「日本の課題」カテゴリーアーカイブ

訪日されたフランシスコ教皇の勇気あるメッセージに感銘!

38年ぶりにローマ教皇が11月23日に日本を訪問され、大いに話題になった。82歳の高齢ながら、長崎を手始めに広島、東京と精力的に日本を回られ、4日間で8回もスピーチをされ、多くの日本人に感銘を与えた。ツイッターやインスタグラムを駆使しながら、常に弱者を思いやる精神を持ちながら、トランプ大統領の国境壁建設を批判し、核禁止条にも触れ、日本の核の傘批判など、強い発信力と行動力を持つ改革派のリーダーともいえる。ツイッターのフォロワー数が1800万人超と聞くが、教皇に対する信頼とその発信力
を物語っている。2年前、原爆が落とされた長崎でアメリカの従軍カメラマンが撮影した「焼き場に立つ少年」の写真を「戦争がもたらすもの」というメッセージを添えて、教会関係者に配布するよう指示したことでも注目された。

切望されていた唯一の被爆国日本訪問を実現され、被爆地長崎・広島での発言。
・「戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもありません。人類とその尊厳に反するだけでなく、わたしたちの共通の国家の未来におけるあらゆる可能性に反します。原子力の戦争目的の使用は、倫理に反します。核兵器の保有は、それ自体が倫理に反しています。(中略)真の平和とは、非武装の平和以外にありえません」
・「核兵器や大量破壊兵器を持つことは平和や安定につながらずむしろさまたげ」
・「戦争のために原子力を使うことは犯罪以外の何ものでもない」
・「核兵器をもっているのもテロ行為だ。核抑止力に頼るのも同罪」
・「最新鋭で強力な武器をつくりながら、なぜ平和について話せるのだろうか。差別と憎悪の演説で自らを正当化しながら、どうして平和を語れるだろうか」
・「軍備の均衡が平和の条件であるという理解を、真の平和は相互の信頼の上にしか構築できないという原則に置き換える必要があります」(アフガンで非業死の中村哲氏も同じことを言われている)

東日本大震災の被害者との面談では、福島第一原子力発電所の事故に触れて
・「私たちには、未来の世代に対して大きな責任があることに気付かなければいけません」

都内で若者たちの悩みを聞く集いに参加し
・いじめについて「学校や大人だけではこの悲劇を防ぐのは十分ではありません。皆さんで『絶対だめ』といわなければなりません」

東京ドームで5万人が集まる大規模なミサで
・「日本は経済的には高度に発展していますが、社会で孤立している人が少なくないことに気付きました。これを乗り越えるためには異なる宗教を信じる人も含め、すべての人と協力と対話を重ねることが大切です」

自身の出身母体である修道会の「イエズス会」が設立した上智大学で学生に
・「どんなに複雑な状況であっても自分たちの行動が公正かつ人間的であり、正直で責任を持つことを心がけ弱者を擁護するような人になってください。ことばと行動が偽りや欺まんであることが少なくない今の時代において特に必要とされる誠実な人になってください」と諭す。

東京で若者向けに開かれたミサでのスピーチ(11月25日、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた「青年との集い」での講話)。いじめなどの経験を語った若者3人に対し、逆境にどう立ち向かっていくのかを説く。
・「(多くの人が、人と上手にかかわることができずに)ゾンビ化している」
とりわけ教皇が強い言葉で警鐘を鳴らしたのは、世界中で社会問題化している孤独、つまり、現代人の「心の貧困」であり、日本も例外ではないこと。
・私たちにとって最も大切なことは、何を持っているか、何を得られるか、ではなく、誰と(人生を)共有できるかということなのだということに気づくことだ。「何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」にフォーカスすべきなのだ。自分に問いなさい。「私は何のために生きるのか」ではなく、「誰のために生きるのか」「私は誰と人生を共有するのか」を。

「核を持つことは罪」の発言は、従来のローマ法庁の考え方とは異なるもの。真に世界の平和を願う教皇の勇気ある、力強い発言だと思う。私はキリスト教徒ではないが、今回の若者も含めて、幅広い人たちへのメッセージとして、記憶に残るものとなるだろう。そして、世界の指導者、人々の行動の指針になることを願わざるを得ない。

孫、ひ孫時代まで日本であり続けられるか?

スウェーデンの16歳の女子高校生グレタ・トゥンベリさんの地球温暖化に対する行動が話題となっている。先日の、国連「気候行動サミット」での発言は多くの反響を呼んでいる(トランプやプーチンは批判めいた発言をしているが)。1年前にたった1人で「Fridays For Future」と名付けた運動を始め、気候変動への緊急対策を求め、毎週金曜日に学校を休み国会議事堂の前に座り込んだ。その呼びかけが、世界中の若者へと広がり、金曜に学校へ行く代わりにデモに参加する学生が増え続けている。そして9月の国連演説当日、150か国・地域で400万人以上の若者がデモに参加したとのことだ(日本の若者は5000人以下)。グレタさんは、スピーチで “How dare you!”(よくもそんなことを!)という表現を繰り返し用いて、各国の首脳らに温暖化対策の行動に出るよう強く訴えた。

