10数年ぶりに京都旅行1

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格安の旅行プランがあったので10数年ぶりに2泊3日の京都旅行に出かけた。格安の理由の一つが朝6時東京駅発の新幹線「のぞみ1号」乗車だ。まるで海外旅行みたいに5時に起きて駅へ急いだ。始発時点ではかなり空いていたが品川、新横浜を過ぎると8割がたの乗車率になった。平日なので、もちろん大半の人が大阪等への出張だ。

8時11分に京都駅へ着いた。駅前のMKタクシーの営業所まで行き、ハイアットリージェンシーまで送ってもらう。旅行のおまけだ。地図では京都駅から近くに見えたが三十三間堂隣のハイアットリージェンシー京都はタクシーでも10分弱かかり結構遠かった。ここで荷物を預かって貰い身軽になって観光だ。

午前中に近くの三十三間堂とホテル向かいの京都国立博物館を見る予定にしていた。この博物館は日本画の宝庫だ。ところが改築中でお休みだった。突然の旅行でチェックが甘かった。

仕方ないので近くの智積院へ行った。これが素晴らしい寺院でゆったりとした余裕の構えで、人も少なく満ち足りたスロータイムを過ごせた。桃山時代に長谷川等伯らによって描かれた「楓図」「桜図」「松と葵の図」「松に秋草図」等の国宝障壁画が智積院には納められている。智積院は真言宗智山派の総本山で道理で立派でお金持ちだ。お寺にはふさわしくない表現だが・・・本堂の隣りに学校がありお坊さんを育てている様子だ。

建物と庭の調和が素晴らしい。

障壁画(明るい所にある襖絵などは当然コピーだ)

「利休好みの庭」と伝えられるここの庭園は、豊臣秀吉が建立した祥雲禅寺(しょううんぜんじ・智積院の前身のお寺)時代に原形が造られた。その後、智積院になってから修復し、東山随一の庭と言われるようになった。築山・泉水庭の先駆をなした貴重な遺産といわれている名園だ。全部後でホームページから知った。

三十三間堂は前に来た時と何ら変わっていなかった。修学旅行のメッカで中学生が沢山来ていた。沢山ある仏像が皆譲り合って間から見えるように配置されているのには驚いた。観光タクシーの運転手さんの話を漏れ聞いた。朱塗りの塀が面白かった。

昼食の場所「半兵衛麩」は比較的近かったので歩いて行くことにした。途中に立派な神社があったので予定に無かったが寄ってみた。豊国神社といって出世と開運の神様だそうだ。秀吉を祭った神社だが、徳川幕府時代には迫害を受けていたようだ。明治天皇が秀吉を天下を統一しながら幕府は作らなかった尊皇の功臣であるとして、豊国神社の再興を布告し、別格官幣社に列格して、1880年(明治13年)、現在地に社殿が完成したそうだ。

昼は妻が予約した五条大橋近くの麩料理の専門店「半兵衛麩」で食した。半兵衛麸は麸作り一筋に三百有余年、元禄二年より今日まで続いてきた歴史のある店だ。隣には弁当の博物館があり、蒔絵をあしらった調度品と言ってもおかしくない花見などに繰り出すためのお弁当の数々が陳列してあった。とても凝ったものばかりだ。これは庶民のものではない。ちまちました麩の料理を食べた後、いったんタクシーでホテルへ行きチェックインした。ホテルで1時間ほど休んで午後の部の始まりだ。

ホテルからタクシーで八坂神社まで行った。タクシーの運転手さんが途中観光案内をしてくれた。京都では貸切で観光タクシーをする運転手さんが多いので京都資格を取った運転手さんが多いそうだ。貸切は1時間3,150円だそうだ。ちょっと遠回りしていろんなところを見せてくれた。八坂神社は、日本神話でも知られるスサノヲノミコト、クシイナダヒメノミコト、ヤハシラノミコガミを祀っている。八坂神社の歴史は、社伝によれば平安建都の約150年前の斉明天皇2年(656)と伝えられている。現在も約3千の分社が日本各地にある。八坂神社はやたらと和服を着た女性が多かった。なにか行事があるらしかった。貸着物とはちょっと違う風情だった。八坂神社はそんなに大きくはなかったが風情・風格のある神社だった。道を聞いて隣の円山公園へ行った。広いので迷っていたら知恩院へ出てしまった。お参りしてタクシーで高台寺へ行った。高台寺も立派なお寺さんだ。高台寿聖禅寺といい、豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね)が慶長11
年(1606)開創した寺である。開山堂を中心に東西に広がる池庭は小堀遠州作と伝えられる。

更に歩いて八坂の塔へ経由で清水寺へ行く途中で幕末維新ミュージアムへ行きたかったが今日はお休みだった。2年坂、3年坂経由で清水寺へ行った。この辺りは修学委旅行や外国人観光客で銀座状態だった。清水寺は修理中だった。着いたのが4時45分頃だったが5時には閉門するとのことで盛んにアナウンスされていた。清水の舞台までは行かずに途中までで帰ってきた。5時になると大騒ぎしてまず線を引き、その上に電線についた電球を配した配線で一目見て分かるようにして、入らないようにするのだ。中国人などは中々言うことを聞かないがそれ以上の強引さで押し通して排除してしまった。こんなところにも国際摩擦の種はあるんだと面白くなった。

清水坂から五条坂、茶わん坂を経由して五条坂交差点でどうしようか迷っていたら、タクシーが止まったのでそれに乗って、祇園の中心街を端まで行って貰った。帰りは歩いて夕食を食べるお店を探しながら戻った。一見さんお断りの店ではなくとも12,000円くらいから2万円くらいの値段で内容は「すべてお任せ」では入る勇気がなかった。ホテルへ一旦帰ることにしてやっと見つけた酒屋さんでビールとつまみを買いこんでタクシーでホテルへ引き上げた。

夕食はものの本で探して御所北側のイタリアンレストラン「カサ・ビアンカ」にした。ちょっと迷ったがタクシー代が2,400円もかかった。最後の部分はタクシー運ちゃんの演出に思えた。5、600円余計に払った勘定で、帰りにはMKタクシーをご指名で呼んだ。

「カサ・ビアンカ」は美味しいレストランだったがすれ違いに帰った数人の一組と我々だけだった。ちょっと寂しかった。中心部から遠すぎる。片道千円以上出してくるのは負担だ。絵画とか明かりなどの調度品椅子やテーブルなど改善すべき点が沢山あった。歩き疲れて干乾びていたので最初はビールにしてその後はワインにした。バローロが好きだと言ったらソムリエがバローロLIKEなワインを開けてくれた。これが美味しかった。帰りは残った自家製のパンをもらいMKタクシーを呼んでもらって安心して帰った。風呂へ入ってからまた一杯やって寝た。やはり京都は歩きが多いので疲れる。出来るだけタクシーを使ったがそれでも2万歩以上歩いた。お疲れさん!