「最強のシンプル思考(最高の結果を出すためのたった一つのルール)」(ケン・シーガル著、大熊希美訳、日経BP社、2917.3.28発行)という本を書店で見た。世界で成功している企業の多くは、“とてもシンプルなミッション“から発展しているといい、スティーブ・ジョブズをはじめ、成功企業のリーダーたちが実践する「シンプル思考」の極意をこの本で説くとのことだ。
アップルのi-phoneの理念はよく知られているように「1000曲をポケットに」、アマゾンのミッションは「ワンクリック・アウェー(たった1回のクリックで)」だ。著者は、「ミッションを成し遂げるために人々を導き、会社の決断や行動を後押しするのは「企業文化」で、強い企業文化は、意思決定における判断をシンプル化し、会社の理念に共鳴する社員が集まり、職場が一致団結する」という。
時を同じくして、松下幸之助塾の雑誌「衆知2017/7-8号」で、堀場製作所の堀場厚社長と聖護院八つ橋総本店鈴鹿加奈子専務取締役との対談記事があった。テーマは「“おもしろおかしく”の理念が世界で戦える“強み”を生み出す」だ。これは堀場製作所創業者(社長の父)が定めた社是だが、最初のころはお客様から「芸能関係の企業じゃあるまいし」などと言われ、クレームの際も「おもしろおかしくやっているから」と皮肉られもしていたそうだ。今では、海外の取引会社からもこのフィロソフィーに惚れ込んで「堀場グループの中でオペレーションしたい」と言ってくれるほど海外でも理念が浸透しているそうだ。堀場社長はこれまで敵対的買収を仕掛けたことはないと言い切る。バッジをつける習慣のないイギリスの会社では幹部たちから「堀場のバッジをつけてほしい」と言われ社長自らつけてやったそうだ。海外では「Joy & Fun」と言う。日ごろから社長を筆頭に「おもしろおかしく」を社全体で実践している。2016年に稼働した大津市の新工場は、琵琶湖を一望できる素晴らしい眺めと、大型客船のデッキにいるような素敵なデザインだという。堀場社長曰く「この建物は、社員や協力会社の人たちのコミュニケーションを大事にしたいとの思いで設計。琵琶湖に面した部分を吹き抜け空間にし、緩やかな階段で上り下りできるようにして歩きながら会話しやすくした」と。コミュニケーションサポート補助制度(例えば宴会を開いたら2000円/人補助)も充実させ、「日本一宴会の多い会社」とも言われるとか。社員の声を業務に反映させるための海外拠点も含めた提案制度も毎年盛り上がるようだが、この制度の名前は遊び心で「ブラックジャック・プロジェクト」と命名されている。
いくつかの企業に伺い、講演させていただいているが、その際、「御社の企業理念をそらんじて言えますか?」と問いかけますが、反応が薄いように感じている。日常的に、社員自身が仕事の判断基準として使えるような企業ミッション・ステートメントとして、シンプルな表現考えてみるのも意味あるのではないだろうか?
これからの変化の時代、お客様の心をつかむことを重要と考えるなら、本田宗一郎氏の言葉「お客様の心に棲む」や、「造って喜び、売って喜び、買って喜ぶ」、私の講演で使っている「お客様の価値を感じて働く」などはいかがだろうか。
高プロ人材のフリーエージェント社会は到来するか?
7月16日の日経朝刊1面トップに「プロ人材 移籍制限歯止め~働き方 自由度高く~」と題した記事が目に留まった。前文に
企業と雇用契約を結ばずに働くフリーのプロフェッショナル人材らの労働環境改善に向け、公正取引委員会は独占禁止法を活用する。力関係の差を背景に企業が転職制限をかけたり引き抜き防止協定を結んだりして人材を囲い込む恐れがあるためだ。生産性の高いプロ人材が働きやすい環境を整備することは日本の国際競争力強化にも欠かせない。
とある。最近テレビで、ラグビートップリーグで、移籍選手が移籍元の了解がなければ移籍先で1年間の試合停止を余儀なくされるとの制度が問題視され、見直しを検討するとのニュースがあった。日本代表にもノミネートされるような選手が1年間試合停止となるのは、世界と戦う日本にとって大きな損失だとの認識だ。
日経の記事によると、フリーランスの人材は企業と対等な関係で仕事を受ける専門職で、日本で約1122万人いるという。この中で、専門性が高いプロ人材と呼ばれる人や独立した自営業・個人事業主らはほぼ3分の1の約390万人だそうだ。米国ではフリーランス全体で約5500万人に上り、日本は欧米などに比べて専門性を持った人材活用が遅れている。
このような課題に対して、今まで独占禁止法は、原材料(鉄鋼など)に限定していたのを、スポーツ選手も含めたプロ人材にも拡大適用し、プロ人材を囲い込むための不当な取引条件や、獲得競争による報酬上昇を回避するためのカルテル是正を行う。例えば、仕事を発注する条件として競合他社との取引を長期間制限したり、自社で使う人に仕事を発注しないよう同業他社に求めたりすれば「拘束条件取引」や「取引妨害」になる可能性がある。欧米ではすでに労働市場への独禁法適用は進んでいる。オランダでは医師の引き抜き防止協定もある。