10月2日の日経朝刊19面のコラム「大機小機」で「How Dare You!」のタイトルでグレタさんの活動を紹介している。その中で日本の取り組み姿勢に懸念を表している。国連でも、アメリカと並んで登壇できず、77か国が2050年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにすると約束したが日本はその中に含まれていない。コラム氏は言う。「我が国の政府も経済界も、地球環境維持に必要な経済構造転換への痛みに立ち向かう勇気がないのだろう」と。私も最近知ったことだが、知り合いの経営者の胸元のSDG‘sの17色のリングからなるピンバッジが目についた。SDG’sは15年9月の国連総会会議で定められ、17の目標を30年までに達成することになっているが、その13番目は「気候変動とその影響に立ち向かうため緊急対策をとる」だ。コラムでは「最近訪英した日本の経済団体は、参加者がみなこのピンバッジをしていた。先方から”かって日本人は眼鏡をかけて首からカメラをぶら下げていたが、今では具体的行動はなにもしないのにSDG’sのピンバッジをファッションのようにつけている“と皮肉られた」と言う。コラムの最後に「このような日本の若者にグレタさんは”自分たちの子孫が絶滅の淵にいることがわからないの?“と聞くだろう」で締めている。
日本では臨時国会が始まり、首相の施政方針演説があったが、海洋プラスチックごみの話はあったが、気候温暖化に関する言及はなかった。
最近、本屋の棚には、日本の将来を心配する本が並んでいる。その中で、米国の投資家ジム・ロジャーズの「日本への警告」(2019,7刊、講談社+α文庫)とゴールドマン・サックス出身で現在小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソンの「国運の分岐点」(2019刊、講談社+α文庫)を読んだ。いずれも、数十年後には日本は中国の属国になると言い切っている。世界でも最も急激な人口減少の中で強気の経済優先主義で、財政危機を抱えている日本に、昨年8月日本株をすべて引き上げたジム・ロジャーズは、「私が日本に住む10歳の子供であれば、一刻も早く日本に飛び出すことを考える」と言う。アトキンソンは、かなりの確度で来ると言われる東京直下地震、南海トラフ地震が実際に来れば、家屋の倒壊やインフラ損壊などの直接被害額が220兆円(政府見積もり)、間接被害も含めると地震発生後20年間で2200兆円近く(公益社団法人土木学会試算)に達すると言う。こうなると借金漬けの日本独自での復興は不可能で、海外に頼るしかなく、助けられる国はアメリカファーストの米国ではなく中国しかないのではと危惧する。
両氏が危惧するのは、50年後、100年後の日本のグランドデザインの欠如だ。政治の世界では、体制維持が第一義のため、選挙対策としての近未来しか議論せず、将来を考えた抜本的な改革は議論も含めて先送り状態だ。国会議論で首相の「今後10年間、消費税UPは必要ない」の根拠を問うも、根拠の説明は当然できない。1党多弱の安定政権の今こそ、100年後のグランドデザインに関する真剣な議論が必要だと思うが・・・。両氏の「日本の中国の属国化」を笑い飛ばすのではく、日本を愛する両氏の警告と受け止め、孫、ひ孫の時代も日本のままでいられるのか、問題先送りの政治を変えねばならないと強く思う。

白黒写真をカラー化すれば・・・(戦争体験を引き出す)

8月15日の終戦記念日を中心に、戦争に関する報道が盛んだ。戦争(被爆)体験者が高齢化するにつれ、後世に悲惨な体験を継承する機会が減ることが懸念されている。そのような中で、戦争体験者に詳しく体験を語ってもらうためのある活動がテレビで報道されていた。
東京大学大学院教授渡邉英徳氏で、情報デザインとデジタルアーカイブによる記憶の継承のあり方について研究されている方の話だ。
以下、渡邉氏と、地元の広島において、戦前に撮影された写真をカラー化し、戦争体験者との直接の対話の場をつくりだすことで、実空間における“フロー”を生成する活動に力を入れている若干19歳の庭田さんのインターネット記事(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/66484)から抜粋して報告する。

戦前・戦中の写真はもっぱらモノクロフィルムで撮影されている。カラー写真が当たり前の日常となっている今、白黒写真を見てもあたかも時代が止まっている感じを受け、記憶が凍結してしまうのではとの問題認識があった。そこで、筑波大学の飯塚里志氏らが開発したAI技術を応用し、白黒写真のカラー化を2016年から始めた。これは、約230万組の白黒・カラー写真から学習したAIによって写真を着彩するというもので、ウェブサービスとして誰でもかんたんに利用できるとの事だ。
原爆投下の写真、空爆で炎上する呉の街、焼きただれた広島の市街地を眺めるカップルの姿、また戦前の桜見に行った家族の写真など、白黒とカラー化されたものを比べると、確かに現実味を帯び、記憶が蘇る契機になると思える。上記記事に掲載の写真の一部を紹介する。

渡邉教授は現在も、主にパブリックドメインの写真をカラー化し、Twitterに投稿することで“記憶を引き出す”活動を続けている。ユーザからは大きな反響を得ており、多数のリプライをいただいているそうだ。
庭田さんは、広島平和記念公園が所在する中島地区中心に、元住民の協力を得て、 戦前に撮影された白黒写真をカラー化し、所有者との直接の対話を続けている。高齢となった元住民たちを何度も訪ねて、じっくりと対話を重ねながら、今まで思い出せなかった「記憶」を蘇らせてもらい、その記憶を「記録」し、次世代へと継承していく活動を継続している。

戦後74年、当時20歳の人が今は94歳。もう10年もすれば戦争体験を語れる人はいなくなる。二度と悲惨な戦争をしないためにも、また核廃絶のためにも、上記のような活動は、次世代の子供たちのためにも非常に意義ある活動である。応援したい。