのか」と言う本も出版されている。この論文は、杉山愛のコーチ経験や、日本を代表するアスリート(錦織圭、石川遼、宮里藍)の両親へのインタビューを通じて様々な共通点をまとめあげたものだ。
まず必要なのは、「親の子どもに対する無二の愛、見返りを求めない愛情」、そして「その愛情を正しい方向に扱えること」と言う。子供はジュニアでトップクラスになるほどの活躍を見せた時、子どもの世界がドンドン拡がっていくのに対し、親にはそれに見合う情報量が不足し、親として何をすればいいのか分からなくなることが多くなる。それが親子間の亀裂になり、子どもの才能が潰されてしまう。そのため、親も子供に置いて行かれないよう学ばなければならないと指摘する。「今は抱きしめるとき、突き放すときということをきちんと理解して、いかに子どもとの距離感を取るかも親の学びだとも。
論をさらに展開して、トップアスリートとして成功する要因には、資質も当然あるが、世界と戦っていくためには、人を思いやる気持ちや、人に感謝できるという「人間力」も必須と言う。杉山氏が「娘が世界で戦えると確信した事象」を紹介している。17歳通信制高校に通っていた時の出来事。提出したレポートに先生のコメント「これはお前が書いたんじゃないだろう」。これに杉山愛は「この先生可哀そう。きっと何人もの人に裏切られてきたんだね」と。この時杉山氏は、その先生がどう評価しようと自分で書いたことに間違いはない中で、相手の立場に立ってきちんとコメントでき、大局的に問題ないことを無視できる判断力を感じ、この子はプロでやっていけると感じたそうだ。
どんな小さなこと(片付けや読書など)でも目標を決めて毎日コツコツと積み重ねていけることも、好不調の波がある世界で自分の頭を整理出来る行動を取るには必須の能力とも言う。「負けず嫌い」も、「あいつには負けたくない」と言っているうちはまだまだで、自分自身に対しての「負けず嫌い」が一流選手にとって大事な人間的資質とも言う。相手との比較が無いのでどこまでも伸びる可能性があるというわけだ。先日のNHK杯に続くグランプリファイナルでの羽生の世界最高得点でのダントツの優勝は、まさに「自分自身への挑戦」なくして達成できないことで、上記「自分自身に対する負けず嫌い」が納得できる。
杉山氏は育児に関して「子どもを育てる」ではなく、「子どもと育つ」と思って無我夢中でやってきたと言われる。自分が煎餅をしゃぶりながらテレビを見ている時に「勉強しなさい」「本を読みなさい」といくら言ったところで、まず子供は言うことを聞かない。親は子供にとってのリーダーで、そのリーダーシップ(「シップ」というのは「し続ける」と言う意味)をきちんと取るためにも、常に学び続けて自分を磨き続けることが大切だと言う。そう簡単なことではないが、「子どもと一緒に成長する事を楽しむ」と考え努力してほしいと締めくくる。
これまで、当ブログでも、甲子園での優勝校の監督の選手の育成策(http://okinaka.jasipa.jp/archives/13)などに関しても述べたが、その中でも「社会人になっても通用する人材育成」として「人間力養成」を謳う監督の多さが目立つ。企業においても、地域社会においても、人生を幸せに生きるためのキーワードは「人間力」ではないだろうか。