趣味][旅行]夏休みでトルコ旅行へ6(又 イスタンブール)

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今日は日程的に最悪の日だ。3時にモーニングコール、4時にホテル出発、6時15分カイセリ発のトルコ航空でイスタンブールへ7時45分に着いた。

80%位の搭乗率で、大半がビジネスマンだ。バスで旧市街へ行き、直ぐに観光だ。実に真面目なツアーだ。ブルーモスク、トプカプ宮殿、アヤソフィアそして地下宮殿を歩いて廻った。今まで見てきたどのエーゲ海の遺跡よりも壮大でほぼ完全に保存されている。ブルーモスクは今でも現役だ。

イスタンブールの町並み

近代的な町で、LRTが走り、海に向かって下る町並みが超美しい街だ。海からの眺めはもっと素晴らしかった。一寸階級差を意識させられる眺めだが・・・。大成建設が行っているボスフォラス海峡横断の地下鉄の工事現場を通ったので写真に写した。

第1大橋を作る時には親日国ではあっても当時の技術力では日本に依頼することは出来なかったはずだ。ドイツには沢山の出稼ぎでお世話になっている恩もあったろう。トンネルでは世界的に実績のある日本企業に注文することに文句は出なかったはずだ。アイスクリーム屋が沢山あり、パフォーマンスと美味しさで魅了する。右端の写真がかってのオリエント急行の終着駅だ。

イスタンブールの銀座へも行った。近くに立派なキリスト教の教会があった。1923年以降トルコは政教分離だ。

ブルーモスク(正式名称はスルタンアフメット・ジャミイ。1616年完成した世界で唯一6本の尖塔:ミナレットを持つモスク。内装に使われた美しい青いイズミックタイルとステンドグラスからこの名称が付いた。)

アヤソフィア(東ローマ帝国の総主教座として、360年に建てられたが、木造だったために焼失。537年に5年を掛けて現在の建物になった。メフメット2世によるコンスタンチノープル制圧によりキリスト教の聖堂からモスクになった。)アタチュルクの改革で塗り潰されたモザイクが修復され、博物館になった。至る所に聖堂からモスクに変えたことの痕跡が残っている。

トプカプ宮殿は壮大で贅を尽くしたものだ。オスマントルコの権勢のほどがうかがい知れる構築物だ。庭園も素晴らしく立地も最高だ。スペインまで広がった帝国もやがて、リコンキスタなどで衰えてケマルパシャによって内部から崩壊させられたのは恐ろしい歴史的現実だ。「奢れる者久しからず」。宝物殿には長い列が出来ていたが我々のベテランガイドは2番目の宝物館から入ったので、待つことなく直ぐに入れた。宝石をあしらった剣や巨大なダイヤモンドなど宝物も凄かった。

贅を尽くしたハーレム(金の細工とタイルが特に美しかった。褪色を恐れてか殆ど照明がなされていない。照明があれば多分100倍位華やかに見えるはずだ。)

お洒落なレストラン(ゴールデンホーン湾に面した美しい景色もご馳走の内だ。団体客が結構多かった。)

地下宮殿(実は貯水場だ。柱の下に異教徒の神の頭を逆さにして土台にしている。これはもうリサイクルではなく異教徒に対する敵意以外の何者でもない。嫌なものを見た。イスラムの偏狭さを見た様に思えた。)

このあと1時から久しぶりに日本食を食べた。なんちゃって日本食だが、今回の旅行で食べたどのトルコ料理より美味しかった。

昼食後ボスフォラス海峡クルーズへ行った。一時間ほどの短いクルーズだが、船上からの眺めは格別だ。ヨーロッパ側の岸辺には「ドルマバフチェ宮殿(トプカピ宮殿後継の近代的な宮殿、ケマルアタチュルク大統領はここで執務中に亡くなった)」、宮殿を改造したドイツの高級ホテルケンピンスキー、フォーシーズンなどの世界のセレブリティ専用のホテルが並んでいた。宮殿の様な作りの大学もあった。

右岸のアジアサイドには大きな別荘が並んでいる。別荘にはクルーザーの艇庫がついたものが多い。ハウステンボスみたいだ。

ドイツが作ったボスフォラス海峡第一大橋(全長1.4km)は実に長大で橋のフォルムが美しかった。世界に冠たるドイツ工業デザインの粋を集めた感じだ。感動を覚えた。羨ましい位だ。

続いてボスフォラス海峡第二大橋(全長0.8km)まで行き、黒海の沿岸の町が良く見える位置でUターンした。ここを超えると国境越えになる。この先は黒海だ。第二大橋は日本のIHIが作ったものだ。第一に比べると小ぶりだが、高い位置に掛かっている。この橋も遠景が美しい。

余計もの扱いされる本四三架橋もインフラ商談のサンプルとして使えば大きな効能がある。ついでにベイブリッジもレインボウブリッジも見せるといい。ここではドイツの作った第1架橋と比較されるのでスケールで分が悪い。

5時にホテルへチェックインして、休憩を取った後、又夕食に出かけた。休憩時間にホテルのミニバーにはビールがないので近所にスーパーへ買いに行った。何処を探しても無い。店員に「ビールは無いのか?」と聞いたら、「そんなものは一切無い」と怒った様な声で答えられた。諦めきれず探し回ったが中々見つからない。何となく目を上げたらEFESビールの看板があった。ショウケースを見ると空っぽだ。店員に聞くとあるという。見えないようになった冷蔵庫から黒い袋へこっそりと入れてくれた。4本買った。ついでにウィスキーもと考えていたがとんでもない話だった。ラマダンだしアルコールは公式には肩身が狭いことを知った。

このあと又バスで、トルコ料理店へ行った。入口はぼろぼろでどうなることかと思ったが店内は新しく壁・天井ともにイスラム模様の真新しい装飾がなされ、大き目のシャンデリアも立派だった。料理はやっぱり不味かった。食事の途中で上のスピーカーからもの凄い音量のイスラム音楽が流れて来、会話も食事もが出来なくなった。皆でウェイターにお願いしてスピーカーのボリュームを下げて貰った。YAMAHAのスピーカーだったが、実に高い所にありボリューム下げの作業は実に大変だった。

食事のあとゴールデンホーン湾に架かるガラダ橋の上で、皆でイスタンブールの夜景を写してホテルへ帰った。

今夜のホテルは南米系のバルチェロ・エルジン・トプカピだ。中南米に沢山のホテルがある一流