「自己改革3」カテゴリーアーカイブ

奈落に叩き落された人の言葉に感動!

今年の2月のブログでも紹介(http://jasipa.jp/blog-entry/8483)した「命の授業」講演家腰塚勇人氏の言葉が、最近FcaeBookで紹介された。前回のブログでは別の言葉を紹介していたが、この言葉もすばらしいと思うので伝えたい。

「いつも笑顔でいよう」
「いつも感謝をしよう」
「周りの人々の幸せを願おう」

毎日の小さな幸せに気付けるようになる

自分が如何にまわりの人たちから
助けていただいているかが実感できる

中学校の体育教師の時にスキー事故で首から下が全く動かない重症に会う。勝ち気な性格で、人には絶対負けない「常勝」が信条で、人の助けを受けるなんて毛頭考えていなかった。入院先でも看護婦の言葉にカチンと来て睨みつけたりしていた。ある時、看護婦の涙ながらの自分を思ってくれる言葉に一晩泣きとおした翌朝、見舞いの花を見て、「花のように生きたい」と。生き方を「常勝」から「常笑」に、顔は動くから「笑顔」に、口も動くから「ありがとう」と言おう。心も使えるから「周りの人が1日元気に笑顔で過ごせるよう」に祈ろうって。自分が如何にまわりの人たちから助けて頂いているかが実感できるようになった。

スキー事故にあったのが2002年、今は教職も辞し、自分の経験を周囲の人に伝え元気を与えることが出来ればと、2010年ごろから「命の授業」と称して全国を回られている。これまで約400回実施し、15万人近くの方々にお話されたとの事だ。腰塚氏は「今が一番幸せ」と言う。

五体満足な自分も、今生かされている不思議を実感し、周りの人のお蔭と思う心を持っていきたいと切に思う。会社勤めでも、同じ心をもってすれば、プロジェクトもすべてうまくいくと思うがいかが?結果、皆が幸せになれる。

「たのしみは・・・」で始まる独楽吟(橘曙覧)

エニアグラムで有名なシスターで文学博士の鈴木秀子氏が「致知」の連載記事「人生を照らす言葉」で紹介されている(2013.5号)のが幕末の歌人で国学者の橘曙覧(あけみ)だ。平成六年に、天皇皇后両陛下が訪米された際、当時のクリントン大統領が歓迎スピーチの締めくくりに「たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時」を引用して、「日米両国民の友好の心の中に、一日一日新たな日とともに、確実に新しい花が咲くことを期待する」と述べたことで再び脚光を浴びた歌人だ。また、彼の死後明治になって32年、正岡子規は源実朝以後、歌人の名に値するものは橘曙覧ただ一人と絶賛したと言う。その作品に「独楽吟」という歌がある。

その歌は「楽しみは」で始まる短歌だが、読んでみると、日常のさりげない出来事の中に楽しみや、喜び、感動を見出す歌で、鈴木氏は「人生を幸せに生きる大切なヒントを与えてくれる」と言う。いくつかの歌を紹介する。

たのしみは 3人の児ども すくすくと おおきくなれる 姿見る時
たのしみは 空暖かに うち晴れし 春秋の日に 出てありく時
たのしみは 心をおかぬ 友どち(友達)と 笑ひかたりて 腹をよるとき
たのしみは まれに魚煮て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時
たのしみは いやなる人の 来たりしが 長くもをらで かえりけるとき

「曙覧は「清貧の歌人」と呼ばれている。その生き方は貧富と言う概念すら超え、貧しさそのものを味わっていたようにも思える。彼は凡人が見過ごしてしまいそうな何気ない日常に贅沢を見つけ出す達人でした。それはモノの豊かさでは推し量れない心の豊かさを楽しむことであった」と鈴木氏は言う。さらに『忙しい日常に振り回されていると、なかなか意識することができませんが、いま「当たり前」のように目の前に繰り広げられている現実は本当は大変な奇跡です。その命を生かしてご飯を食べ、歯を磨けることも、家族団欒を持てることも、通勤・通学できることも。』日々感謝の気持ちを持って過ごすことの大切さが、曙覧の歌を詠むと蘇って来る。