「フリーエージェント社会の到来~組織に雇われない新しい生き方~」(ダイヤモンド社、ダニエル・ピンク著、池村千秋訳、2014.8発行)によると、米国では組織に忠実に使える「オーガニゼーション・マン(組織人間)」から、組織に縛られない「フリーエージェント」が労働者の新しいモデルになりつつあるという。既に教育の現場も変化し、18歳未満の子供の10人に一人が在宅教育を受けている事実もあり、プロフェッショナル性をより高度なものにするための教育制度も、徒弟制度などが復活したり、高校をスキップして大学に行くなど多様な選択ができるようになるとの予測や、キャリアの考え方や働き方、部下の監視を主体とする管理職の価値の低下、定年退職の考え方の変化などが起こるとピンク氏は主張する。
近い将来さらにグローバル競争が激化し、仕事の高付加価値化が進み、AIが仕事の質を変える中で、1企業内で市場が要請する高度化人材を揃えるのはかなり困難になるのだろう。日本でもすばらしいプロフェッショナル人材や、個人事業者が力を発揮しているが、その評価と流動性は米国などに比べて十分ではないように思われる。政府は骨太方針「人材投資」を掲げる。同時に人材への独禁法適用など、制度的な充実も図りながら、企業と連携しながら高度プロフェッショナル人材の育成、流動化の促進を図っていくことが求められている。
東京タワーをはじめ、世界で光を演出する石井幹子氏
愛読書「致知2017.8号」の連載「命のメッセージ」(筑波大学名誉教授村上和雄氏の対談記事)に「こころに響く明かりの創造を求めて」のタイトルで、照明デザイナー石井幹子氏との対談記事があった。東京タワーが平成と同時にライトアップされたとのことだが、それをデザインしたのが石井幹子氏(1928年生まれ)だ。インターネットで調べると、50年近くの間、国内外で多数のライトアップ事業をされている。東京ゲートブリッジ、東京港レインボ−ブリッジ、横浜ベイブリッジ、明石海峡大橋、函館市や長崎市、倉敷市、鹿児島市の景観照明、 姫路城、白川郷合掌集落、浅草寺など国内だけでなく、海外の作品には、ジェッダ迎賓館(サウジアラビア)、ノ−スウェスタン生命保険ビル(アメリカ合衆国)、メルボルンセントラル(オ−ストラリア)、 パンパシフィックホテル(シンガポ−ル)、コンベンション・エキジビジョンセンタ−(香港)、大韓生命ビル(韓国)、上海ワールドフィナンシャル センター(上海)などがあり、ハンガリーブダペストのドナウ川にかかるエリザベート橋ライトアップも石井氏の作品だ。
東京藝術大学を出られ、家電製品や車のデザインを手掛ける工業デザイナーを目指しているときに、たまたま照明器具のデザインの機会に恵まれた。その時、明かりを入れた瞬間の変化に驚き、目覚めたのがこの道に進むきっかけになったそうだ。しかし、昭和30年代、40年代の高度成長期、日本では“光をデザインする”ことに関心は低く、北欧の光のデザインを集めた本に出ていた先生に手紙を出して、フィンランドで、そしてドイツで勉強。その後、日本に帰国しフリーランスで仕事を始めたとき、2年後の大阪万博にめぐり逢い、黒川紀章など高名な建築家と一緒に仕事をする機会に恵まれた。が、間もなくオイルショックを迎え、“照明は消せ、いらない”の風潮の中で苦しんだが、海外から声がかかり、サウジアラビアの豪華な迎賓館の仕事などで寝る暇もないほどの忙しさの中で、日本での東京駅レンガ駅舎のライトアップの仕事が舞い込んできた。これが日本での最初の仕事で、これを契機に東京タワーなど国内の仕事が広がっていった。
対談の中で興味をひかれたのは、世の中にあまり関心が向けられていなかった”ライトアップ“に生涯をかける決断をされ、それを成功に導かれたそのプロセスだ。石井さんが言っておられる「継続は力なり」「一念岩をも通す」というのも真実だが、その原点は、村上先生も言っておられる
「何か大きな力が働いているとしたら、それは感動の力だ。感じることで人は動く。“知動”という言葉がないように、いくら知識がたくさんあっても、それだけでは人は動かない。感動があるから、そこに行動が生まれる」
だと私も思う。石井氏もこの言葉を受けて、「まさに30代後半からやっていた“ライトアップキャラバン”がまさにそれだった」と言われている。「世界各地の美しい夜景を日本都市にも」との思いで、例えば京都で、提案しても市役所の賛同が得られないなかで、自腹で二条城や平安神宮周辺の照明をし(許可を得て)、観光客の評判をとりながら、札幌、仙台、金沢など各地で同じようなキャンペーンを実施した。まさに、大学卒業後の、デザインした照明器具に明かりを入れたときの感動と目覚めが石井氏の原点となり、フィンランドの先生への手紙や“ライトアップキャンペーン”の行動につながり、現在の華やかな各地のライトアップでの景観つくりを成し遂げられたことに大いなる敬意を表したい。石井氏いわく、「夜景を綺麗にすると、その地域一帯における経済波及効果は11倍にもなる」とのこと。電力節減にも気を使いながら、ますます娘さん(石井 リーサ・明理)ともども頑張っておられる。