私も短歌は初めてであるが、挑戦してみた。恥ずかしながら披露する。

たのしみは 毎日ジムで 目いっぱい 汗かいたあと 汗ながすとき
たのしみは アンテナ高く ブログネタ 探してアップ コメントある時
たのしみは 人と人との 絆にあふる NPOの あつまりの時(JASIPA)
たのしみは そぞろ歩く みちばたで ひそかに咲く花 見つけしとき

日常の感動や、ささいな楽しみを思い出すために、「たのしみは・・・」と、まずは始めると面白いかも・・・。駄作でも、鈴木氏の言う「心豊かな生活を送る一つのアイディア」であることを実感できた。

「ミドリムシ」で世界を救う!

25日日経3面『「外国人」日本買いへ加速~東証売買代金6年ぶり高水準』の記事の次に「新興市場にも流入」との記事があった。その記事内の表「今月に入り株価が大きく上昇した主な新興市場株」の中に「ユーグレナ(ミドリムシ培養事業)」という企業名を見つけた。実はFaceBookで、先日致知出版社の下記メーッセージ(ユーグレナ出雲社長の言葉に感動を覚えたので)シェアしたが、昨年12月にマザーズに上場していた会社だった。

くだらない仕事、くだらない会社、
くだらない生物、そんなものは何一つない。
どんなものでも突き詰めていけば
素晴らしい力になるんです。
掃除やコピー取りのような
単調な仕事はしたくないという人は、
たぶん何をやってもうまくいかない。
一所懸命やるからこそ、
応援してくれる人が現れるんです

上記言葉は、「致知2013.5月号」のインタビュー記事「人生にくだらないものなんてない~ミドリムシで世界を救う」からとった言葉だ。

出雲社長は昭和55年生まれ、東大1年の時バングラディシュに行った時、毎日カレーばかりで大人も子供も炭水化物しか摂取しておらず栄養失調状態。何とかこのような人を救えないかと、帰国してから栄養について調べ始めた。後に一緒に会社を作る後輩(鈴木)が「ミドリムシは植物のように光合成するし動物のように動く」と教えてくれ、電流が走るような衝撃を覚えた。「これだ」と思い、それ以来ミドリムシ人生一直線となった。研究論文などを調べ、研究者にアタックを試みたが、ユーグレナ研究会会長の中野先生(大阪府大)から「ミドリムシが培養できれば、世界中の栄養失調を無くせることは20年前頃に分かっていたが、まだ誰も培養に成功していない」、「ミドリムシは凄く栄養があるので、増やしている最中にバクテリアやプランクトンが食べてしまい、どうしようもない」と言われた。しかし、諦めきれず、その時35歳までにミドリムシの会社を作るとの目標を立てたそうだ。卒業後東京三菱銀行に入ったが、応援してくれる人たちにその真剣さを伝えるために、面白かった仕事も1年で辞めて、ミドリムシに専念。25歳の時(2005)に会社を立ち上げ研究を続けていたが、会社設立半年後に後輩から「培養に成功」との知らせを受けた。がその後も、ライブドアとの関係を疑われたり紆余曲折があったが、3年後(2008)伊藤忠の支援を得ることが出来、お客様の評判も得て、20012年12月にマザーズに上場。

その出雲社長が大事にしてきた信条が上記メッセージとのこと。日本中のミドリムシの研究者が応援してくれたそうだ。出雲社長の夢は「ミドリムシで世界を救う事」「バイオジェット燃料を作って、飛行機を飛ばすこと」。

当記事は、㈱ユーグレナの成長・発展を約束するものではありません。一つの夢を大事に、さらに大きな目標に向かって進む出雲社長の姿勢が、若い人たちに大きな元気を与えるものと思い紹介した。頑張ってほしい。

ユーグレナは学名で和名がミドリムシ。